前世の家族
「ウルトが前世の家族?」
タリアナは思わず身を乗り出した。
「そうだよ。信じてくれる?」
「うん。わたしにも……曖昧だけど、前世の記憶があるもの」
「そうだったな。タリアナは、前世のことをどこまで覚えてるんだっけ?」
「はっきり覚えているのは……弟たちを養うために、たくさん働いていたことぐらい。読んでいた本や料理したものは、時々ふっと思い浮かぶことがあるけど……自分の顔も名前も、どこに住んでいたのかも、何歳まで生きていたのかもわからない。ここよりも文明が進んだ世界にいた気はするんだけど、役に立ちそうなことは何も思い出せないの」
「……そっか。俺は、結構はっきりと思い出せるよ。まあ、覚えているからといって、今の人生に役立つことはほとんどなかったけどな」
「そうなのね」
タリアナがちらりとルシアンを見ると、彼は困惑した表情を浮かべていた。
隣に座るホーンズとトニーも、唖然として固まっている。
「ルシアン? 大丈夫?」
「……ああ。少し驚いているだけだ。ウルト、詳しく聞かせてくれ。お前は、前世のタリアナの……弟だったのか?」
「はい。そうです。タリアナ……前世では、莉亜奈という名前でした。俺は3歳下の弟で、名前は琉斗です」
ウルトは一度言葉を切り、記憶をたどるように続けた。
「俺の10歳下には、双子の弟たちもいました。慎と勇です。2人は、母さんが亡くなった時、まだ2歳でした」
「2歳……」
タリアナが小さく呟く。
ぼんやりとした記憶の中に、幼い弟たちの姿が浮かんだ。
母が突然亡くなったこと。
その後、父が変わってしまったこと。
幼い弟たちを抱えて、毎日を必死に生きていたこと。
それらは、タリアナにとって数少ない前世の記憶だった。
「母さんが亡くなって、父さんが家からいなくなってしまったんだよね?」
「ああ。そこは覚えてるんだな」
ウルトは少しだけ目を伏せた。
「母さんが突然の病で亡くなってから、父さんはショックから立ち直れず、お酒ばかり飲むようになった。抜け殻みたいになってしまったんだ。元々は明るくて、よく遊んでくれるいい父親だった。血は繋がっていなかったけどね」
「え、そうだっけ?」
「俺たちの本当の父親は、俺が生まれてすぐの頃、災害現場で亡くなったんだ。救助隊員だったらしい。姉ちゃんも3歳だったから、ほとんど覚えていなかったけど、時々、母さんが話してくれた」
ウルトは、淡々と話を続ける。
「慎と勇は、父さんの本当の子供だった。でも、母さんを探して泣いてばかりいる幼い子供たちを見るのが嫌になったのか、父さんは女遊びに逃げて……帰ってこなくなった」
タリアナは、胸の中に重いものが沈んでいくのを感じ、ため息をついた。
「父さんには、元々借金があった。結婚して間もない頃、友人に騙されて作った借金らしい。でも、それは母さんの保険金で全部返済できた」
「……そうだったんだ」
「本来なら、姉ちゃんは高校に行けたはずなんだ。でも、父さんがいなくなったから、高校には行かずに働き始めた」
ウルトの声が、わずかに揺れる。
「幼い弟たちを保育園へ連れて行って、仕事が終われば迎えに行く。それから食事を作って、風呂に入れて、寝かしつける。俺も少しは手伝っていたけど、ほとんど姉ちゃんがやっていた」
「琉斗……」
その名前を口にした瞬間、タリアナの胸の奥が不思議と温かくなった。
目の前にいるウルトが、記憶の奥にいた弟なのだと、少しずつ実感していく。
「姉ちゃんは、本当に頑張ってたんだ。俺が大学に行けたのも、弟たちがちゃんと育ったのも、全部姉ちゃんのおかげだった。だから、俺はちゃんと姉ちゃんに恩返ししたかった……」
その言葉に、タリアナの心臓がチクリと痛んだ。
「莉亜奈は、死んでしまったのね」
「うん。姉ちゃんが亡くなったのは、俺が大学を卒業して働き始めてすぐだった。弟たちは、まだ中学生だった」
「……病気で亡くなったの?」
「いや……交通事故だった。仕事帰りに、トラックに跳ねられそうになっていた酔っぱらいを助けて、その代わりに……」
ウルトは、そこで言葉を詰まらせた。
「……そう。その後、家族はどうなったの?」
「辛かったよ。慎と勇もしばらくずっと泣いていた。事故のことを聞きつけて、久しぶりに帰ってきた父さんも、相当打ちひしがれていた」
ウルトは、ゆっくり息を吐く。
「それからは真面目に働いて、家のこともするようになった。でも俺は、幼い子供たちを置き去りにして、姉ちゃんに負担をかけた父さんとは一緒にいたくなかった。だから、一人暮らしを始めたんだ」
「その後は?」
「3年後に、付き合っていた彼女と結婚した。子供も3人いたんだ」
「琉斗は、幸せだったのね。慎と勇は?」
「2人は頭が良かったから、いい大学に行って、大企業で働いていた。充実した人生を送っていたよ。ただ、慎も勇も生涯独身だった。あいつらは、女性に姉ちゃんの面影を求めていたんだ。特に勇は、幼い頃から『姉ちゃんと結婚する』って毎日のように言うくらい、姉ちゃんのことが大好きだったから」
「うん……なんとなく覚えてるわ」
タリアナの胸に、懐かしさとも切なさともつかない感情が込み上げる。
「だけど、慎も勇も生まれ変わって、ちゃんと姉ちゃんと会えたみたいで……良かったよ」
「え? どういう意味? もしかして、2人も生まれ変わっているの?」
「慎の生まれ変わりは……ドルシン」
タリアナの目が見開かれる。
そしてウルトは、もう1人の名前を口にした。
「勇は、フュード」
今世では、フュードはルシアンの実の弟だ。
ドルシンは、フュードとすり替えられてルシアンの弟として育てられてきた。
けれど前世では――2人とも、タリアナの弟だった。
「フュードは、前世の記憶はないと言っていたけど……それって確かなの?」
「ソラマンの魔法で確認したんだ」
「魔法?」
タリアナがソラマンに視線を移す。
「ソラマンは、魔法を使えるの?」




