フュードの過去
フュードは、山で拾われた子供だった。
物心ついた頃には山賊の仲間になっていたため、本当の両親のことは何も覚えていない。
仲間たちは皆、それぞれ事情を抱えながら生きていたから、フュードも、自分の境遇を不幸だと思ったことはなかった。
16歳の誕生日の朝。
住処は突然、ヴァロワ王国の騎士団に襲撃された。
国境付近に住み着く山賊を一斉に検挙するため、強硬手段に出たのだ。
住処は爆破され、仲間たちは次々に拘束されていく。
抵抗した者は、その場で容赦なく命を奪われた。
逃げ延びられたのは、フュードただ1人だった。
山を越えてモンテール帝国へ逃れたフュードは、大衆酒場で住み込みとして働き始める。
身寄りのない若者は、安い賃金でこき使われた。
それでも、生きるためには働くしかなかった。
1年ほど経った頃、見習い料理人が突然辞めてしまい、人手不足になった厨房を手伝うことになる。
初めてとは思えない料理の腕前に料理長は驚き、新しい料理を考案するたび店は大繁盛した。
その評判はやがて王宮にも届き、お忍びで訪れていた要人の推薦で、4年前まで山賊だった青年は、宮廷料理人として召し上げられることになる。
フュードは、目の前で仲間を失った日のことを忘れた時は、一度もなかった。
それでも――。
「美味しかった」
「また食べたい」
その一言を聞くたびに、胸の傷は少しだけ癒えていった。
世界各国の王族が集まる迎賓会。
フュードはコース料理の一品を任され、大衆酒場でも人気だった帝国の伝統料理ラザージョを、腕によりをかけて作り上げた。
そして、その夜。
気がつくと、まだ15歳だったあの日へ戻っていたーー
「ちょっと待って! そのラザージョ、わたし食べてる!」
「やっぱりか」
フュードは嬉しそうに笑った。
「リシャール王子と結婚していたって聞いた時、もしかしたらと思ったんだ。迎賓会の後、王子に呼び出されてさ。『妻が君のラザージョをすごく気に入った。ヴァロワ王宮で料理人をやらないか』って誘われたんだ」
「リシャールが?」
「ああ。少し話してたら愚痴まで聞かされてさ。妃のことが好きで仕方ないのに、結婚してから冷たくなった。嫉妬させようと他の女を部屋に連れ込んでも、何食わぬ顔で寝てしまうって」
「何それ。好きだから浮気するなんて意味不明なんだけど」
「俺もそう思ったよ。でも、ラザージョを食べた時には、自分から抱きついてくれたって嬉しそうに話してた」
「……全然覚えてない」
「その夜、俺は過去へ戻ってしまったから、その先のことは知らないけどな」
「わたしも、その夜に戻ったの。もしかすると、わたしたちは同じきっかけで時戻りしてるのかもしれない。でも、フュードが戻ってきた日は昨日じゃないんだよね?」
「ああ。俺が戻ってきたのは1年前だ」
「30人いた山賊のみんなはどうなったの?」
「2回目のループからは、誕生日を迎える前にあらゆる手を尽くして守った。襲撃してくる騎士団を返り討ちにしたこともあるし、囮の屋敷を作ったこともある。住処を移したこともあった」
フュードは穏やかに笑う。
「今回は全部話した上で、山賊団を解散したんだ。ここに残った連中は、俺を1人にしたくないらしい」
「ボスは、意外に寂しがりやだからな」
アキムが口を挟む。
「そうだな。おいらたちが側にいないと1人で抱え込むしな」
ナッツも同意する。
「あら、あなたはボスの美味しい料理が食べれなくなるのが嫌だから、ここにいるだけでしょ?」
妻のツユが言えば、笑いがドッと沸き起こった。
「……俺は、いずれ山を下りてレストランを開くつもりなんだ。その時は、今いるみんなも一緒に連れて行く。前のループでも、いつもそうしていたからな」
「そっか……。もしかして、そのレストランって、帝国の市場通りにあるラザージョのお店?」
「そうだよ」
「わたし……3回目のループで行ったことがあるわ」




