025 バブみ に ついて
最初はヴィーナス像について書いていたんです。本当です、信じてください。
腕の無い像を、どこかで見たことがある人はいるだろうか。
高校、現代文の教科書で見た人はいないか?
私はそれでしか見たことが無い。美術館のものなんて、夢のまた夢だ。一度見てみたいが、空想のままで終わりそうだ。
あの現代文の話を思い出しながら、その内容をまとめると「腕があるよりも無い方が、想像力をかきたてられ神秘的な美しさが増している」ということだ(そんな気がする)。
美しさを感じられるのは、普通の手段で表現されたものだけではないということのようだ。実際は、腕が付いた状態で製作されたものなのかはっきりしないらしいのだが、あってもなくてもあの像は人々を魅了できそうだがね。
何といっても、顕わになっている嫋やかな乳房が母性を感じさせる。あの大きさはついつい目がイってしまう、魅惑の乳房だ。私は「乳に貴賤なし」と思っているが、やはりこの世には「大きいは正義」と言って憚らない者もいるので、あの大きさになったのかもしれん(これは邪推か…)。
しかし、どのようなものを作ろうかとなった時に、大体の完成像を頭に思い描くものだと思うのだが。完成する間際にもこれで良いのかなど迷うはず。その結果があの大きさのはずだから、やはり製作者は「大きいは正義」の人だったのかもしれない。
何だろう、大きいと母性が感じ取りやすいのだろうか。男性と女性の違いが乳に出やすいから、自然と女性の象徴が胸になったような、そんな感じか? 人間皆、赤ん坊時代を経験しているものだから、その時に見た(あるいは感じた)印象が刷り込まれているのかもしれない。
母性といえば、最近話題になっていた「バブみ」という言葉はどうなったのだろうか。まだ、話題の炎は揺らめいているのだろうか。確かゴールデンの番組で意味が曲解されたとかどうとか言っていた気がするが…。あれは「キャラクターなどに母性を感じる時に使うもの」だと記憶しているけれど(正しくは、年下の女性に母性を感じる時? に使うものらしい)、曲解された時は、…どうだったかな、思い出せぬ。
ネットで見る限り、「自分が、母性を発揮させる対象に使うもの」っていうのが曲解した時の反応みたいだけれど、能動的なのか受動的なのかで意味が分かれてしまうのかもしれない。しかし、母性とは基本的に感じるものではなかろうか。とは言っても、感じるものであると同時に与えるものでもあるから、話の流れで判断すべきものなのかもしれない。
よくあるよね、意味合いが二重だったりする言葉(たとえ? うーん、『おしおき』とか『優しさ』とか。いや、言葉自体の意味はブレないのだけれど、使い方によってブレてしまうような、そんな感じ?)。
「母性」という言葉は、年上の女性に抱く感情が元々の意味に近いと思う。
共有できる資料があった方がやりやすいので、一応、辞書でも調べておく。
・ぼせい【母性】
女性が、自分の生んだ子を守り育てようとする、母親としての本能的性質。
⇔父性
※出典:『新明解国語辞典』
…何となくそんな気はしていた。私も「母性」の本来の意味を曲解していたようだ。母親特有の性質なのだな。だから、「バブみ」はそのような「母性」を感じる対象に使うという方法があるのか。もう一つの使い方の方は女性が主に使うことがあるらしい。それも納得できようというものだ。「自分が生んだ子」ではないけれど、愛しいという感情を母親としての本能的性質とつなげて表現した言葉なのだろう。
しっかし、「バブみ」の何が凄いかって、その字面が凄い。「バブみ」ですよ、「バブみ」。主に、某アニメの子どもが使っていたことが我々の認識に刷り込まれた気がしてならない。「赤ちゃん」=「バブー」という方程式はどこから導き出されたのか。それはあの子が使っていたからだろう。
何でも巷では、「バブみ」と一緒に使う言葉で、「オギャる」という動詞が存在するらしい。「バブみ」の「バブー」と同様に、「オギャー」を発展させたものだろう。赤ちゃんのような振る舞いをすることを指すのだろうか。小説とかに出てきたら吹き出すかもしれない。
私は日本語の、自由度の高さに驚愕している。「バブみ」とか「オギャる」とか、絶対若者から広がっていったに違いない。いやぁ~、若さってすごいな。おそろしさも感じるけれど。これからどんな新しい言葉たちが生まれるのかと戦々恐々である。




