負荷環境
「さて、銀弾か……良い采配だ」
ソファに座りながら、レオノラが呟く。
「残りの支援者はどんな感じだ?」
「知らん。ここを訪ねてくる事しかな」
めちゃくちゃ雑だな。
そんなんで大丈夫かよ。
俺の不安を感じ取ったのか、レオノラが笑う。
「安心しろ、教皇様の采配は恐ろしく正確だ」
あの常識人っぽいベテランのおっさんを派遣してくれた時点で信頼度はかなり高いけども。
「でもアレだろ? いくら有能つっても行動原理も本音も何もわかんねぇ奴が組んだパーティーは怖ぇだろ」
「……さてな。案外、理想は単純なのに我々が勝手に深読みして、勝手に戒律を作ってるだけなのかもしれんぞ?」
はぁ? 善意で記憶消してくるやつが単純?
「あのな、理想が単純なやつってのは俺みたいなのを言うんだよ」
「ほう。して、その理想は」
「俺らを害するものがいない世界、あと元の日常が過ごせるくらいの復興。害するやつらに関しては諦めてるし、復興も終わる頃には俺も老け込んでそうだけどな」
「老け込む? 困るなぁ、私とのパスを切ってから老衰で死んで欲しいところだが」
うるせぇ。自分で勝手に頑張ってろ。
「用事は済んだな? 部屋に戻るぞ」
「まぁ待て。私の勘が正しければそろそろ奴がくる」
奴?
そう疑問を口にするよりも先に、感覚で理解する。
「……何が勘だよ」
「ハハハハ! そう怒るな。これでもまだ優しい方だぞ」
ドアが開かない上に、妙に身体がだるい。
このドア、おそらくだが……魔力伝導を行わないと開かない仕組みだ。
奴が誰かなんて、聞かずとも分かる。
「レオノラお嬢様。銀弾様を送るついでにこの粗野な男を拾ってまいりました」
「よう! 昨日ぶりじゃねぇか!」
拳聖。
修練のギフトを持つイカレ野郎だ。
「おい、レオノラ」
「さて私は研究室に戻るとしよう。タカ、お前はしっかり修練を受けるといい」
コイツ……!
レオノラが開けた扉の隙間に飛び入ろうとするが、メイドにあえなく迎撃される。
「がッ、おい!」
「いえーい、ざーこざーこ」
「クソメイドてめぇッ!」
絶対に許さん!
つーかなんで平然とこの負荷環境に適応してんだよ! おかしいだろ!
「んじゃまぁ、基礎からやろうぜ」
「……」
拳聖が爽やかな笑みを浮かべている。
基礎ね。ここはおあつらえ向きな場所ってわけだ。
「扉を開けたら合格ってか」
「あ? 何言ってんだ、殴り合って俺が楽しくなったら合格に決まってんだろ。行くぞ」
は?
慌てて身体を沈ませると、頭上を風圧を伴った拳が通過した。
「ムカデ女ァ!」
「はい」
コイツを止めろ!
俺の指示を汲んだムカデ女が甲殻を生やし拳聖に殴り掛かる。
「おお。良い拳だ」
「環境適応は未だ分析が足りません。撤退を推奨します」
扉を開けろって事かよ。
できねぇんだよ!
「扉は叩き破れるか?」
「……適応が最短ルートであると推測します」
なるほどな。
ムカデ女との殴り合いを、一瞬の隙をついて抜けた拳聖が俺に足払いをかけてくる。
「ふッ、ざ、けんな!」
跳躍し、空中で無防備になったところで拳を入れられる。
俺の身体はたやすく壁に叩きつけられた。
「――ァ」
腹を打ったせいか呼吸がままならない。
視界が眩みかけるのを気合いで抑えて立ち上がる。
痛覚カットが機能しない。
呪術が上手く回ってないのか。
「私との手合わせの優先を希望します」
俺を庇ってか、ムカデ女がそんな言葉を発する。
「おお? やる気いっぱいで良いなぁ! 教え甲斐があるぜ!」
てめぇのは教え害だろクソが。
……だが拳聖の意識は完全にムカデ女に向いた。助かったぜ。
息を整え、自分の身体の具合をチェックする。
いつもとは違う箇所。そこが魔力伝導に頼っている部分だ。
違いをハッキリと見つけ、そこを改善する。
「はッ、はッ」
息が浅い。
呪術だ。呪術が機能していないことが大きな違いだ。
俺は相手にデバフを投げる時、どこを意識していた?
「……」
思い出すしかない。無意識の奥に眠った感覚を。
「刻んだ、場所……」
皮膚がピリつく。
脳髄をずるずると何かが這う感触が戻ってくる。
呪術が、か細いながらも回り始めた。
痛みがほんの少しだけカットされる。
「いける、か?」
腰の短剣に手を伸ばしてみるが、今はまだ足りない。
武器はおろか、体表の伝導すら脆弱。一部とはいえ、内部にすら魔力が回ってなかった。
そこを見つけられただけでも収穫だ。
「扉は開けられなそうだ」
今の俺じゃ無理。
だが、できることが無いわけではない。
呪術がねぇ一般人はこれすらできないだろうから、将来コイツを相手取るかもしれない教徒達には同情する。
「前戦った時ぐらいの負荷にしてくれりゃ助かるんだがな?」
「おっ、復帰できたじゃねぇかよぉ~! 何言ってんだ、可能な範囲ギリギリを攻めねぇと! 限界を迎えて、そして突破しようぜ! ハハハハハハハハ!」
そうか。
じゃあそのムカつく顔に一発叩きこんでやる。
「行くぞ」
「いいねぇ、来いよッ!」
正面から受け止める気か。
舐めやがって……!
懐に忍ばせた短剣を、間合いに入る寸前に取り出す。
それを見た拳聖は――
「お……」
目を、守った。
そうだよな。前戦った時の焼き直し。
流石にそこに注意が向く。
短剣を雑に投げ捨て、速度のギアを一つ上げる。
「ッ!?」
対応が遅れた。
拳一発で沈んでたやつだからな、油断したか?
復帰できたとしても速度はその程度と思ったか?
内部は伝導してる、速度だけなら普段とほぼ変わらねぇんだよ。
「これも焼き直しだな」
腹に拳を突き刺す。
前回と違うのは、殴ったのは俺ってことだ。
「ハ、ハ――!」
俺の一撃を客観的に評価するなら、やや痛い。
速度と、フェイントを使って当てただけの一撃だからだ。
だが、拳聖の主観はどうだ。
コイツは俺に期待してる。不意をついて俺が加速した辺りでその期待は大きくなったはずだ。
俺の拳が突き刺さり、それが自分に効いた方が楽しい。
楽しめるよう、人は望んでしまう。
拳聖は、この局面における敗北を望んでしまうはずだ。
なら、通る。
俺の拳と拳聖の身体は今密着している。
どれだけ伝導不足でも、ここまで来れば。
「俺の拳は効いたかよ、拳聖」
傲慢、虚栄。既に内部に回路を刻んでいる。
呪術なら通せる。
あのクソ野郎に届く。
奴が望む威力に現実を引きずることができる。
「……ああ。良い一撃じゃねぇか。楽しいぜ」
拳聖が、腹を抑えたままゆっくりと口角を上げていく。
なんか嫌な予感がするな。
「なら稽古は終わりだ、解散。そういう約束だろ?」
「そうだな」
瞬間、顎に衝撃。
視界が明滅し、受け身もろくに取れず転倒する。
「……て、め」
「それはそれとして、始めた勝負は勝敗をつけておかねぇとな!」
ま、負けず嫌い……かよ……。
意識が、暗転した。




