“転移魔法”
気付けば、真っ白な空間にいた。
俺はこの手の魔法はからっきしだが、それでも何か足元をとんでもないものが這っていくような感覚が走る。
そしてそんな空間で教皇と、砂漠の女王が対峙していた。
「何が始まるんだ?」
「貴方達は防衛要員です」
辺りを見渡す。
お代官さんを除く十傑メンバーに、エリーさん。
カーリアちゃんにアルザ。
あとおっさん含む初期魔物達。
「結局ガチャ石からまともなハイレア出なかったよな」
「何? 僕がコモンだって言いたいわけ?」
「いやアルザは……アルザだろ」
白い空間に黄金の線が走る。
それは砂漠の女王の周囲に幾何学的な模様を描いた。
「貴方の目的を考えました。殻で覆う、その一点は共通している。これは間違いない」
「当然だね」
緑色の線が走り、教皇の周りに年輪のような紋様を出現させた。
「追加の目的。今の世界は随分とごちゃついていますからね……再編し、整理する。組み上げていく魔法の中にそういった構造を隠していましたね」
教皇が笑みを浮かべ、答える。
「ああ。そして君はそれを放置した。いや、添え物をしたというのが正しいか。やはり君も今の世界は気に食わないらしい」
世界の再編。
どちらの手に転んでもいじくられる運命らしいな。
「ええ。気に食わないですよ。私は……お代官様を幸せにしたい。この崩壊した世界では、どうにも心労が多いようで……見ていられません」
「そこは同意しよう。ここでは少し争いが起きすぎた。理不尽に壊れたもの、命は……数え切れない」
確かに思うところはある。
だからと言って、どうしようもない。
少しでも危険が少ない世界になってくれるなら、まぁありがたい事だが。
「おい、なんか来たぞ! 構えろ!」
何か影のようなものが接近してきている。
異世界管理局の……何だ? 下っ端か?
「っしゃあ! とりあえず私が行くぜ!」
紅羽が火の息吹を放つ。
その火が引かぬ内に拳を握って突撃していった。
こいつは……しばらく出番は無さそうだな。
「しかし再編は骨が折れる作業だ。時間もあまりない。指向性くらいはいじくれるが、それが限界だ。接近しつつあるもう一つの世界を内包するかどうかという問題もある。ただ君は違う。この殻で覆う所作と領域の相性は最悪なほどに良い。より細かに設定できるだろう」
教皇がちらりと俺の方を見る。
何だよ。やんのか?
「まぁ、君たち寄りの世界の方が統治しやすいと見て指向性はだいたい定まった。私はそう欲張りではない……それだけで十分さ。あとは君の企みを挫くだけ」
「企みだなんて。貴方の描く世界でもまた、お代官様の心労はかなり減ることでしょう」
かなり減る、ね。
教皇が緑色の紋様から枝葉のようなものを伸ばす。
「砂漠の女王。君は、私が見てきた者の中でも特に優れた——転移魔法の使い手と言えるだろう。素晴らしい腕だ」
砂漠の女王が片眉を上げる。
「ええ。それが?」
教皇がにやりと笑う。
「転移魔法の極地を知っている。時間軸の転移だ」
ああ、そうだったな。
ゼニスが口を滑らせていた事だ。
「時間軸の転移。比較的容易に辿り着ける技術といえば……未来への一方通行的な送信。まぁ、それに辿り着けるだけでも一線を超えたと言えるけどね……」
未来への送信。
砂漠の女王はそれをやったのか?
何を、何のために?
教皇がぴっと人差し指を立てる。
「君は少し未来の——具体的にはこの魔法の行使の瞬間。そこに術式を送信したね? その内容は……殻で覆い、監視による縫い止めが解かれたこの世界を、丸ごと過去に転移させる術式」
世界まるごと、過去に転移。
確かにそれしかない。
お代官さんを、というか俺達を完璧に救う方法だ。
そもそもこの侵食が、災害が起こらなかった世界を手に入れる。
砂漠の女王はそれをやるつもりなのか? 本気で?
可能なのか?
砂漠の女王が澄まし顔で答える。
「それは無理でしょう。転移したとしてこの世界同士の癒着は剥がせません。世界は接合されたまま過去に戻る……辻褄が合わなくなります」
「そこで再編だ。過去の世界と照合して都合の良い部分を残しつつ災害のなかった世界を作る。領域の運用に長けた君なら可能だろう?」
砂漠の女王がふう、と息を吐く。
「なるほど。理屈は理解しましたが……少し、計算が甘いのでは? 魔王の用意したエネルギー……原初の炎は世界を殻で覆う魔法を発動するために用意された。転移と再編を行うには、ややリソース不足です」
そうなのか。
言われて見ればそれはそうだ。
教皇が頷く。
「ああ。そこがネックだった。我々を止めにくる局員を殺して補給するのかとも思ったが……統合派の連中も、わざわざエネルギーを追加供給する真似はしないだろう。使えないよう細工がされているはず。アカミネを殺すのかとも思ったが……それもしなかった。ではこの半端に残された転移の行使準備はブラフなのか?」
戦闘音が激しくなってきた。
そろそろ俺の出番か?
……モータルと紅羽とエリーさんとカーリアちゃんが死ぬほど無双してるな。
つえーわ。俺要らね。
「であれば本当の目的は何か。辿れば——もう一つの殻を作ろうとしている形跡を見つけた。接近しつつある世界を覆う殻だ。リソース的にも、それくらいなら余力はある。なんてことはない、その世界を領域に改造して、2人だけの世界を作る気だったんだ……」
教皇がそこで言葉を止め、口元を押さえる。
やがて、小さな笑い声が大きなものに変わっていく。
「ふ、ふ……はははははは! なんて、そんな引っかけにかかるわけないだろう! リソース不足? 馬鹿な! だって、目の前にあるじゃないか!」
教皇が掲げた人差し指を、ゆっくりと俺に向ける。
「君だ、君だよ! 君の心臓が最後のパーツさ!」
……え?
それ俺死なね?
「はぁ……それで? どう阻止するおつもりで?」
砂漠の女王が自分の爪を眺めながらそう言う。
おい合ってんのかよ。
どうなんだよ俺はよ。
「言っただろう。君は優れた転移魔法の使い手だが……最優では、ない。その最優が過去に類似した事件を起こそうとし、それを阻止したことがある。私に転移魔法は使えないが、使われた痕跡から辿って干渉する方法なら研究済みだ」
ちょっと待てよ。
じゃあ俺の身体って今どういう状態?
合成され待ちの素材みたいな感じなの?
阻止するってそれも俺の身体に干渉してるよな?
「治療ついでに仕込みも終えた。君の術式は作動しない」
「あちゃー。残念でしたねぇ」
砂漠の女王の言葉。
それは、誰に向けた言葉だ?
気付けば戦闘音が小さく、いや、聞こえなくなっている。
皆は?
「……いなくなってる?」
見れば、教皇も俺と同じように周囲を見回していた。
「転移が、始まっている?」
「いえいえ。前段階ですよ。まだ殻で覆い切れていませんもの」
おい、俺は。
今まで空気読んであんま突っ込まなかったけど俺は!?
「おい俺はどうなるんだよ」
「ああ、そうですね。貴方の心臓は使います。無論、死なないための手段も取る予定です。ただ……書き込みは必要ありませんでした」
砂漠の女王の口の端が吊り上がり、三日月を描く。
「ふふ、あはは。この男は、呪氷を我が物にし、無謀な戦いに何度も身を投じ、果てには原初の炎を拾い食いした大馬鹿者です」
おいなんで俺のディスが始まった?
「知っているとも。だから気に入っているのさ。私も……君も」
「不愉快なことを言われた気がしますが……さて。この男、既に一度死んでいるのをご存知で?」
教皇が訝しげな表情になり、やがて目を見開いていく。
「混じっているとは、思っていたよ。そうか、違ったのか……完全に繋がっているのか!」
俺は、レオノラと魂が繋がっている。
あいつと戦って死んだ際に、あいつの魂を使って無理やり生き返ったからだ。
そうか、そういうことか。
「御名答。そして全てが手遅れ。私が書き込んだのはこの男ではなく——聖女レオノラ。おあつらえ向きに、彼女は再編の技術たる死霊術に寄せた肉体を使っている。教皇様は……愚行の予想は苦手だったようですね」
教皇の姿が薄くなる。
その表情は驚愕から——呆れ笑いになっていく。
「無茶苦茶だ。ありえない。非合理な……なぜそんな状態で、平然と2人に分かれて生活を? はは、意味不明だ。馬鹿じゃないのか。ああ、まったく……!」
「それでは……一昨日きやがれ、教皇様」
なんて愉快な敗北だ、そう呟き教皇が消えていった。




