四十三話 攻略開始
バクーンが竜の如き無数の突きによって倒され、後に辺りにリョウとザルゴのハイタッチの音が響き渡った。
「ナイス連撃!」
「ナイス鬼畜!」
リョウはザルゴを普通に好評価するのに対し、ザルゴはリョウに、どこか皮肉めいた発言をした。
声を合わせる二人の表情は異なっていたが、心の中では、同時に達成感を噛み締めていた。
今回の戦闘において、キーとなったのが、リョウの呪符。『沼』である。
おそらく史上最強のデバフ効果を持つそれは、疾風迅雷、天下無双の悪魔、バクーンにさえも、リョウが望む以上の結果をもたらしてくれた。
本来『沼』は、補助型の効果として作り上げたのだが、その効力は補助の枠を超えて、恐ろしい主戦武器となった。
「き、鬼畜って……んぅ、否定できない……」
「言葉にあってるだろ? 鬼畜。流石にあんな風に力弱めるのはひどいと思うっすわ」
「…………だけど、呪符が無かったらまずかっただろ?」
「いや、『下剋上』使えばいけたと思うし」
「…………」
昨晩の努力が間接的に「いらなかった」と言われた事により、リョウはがくりと肩を落とした。
とはいえ、なんとか勝利を収めたのだから、結果的には『沼』は必要なものだったのだろう。
「でさ、なんかバクーンを倒したあと、それが突然光り出して……こんなものが跡に」
ザルゴは頭を掻きながら、右手に持った、手のひらサイズの赤黒い球体をリョウに差し出した。
「む。やっぱりか」
リョウはザルゴの手のひらの中から球体をつかみ、まだ新鮮な球体を左手に、右手で懐から古くなった黒い球体を取り出した。
二つの球体を見比べる。
そこには色が赤と黒という、明確な相違点の他に、球体の大きさと、持っているリョウにしか分からないが、重さの違いというものがあった。
「その黒いやつは?」
「んまぁ、この赤いものと同じだ。さっきの奴を前に倒したことがあって、そん時にそいつらが遺してったやつだ。今は色も大きさも違うけど、この黒いやつも……」
「もともと赤くてデカかったってわけか」
ザルゴの言葉に、リョウは頷く。
もう黒くなった球体は、飴玉並みに小さくなってしまっていた。
「一体なんなんだろ、コレ」
ザルゴは腕を組んで、眉を寄せた。
リョウは一応見覚えはあるようだが、この球体の正体がはっきりとは分からない。
「分からない。分からないけど……多分危ないものだ」
答えは曖昧だが、そもそもこの球体についての知識が曖昧なので、その程度の理解で十分だろう。
三つの球体を、空中に構築した緑色の魔法陣の中に放り込む。
流石に、まだまだ大きい新鮮な球体を、懐に入れるわけにはいかない。
「さて」
さぁ、邪魔な横槍を破ったら、次はダンジョンの捜索だ。
闇に閉ざされた森の中を、途方もなく彷徨って、見つけなければならない。
……聞いただけでも溜息が出そうな内容だ。
「さぁて、ダンジョン探そうぜ!」
「そうは言ってもなぁ〜……はぁ〜。手がかりもないのに、どうやって探せば……」
やる気を高ぶらせるザルゴに対し、リョウはあまりやる気ではなく、溜息と共に肩を落とした。
「ナビゲーターでもいればなぁ……」
ぽつりと、そんな言葉を漏らした。
ふと、そこでリョウは「ナビゲーター」という言葉に、記憶の中にある”何か”が引っかかった。
ーーナビゲーター……ナビゲーター……ナビゲーター………………ッ!
「ああああああああああっ!」
口と目を大きく開けて、自分の不覚な行いに思わず声を上げた。
「おうえっ!? な、なんだぁ!?」
突然のリョウの吠えに、ザルゴは手を空手の構えのようにする。
ザルゴが驚いた時は、決まってこの空手のポーズになる。
名付けて「ザルゴポーズ」といったところか。
閑話休題。リョウは咄嗟に空中に魔法陣を展開させ、そこに顔を突っ込んでしまいそうな勢いで、「ナビどらぁ!」と叫ぶ。
リョウの怒号を聞きつけ、「うわっはぁぁ! なに、なにナビ?」と言いながら、慌ててすっ飛んできたナビどらは、出た瞬間にリョウの怒りの眼差しに苦を訴えたくなる。
「な、なにナビ? スバル。そんな顔して……」
「……お前、メガネかけてたっけ」
低いトーンのまま、問うリョウ。
腕を組んで、その上、左手で右腕を謎のリズムでタップする。
ナビどらごんは、その姿を見て、唾を飲み込み戦慄した。
ここで答えを間違ったら……殺される。
文字通り、殺される。
答えを決して間違えないように、一言一句、慎重に……。
「老眼鏡、ナビ」
「また十八禁小説んでたのかよ!」
「うぇ!? 何でわかったナビィッ!?」
「たりめぇーだろっ! お前が老眼鏡かけるときなんて、それ以外思いつかねぇよ! ……あぁそうか! それ読んでたから最近出てこなかったんだなぁ!」
「くっ!」
お手上げだ。
ナビどらごんとリョウは、一応付き合いは長い。
お互いの行動や性格は、嫌でも分かってしまうほどの、長い付き合いだ。
(クッソ! こうなったら、いっそ開き直ってやるナビ!)
「あ、あぁそうナビ! 今日は『オクオとエルフット』を読んでたナビ! 決して恋に落ちてはいけないオークとエルフが、恋に落ちてしまう話ナビ! 今読んでたところは、オクオとエルフット。二人の激情が抑えきれなくて、ついに路地裏で○○○○しちゃうとこナビ! もうエルフットの喘ぎ声とか見てっと、マジ○○の飛ぶ勢い半端ねぇナビ! (意味深)今日だけで9回飛b……」
◆
「うおっ。マジで着いた! スバルっちのそいつって便利だなぁ」
「あぁ、すげえだろ? だけどこいつがいるだけでレーティングが上がりそうで怖いんだよな」
「レーティングってなんだ?」
「さぁな」
リョウたちの目の前には、「悪夢の巣窟」の入り口である、洞窟がそびえ立っていた。
入口の高さは、僅か80センチ程度で、この中に入る際には、しゃがみ移動しなければならない。
その上、中には木のつるが生い茂っていて、それらをかき分けながら進まなければならない。
だが、とりあえずはダンジョンの入り口を見つけることができたので、ひと段落できるだろう。
ここを探し出すのに、森に入ってから僅か五分程度で見つけることがとできた。
何故なら、ナビゲーターであるナビどらごんの千里眼で、手っ取り早く位置を特定したからだ。
千里眼。というよりは、ナビゲーターの目は二千里先も三千里先も見ることができるので、千里眼の延長型と言ったところだろうか。
「ふっふっふ。僕の力、思い知ったナビ?」
腰に両手を置き、胸を張るナビどらごん。
こういう場合、ザルゴは素直に手を叩くだろうが、ナビどらごんの姿を見ると、手を叩いていいか迷うものがある。
なんせ、ナビどらごんは、頭に大山ができるほど、たんこぶを作っていて、鼻からは血を流している。
よって、ザルゴはナビどらごんを苦笑いで見ながら、「あ、あぁ、すごいよ」と、ピチピチと弱い拍手を叩いていた。
先程ナビどらごんは、口走ってはいけないことまで口走る前に、リョウに百烈攻撃を見舞われた。
「んまぁ、とりあえず、案内してくれたことは感謝するわ」
「お、おう! どうナビ! 僕の素晴らしいナビゲートスキルは……」
「た・だ・し・DA☆」
言いかけたところで、ナビどらごんの口に、リョウの人差し指が突きつけられ、硬直する。
それと共に押し寄せる、暗い影を覆った、決して微笑ましいとは言えない、脅しの笑顔。
「次にお前が十八禁小説に夢中になって、俺が必要とした時に出てこなかったら、次は、拳ではなく……刃だ。わかっているんだろうなぁ。あぁ?」
「んぐっ、以後、気をつけますナビ。ご主人様……」
「いいだろう。戻ってよし」
氷のように硬直したナビどらごんは、何とか氷解する。
だが、自然とは言えない動きで、魔法陣の中へ行進していった。
「さて、行くか。気を引き締めて」
「おう! なんかオラワクワクすっぞ!」
「……やめて? いや、マジで」
ザルゴはナイフを取り出し、つるを切り裂きながら、闇の中へ進んでいく。
リョウは後に続いた。
しばらく進んでいると、かなりしつこく生い茂っていたつるも、徐々に少なくなっていき、さらに進むと、道を塞いでいたつるは、壁にのみ茂るようになっていった。
「あー、腕かゆっ」
「んまぁ仕方ないだろ。お前は俺みたいに長袖着てないんだから」
腕をかきむしりながら、歩みを進めるザルゴ。続くリョウ。
この隊列は、いつ魔物が来てもいいようにと、ザルゴが提案した隊列だ。
ザルゴの攻撃スタイルは近距離型。
リョウの攻撃スタイルは、イフリートを使ってなら遠距離、又は中距離型だ。
よって、ザルゴが前衛、リョウが後衛。と、バランスを追求した陣形である。
だが……。
「あんま搔きむしってっと、余計痒くなるぞ」
「でも痒いんだよ〜」
ザルゴは腕の痒みに悶絶しながら、道を突き進む。
突如、踏みしめたはずの地面が、ガゴンという音と共に大きく沈んだ。
「ッ!?」
突然のことに、ザルゴは驚き、前方へとすっ転ぶ。
ザルゴが踏みしめたはずの地面は、長方形型に沈んでいて、人の足がすっぽり入る程の大きさがあった。
「おいおい何してん……」
リョウがザルゴを見て苦笑しながら足を止めた。
……その行動は、不幸を呼んだ。
「ギャイイイイイィッ!」
突如、辺りに甲高い咆哮が響き渡る。
それと同時に、上空から三匹のゴブリンが、殺気を際立たせて飛来した。
リョウとザルゴは、彼らの存在を、咆哮を聞き終えてから確認した。
その時には、ゴブリン等は、リョウ達の首を落とそうと、ククリナイフを提げ、距離を僅か1メートル程に詰め寄せていた。
「なにッ!」
「くっ、うおらぁっ!」
ザルゴはかなり不安定な体勢だったが、立ち上がって体勢を安定させる時間はなく、大剣をがむしゃらに投げるしかなかった。
ブオンッと、風を切って上空へ進む大剣は、二体のゴブリンを上空へと押しもどすが、残った一体が依然として迫ってきている。
狙いは、スキだらけであるザルゴだった。
「お前の相手は、こっちだよっ!」
一刹那で空中に魔法陣を構築し、そこから、鋼の剣を取り出す勢いをそのままに、落下中のゴブリンを真一文字に切り開いた。
危機一髪。命を失ったゴブリンは、血飛沫を飛ばしながら、ザルゴの両脇を通過し、地面に激突。耳に悪い音を響かせた。
「はぁ、はぁ、危ねぇ」
「……ッ。なるほど、トラップっていうのはこういうやつか」
剣を魔法陣の中へとしまいながら、その握っていた手でザルゴに手を差し伸べる。
だが、ザルゴはそれを制止し、遠心力を使って飛び上がった。
「悪い悪い、不覚だった。次は用心して進むわ」
「あぁ、足元には要注意だな」
死角である足元にトラップが敷かれると、あまり気がつきやすいものではない。
単純な仕掛けだが、トラップの中でもかなりの成功率のトラップと言える。
「ギん」
「ギゅう」
「ギャンス」
肉体の破壊音を聞きつけ、ゴブリン達があらゆるところから出現する。その数は、百と言ったところだろうか。
リョウは、再度魔法陣を構築し、そこから杖を取り出し、イフリート召喚の詠唱を開始する。
ザルゴも、落下して、地面に突き刺さった大剣を抜き取り、身構える。
ゴブリンは、四方八方から同時に背中合わせになっている二人に飛びかかった。
戦いの火蓋は切って落とされた。
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