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1章-1 ①

ゆっくりと書いていきます。

ファンタジーの予定です。

よろしくお願いします。


 世界の始まりを見た者は、誰もいない。


 ある本によれば、太古の昔、四大元素の魔素が混ざり合って世界が生まれたのだという。

火と水と風と土。それらが渦を巻き、大地が隆起し、空が広がり、海が満ちた——らしい。

壮大な話だが、この説に対して私はいささか懐疑的である。

虚無の中から突然世界が生まれるなんて、あまりにも都合がよすぎる。

仮に私の目の前で新しい世界がポンと出現したとして、素直に信じられるだろうか。たぶん目をこすって、昨日食べたものを疑う。


 それに、私が神様だったら世界を創るときには人間も創るだろう。人間のいない世界など味気なさすぎる。

「第一章、岩がある。第二章、岩がまだある。第三章、岩に苔が生えた」——そんな退屈な物語に数億年も付き合えるのは、よほどの徳を積んだ神様だけだ。

少なくとも酒場の壁に貼ってある安っぽい絵の神様は、もう少し楽しいことが好きそうな顔をしている。

 あるいは——世界は人間の認識によって生み出されているのかもしれない。

誰かが「ここに山がある」と思ったから山ができた。

誰かが「空は青い」と信じたから空が青くなった。

そんなことを言ったらお母さんには「頭を冷やしなさい」と言われるだろうが、四大元素が渦を巻いた説よりはよっぽど筋が通っていると思う。

 さて、ではこの世界を誰が認識して、誰が生み出したのか。

それは私にはわからない。というか、今はどうでもいい。

今の私にとって重要なのは、哲学ではなく、目の前の現実だ。


遠い宇宙の果てまで思考を飛ばしているうちに、いつのまにか早鐘を打っていた心臓は鎮まり、震えていた指先も止まっていた。

OK。白状すると、私は宇宙の真理になど一ミリも興味がない。ただ勝負をする上で必要だったのだ。


もっと具体的に言えば——世界の始まりよりもよっぽど重要な私の全財産がかかったこの一局の話だ。


----------------------------------------------------------------------------


私の名前はエレナ。十四歳。本日の所持金、残り三千二百。

最近のマイブームはカード賭博。得意なことは負けること。

いや、得意ではない。ただ実績があるだけだ。


ここは町の中心にある酒場。

看板には白い狐の絵が描かれていて、店の名は「白狐亭びゃっこてい」という。

ゲンじいちゃん曰く、昔この辺りに住んでいた白い狐にあやかったそうだが、本当かどうかは怪しい。

なにせこの老人はとても嘘つきなのだ。


私が興じているのは「ブラフ・アンド・フォーチュン」という二人用のカードゲームだ。

手札の組み合わせで勝負する単純なルールだが、奥が深い。

運の要素もあるが、それ以上に相手の表情や仕草から手札を読み取る技術が重要になる。

要するに、嘘が上手い方が勝つ。


対戦相手は、先ほど紹介した嘘つきのゲンじいちゃん。

白いひげを蓄えた、この町で一番長生きしている——と本人が主張している——老人である。

元商人。長年の駆け引きで鍛えた読みの深さは本物で、私の対戦成績を真っ黒に染め上げている。

十二連敗した私を「筋がいい」と評する辺り、この老人の性格の悪さが窺える。

かつての優しいゲンじいちゃんはおそらくこいつに食べられたのである。


いつもは振るわない私だが今日は違う。

今日は集中できている。さらに、配られた手札はこのゲームにおける最強の手だ。

この役は滅多に揃わない。さっき頬が緩みそうになり、それを噛み殺すのに苦労した。

冷静さを保つために、わざわざ思考を宇宙の果てまで飛ばす必要があったほどだ。

だがおかげで、私のポーカーフェイスは守られた。たぶん。


 ある映画でダニーという名うての博徒が言っていた。「勝ちたきゃ、いい手が来た一回に全部賭けろ。それ以外は寝てろ」。

乱暴だが、これこそ賭け事の真理だ。

この手が来て、私はようやく腑に落ちた。

要するに今までの私は、運がなかっただけなのだ。

来もしない好機を待ちきれず、弱い手で無理をしていた。

賭け事とは何かについて、三十分前の私に小一時間レクチャーしてやりたい。

結局、強い手が勝つ。それだけのことなのだ。


 ——勝負を仕掛ける。

「三千二百」

 全額を賭けた。全財産だ。観客——と言っても酒場の常連客が三人ほどだが——が、わっと小さくどよめいた。

今日一番の盛り上がりである。

「おいおい、エレナちゃん。正気か」

ふふふ。狂気の沙汰ほど面白い。

今の私の精神は、ギャンブルの炎に焼かれているのだ。


ゲンじいちゃんは、地蔵のように動かない。

わかるよ、ゲンじいちゃん。

手に取るようにわかる。どうせ「ブラフだろう」と疑っているんだろう。

私はいままでの勝負で何重にも罠を張ってきた。

いままでの負けも全てこの時のためだったのだ。(そういうことにしたい。)


「……いいじゃろう。受けよう」

言わせたぞ、その言葉。

私はうつむいた。

……だめだ。……まだ笑うな。顔に出すな。

三千二百の倍。六千四百。それだけあれば何ができるだろう。——くくく。こみあげてくる。


「これで勝てるといいんじゃがの」

ゲンじいちゃんが、五枚のカードを一枚ずつ、もったいぶってめくっていく。


二枚目までが開かれた。弱い。なんという弱さ。

こんなゴミのような手で、よくぞ私の勝負を受けたものだ。だめだ、もう笑いがこらえられない。

「ずいぶんと嬉しそうな顔をするんじゃな」


三枚目が開かれる。私は手札を頭上高く掲げ、振り下ろす準備をした。くらえ、——。



ゲンじいちゃんの四枚目が、開かれた。

その瞬間、私の脳裏を、ある役の名がよぎる。

心臓が、ぎゅっと痛くなった。


この「ブラフ・アンド・フォーチュン」には、手の相性というものがある。

普通、強い役が、それより下の役に負けることはない。だが——ある特定の条件が揃ったときだけ、その絶対が、ひっくり返る。

私は振り上げた手を宙で止めたまま、ゲンじいちゃんの手を凝視した。


痛い。痛い痛い。心臓がめちゃくちゃに痛い。


ゲンじいちゃんの指が、五枚目にかかる。

「さて。これで勝てるといいんじゃがのう」


視界が、ぐにゃんぐにゃんと歪んでいく。

嘘でしょう。なんでこんなこと——。

目のせいだろうか。ゲンじいちゃんが、ニヤニヤと笑っているように見えた。

悪魔だ。こいつは、全部知っていたんだ。最初から、ぜんぶ。

顔から、すうっと血の気が引いていく。

「エレナや。カードを開いてくれんか。いい手なんじゃろ?」

握力を失った私の指から、手札がぱさりと滑り落ちた。


負けだ。

私の手にただ一つ勝てる役。それが、ゲンじいちゃんの手の中で、きれいに揃っていた。最初から最後まで、私の手は読み切られていたのだ。

「ふぉっふぉっふぉ……ギャンブルは怖いのう、エレナや」


悪魔が、それはもう楽しそうに笑った。

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