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小説 鍋島直正 一枚の鉄 1815-1871  作者: 山田 誠一


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最終章:一つの実験室

明治二年(1869年)、東京。かつての江戸城は皇居となり、新政府の熱気にあふれる若者たちが、新しい国造りに向けて奔走していた。その中に、隠居して「閑叟」と号した鍋島直正の姿があった。新政府は、直正の卓越した合理主義と海外への深い見識を放っておくはずがなかった。彼は新政府の最高幹部である「大納言」に任じられ、さらには国家の最重要課題であった「開拓使長官」の初代に抜擢されたのである。


(開拓使とは、当時、ロシアの南下脅威に晒されていた北の大地、すなわち北海道を調査し、防衛と開発を進めるための組織であった。新政府は、この国の北の防壁を任せられるのは、かつて長崎の海を守り抜き、鉄の王国を築いた直正しかいないと確信していた)


「蝦夷の地は、ただ広大なる荒野にあらず。我が国の未来を支える富の源泉なり。速やかに人を送り、炭鉱を開き、新しき技術をもって大地を拓くべし」

直正は、病に冒されつつあった老躯を押して、北海道開拓の壮大な構想を練り上げた。彼は佐賀藩で培った「まず数理に基づき、科学的に物事に進める」という手法を、今度は日本という国家全体の規模で実践しようとしたのである。


しかし、天は、この希代の科学者にこれ以上の時間を与えなかった。

明治四年(1871年)一月十八日。東京の藩邸において、直正は静かにその生涯を閉じた。享年、五十七。


(直正の死は、新しい時代の始まりと重なっていた。彼が世を去ったのち、明治政府の舵取りを担ったのは、大木喬任、江藤新平、大隈重信、佐野常民といった、直正が佐賀の地で身分に関わらず抜擢し、科学の素養を叩き込んできた若き「佐賀の双璧」たちであった。彼らが大蔵省や司法省、文部省の基礎を築き、日本の近代化を急速に推し進めていくこととなる)


俯瞰した視点から見れば、鍋島直正という男は、歴史の表舞台できらびやかな脚光を浴びることを極端に嫌った男であった。西郷のような情熱も、高杉のような華やかさもない。彼はただ、冷徹なまでに「数理」を信じ、破綻した藩を救い、迫りくる異国の脅威から国を守るために、己の生涯を一つの実験室に捧げた。


彼が佐賀の空に打ち上げた反射炉の煙は、単に鉄を溶かしただけではない。武士の魂という名の「精神主義」を溶かし、日本人が世界と対等に渡り合うための「科学の精神」を鋳造したのである。


佐賀の城址に立つ彼の銅像は、今も静かに長崎の海、そして世界の海を見つめている。その瞳には、かつて駕籠を止められて屈辱に震えた少年の面影はなく、ただ新しき光に満ちた日本の夜明けが、どこまでも美しく映し出されていた。


(『一枚の鉄』全十章・完)

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