四十五話 夢
2/28 サブタイトルを変更しました。
まるで、空間に黒い漆を塗りたくったような、暗い暗い道。
ザルゴは、その道を、友人”テト”のものと思われるサンダルを片手に、警戒心を研ぎ澄ませながら、ゆっくりと一歩一歩踏みしめていった。
辺りには、自分の靴と地面が奏でる、コツ、コツ。という音が、狭い洞窟を跳ね回っている。
夜の洞窟となると、霊でも出そうな雰囲気が辺りに蔓延していて、ザルゴの恐怖心を煽った。
だが、いくら真っ暗だからと言って、前が全く見えないというわけではない。
ザルゴには、一寸の光が見えていた。
現在、それを頼りに進行中である。
その光は、ザルゴがいくら進んでも、まるでザルゴから逃げていくかのように遠のいていく。
いつそこにたどり着けるかは分からないが、今はそれを頼りに進むしか、奥に進む方法は無かった。
(不思議な光……)
別の言い方をすれば、まるで自分を導いているかのようにも見える。
君の友達はこっちだよ。と、光が自分に語りかけながら走っていく。
そのような感覚だった。
実際、その事は本当であった。
ザルゴが行く道筋には、悪夢の巣窟に生息する魔物は、全くいなかったものの、ザルゴの左右背後には、多くの魔物がひしめき合っていた。
彼等は何故か、足音を立てていて目立つはずのザルゴの姿には全く気がつかなかった。
ましてや、ザルゴが行く道筋には、魔物だけではなくトラップさえ置かれていなかったのだ。
まるで、その一寸の光がザルゴを護っているかのようだ。
しばらく、光に案内されて道を進んでいると、光が役目を果たしたかのように、徐々消えて無くなっていった。
「あっ!」
はじめは光が消え失せていくのに焦ったものの、その光と入れ替わるように、広間への入り口から差し込む松明の光が見えてきた。
ーー多分、あそこにテトが!
自分の直感を信じ、入り口まで全速力で走る。
上下に揺れながら、その入り口は大きくなっていく。
そして、ついに入り口は自分の体より大きくなり、その先に、蜘蛛の糸のようなものに、首から下を絡まれて動けなくなっている、坊主頭で前歯が欠けたテトを見つけた。
「テト!」
やっと見つけた!
緊迫していた身体が、安心で包まれていく。
だが……
「来んな! ザルゴ!」
テトが必死の形相でそう叫んだのは、ザルゴが入り口をくぐってしまった後だった。
そこは、「アスブルトゥス」という巨大グモの住処なるところだった。
なおも走り続けるザルゴに、待ち構えていたかのように、右からアスブルトゥスの大顎が飛びかかってきた。
ザルゴは、まるでナイフのようなその大顎に、衝撃と同時に目を見開く。
アスブルトゥスのスピードは、ザルゴの足より何十倍も速く、さらに不意をつかれたので、避ける手段は1%たりとも無かった。
テトには、食われようとしている自分の友人の名を、涙目で叫ぶことしかできなかった。
「ザルゴォォォォオッ!」
………………………………。
「…………え?」
ザルゴは、目の前にある光景に驚かさせられる。
先程まで自分を殺そうと迫って来た顎は、突然飛来した大剣に衝突し、木っ端微塵に砕けて、巨大グモは、その痛みのあまり、断末魔の叫びをあげ、ひっくり返って8本足を乱雑に動かして悶えていた。
一瞬のことで、何が起こったのか分からなかったが、「ザルゴッ!」という感激の言葉が耳に飛び込んできたので、自分は助かったのだと、半信半疑に実感する。
その後、身体が何者かに抱えられ、先程来た道へと飛んでいた。
隣にはテトが同様に抱えられ、何が起こったのか、整理が追いつかない様子だった。
「もう大丈夫だ!」
自分を抱えている人物が、自分達の顔を覗き込みながら言った。
和やかで、親しみやすそうな顔立ちの、14歳くらいの少年だった。
「凌先輩! あとはお願いするっス!」
その少年は、首を傾け背後に向かって、体育会系の口調で叫んだ。
「任せろ昂ッ! さぁ、行くぜ!」
背後からは、跳ね返ってくるように声が響いた。
その一瞬の後、耳には金属音と、何か、凍らせるような音が、交互に連鎖していき、次第に小さくなっていった。
◆
洞窟から出る頃には、もう既に陽が昇りかけており、木の葉と葉の間をすり抜けて、ザルゴ達を照らしていた。
地に降ろされ、自分を抱えていた少年は、両手を膝につき、顔から地面には、汗が滴り落ち、息を切らした様子だった。
「だっ、大丈夫ですか?」
ザルゴは恐る恐る、少年の顔を覗き込みながら言った。
黒髪の、オールバックの少年だった。
「……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……。あぁ、俺は全然大丈夫」
少年は、息を整えながら、首を振った。
「それより、君たち怪我は無かった?」
「オイラはだいじょーぶだぜ! ちょっと身体がぬめぬめするけど!」
テトが右手を挙げながら元気よく言った。ザルゴはそれに続いて、
「大丈夫です」
と、少しだけもじもじしながら言った。
すると、ザルゴは突然二人に抱きつき、ぎゅうぎゅうと身を寄せる。
目には涙が滲んでいた。
「そうか! 大丈夫か! よかった〜」
優しく、涙もろい少年に、ザルゴとテトは顔を見合わせ、くしゃりと笑った。
「はっはー? 肝試しか! うん、いいな! けど、あんな真夜中に子供二人で出歩いちゃダメだろ?」
「んじゃあ、次行くときはにいちゃんが一緒な! いいだろ?」
「おう! もちろんだ! けど、今日の事はきちんと反省するんだぞ?」
「おーおー!」
陽が完全に昇り、空は澄み渡った青に包まれて、草原の草に波を立たせる、心地よい風に撫でられながら、ザルゴとテトは少年に連れられて、村への道を歩いていた。
「あ、あの」
「ん?」
ザルゴは、恐る恐る、アキラに話しかける。
もともと人見知りなザルゴは、自分から初対面の人には、滅多に話しかけたりはしない。
ので、アキラと話していたテトは、ザルゴの意外な行動に驚き、目を見開いた。
「僕が、あの大きなクモに食べられそうになった時に、大剣が飛んできて、クモの顎を砕いたんです。多分、あの大剣ってアキラお兄さんのものだよね……」
淡々と言葉を並べるザルゴに、アキラはザルゴの目を見据えて黙って聞いていた。
「ごめんなさい……。大剣、大事だったたんでしょ? なのに、僕なんかを助けるために使ってしまって……」
ザルゴは、立ち止まり、うつむいて目をつむり、アキラに向かって頭を下げた。
……その場に、少しだけ長い沈黙が続く。
「顔、上げて」
アキラはザルゴの前にしゃがみ、ザルゴと目を合わせた。
ザルゴは顔を上げると、額の前にはいつの間にか、アキラの大きな手があり、中指が親指に抑えられているような形だ。
それを寄り目で凝視すると、次の瞬間そこから中指が放たれた。
デコピン、というやつだ。
「痛っ」
ザルゴはピリッとした痛みに驚き、額を両手で押さえて、目に少し涙を滲ませる。
「何でそんなこと言うの。俺の剣より君の命の方が大事でしょうが」
「で、でも……」
「言い訳は無用。剣ならまた買えるし、そもそもあそこに残った俺の仲間が持ってきてくれるから大丈夫。でも、君の命はお金では買えない、掛け替えのない存在なんだよ? もっと自分の命を尊く思いなよ。……あ、もしかして、その言い分だと、俺の助けがいらなかったとか?」
「い、いや! そんなことないよ!」
ザルゴは両手を振って慌てて訂正する。
「だったら俺の剣についてなんて、そんなちっぽけなことを深く考えるのは終わり! そんなこと気にしないで、自分の命をもっと大切にして。……ほら、君には、帰りを待ってくれてる人もいるじゃないか」
アキラはザルゴの肩に手を置き、アキラにとっての後ろを指差す。
そこには、頭にピンク色のスカーフを巻いて、茶色いエプロンを身に纏った、清楚な婦人が、いまにも泣きそうな顔でザルゴを見ていた。
アキラはザルゴの肩を引き寄せて、和やかな笑顔で頷き、その婦人の元へと促した。
「ザルゴ!」
「お母さん!」
ザルゴは母親の元へと駆け出し、対する母親は両手を広げ、ザルゴを自分の胸へと迎え入れ、強く抱き寄せた。
母親は、ザルゴの存在が、身を持って感じられることに激しく泣き噦り、ザルゴも、やはり一番安心できる場所は、ここなのだなと改めて実感した。
そんな、家族愛が溢れる風景を、アキラは腰に手を当てて、微笑みながら見ていた。
テトはその隣で、ピエロのようににやけながら、
「やーいザルゴー! マザコンマザコン!」
とからかっていた……ところを、何者かに襟を掴まれ、持ち上げられる。
その瞬間、テトの毛穴という毛穴から、冷たい汗が大量に流れ落ち、顔も青ざめていった。
「何でこんな時間に帰ってきたのかしらぁ?」
なぜなら、その襟を掴み持ち上げた人物が、テトの鬼母親だったからである。
「そ、それはですね。あの……」
テトは、何とか微笑みを作ろうと必死になるが、そんなこと、できるはずがなかった。
母親が…………笑っていたからだ。
女性の笑う姿は愛らしいものだが、時には悪魔を超える恐ろしさ、威圧感を放つ時がある。
「30日コース、60日コース、90日コース。今回はあなたが選んでいいわよぉ〜」
「ひいっ! も、もう外出禁止は勘弁してっ!」
「わかったわ、90日ねぇ〜」
「どうしてそうなるんダぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そんなことを母親と話しながら、テトは依然として母親に持ち上げられながら、自宅へと運送されていった。
このアキラという少年の、勇気ある行動や、名誉ある言動は、ザルゴを強くさせた、きっかけとなるのだった。
次回から現代に戻ります。
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