vs魔王
「おら、よッ!」
手始めに投げナイフを一つ。
それを最低限の動きで避けた魔王。
その横っ腹がざっくりと切り裂かれた。
「ッ!?」
「あはは、流石魔王様だ」
「アルザ、貴様……ッ」
俺の投げナイフとアルザの念力の組み合わせだ。
それにこの戦法はアルザが忍び寄る刃から受け継いだ不意打ちボーナスと相性が良い。
慌てた様子で腹に回復魔法を施す魔王にあらゆる妨害魔法や攻撃魔法、矢による攻撃が飛来する。
「ぐぉ、がァ、ァアアアア……!」
妨害魔法に足をとられ攻撃魔法で左肩が千切れ飛ぶ。
致命傷は何とか避けている辺りは流石の魔王といったところだが。
「良かったなァ! 器の大きさに身体が追いついてよォ!」
「ほざけ劣等種がぁあああああッッッ!!!」
魔王の右腕が光を放ち、漆黒の杭がとんでくる。
だが俺の速さを超えられるような物ではない。
「立派な杭だなぁ。将来の夢は造園師かな?」
「タカ氏煽りすぎ! もうちょい抑えて!」
あいよ。
ちょいと軽口が過ぎた。集中しねぇとな。
短剣を握り直し、一気に魔王との距離を詰める。
放とうとした一閃。
「甘い」
妙な引力により手首を掴まれ阻止される。
ここで焦ってはいけない。
瞬時に短剣の持ち方を変え手首を捻り刃を魔王の腕にぶッ刺す。
「ぐッ!?」
そしてその場で全身ごと回転。
イメージはクロコダイルが獲物を捕食する時に使うデスロールだろうか。
「ははははははッ!」
たまらず手を離した魔王から一気に距離を取り、ずたずたになった俺の手首と、それ以上に酷い有様の魔王の手首を見て笑う。
そんな隙だらけの俺に魔王が追撃を仕掛けようと駆けてくるが……届かない。
「回避手段もなしに隙を晒すかよ馬鹿が!」
自分の身体がぐっと後方に引っ張られあっという間に移動する。
ガッテンの新たなスキルだ。
「ほい、前線交代!」
「あいよ」
自分と他者一人を磁石のごとくくっ付ける。それだけのスキルだが、これがどうして侮れない。
「死ねやクソ侵略者ァ!」
ガッテンが雄叫びをあげながら突進していく。
それに追従したヴァンプレディがそれに合わせて血の武器を魔王に投げつける。無論、アルザの念力と連携して。
「タカ、大丈夫か」
ほっぴーが時折補助魔法を投げたり矢を射ったりしつつも俺に話しかけてくる。
「あぁ? あと数秒長く手首持たれてたら死んでたけど?」
「馬鹿なのか?」
いやぁ、まぁ。
「……はぁ、これだから短剣使いは。近付いて分かった情報はあるか」
「触れられるとスリップダメージ」
「面倒だな」
定期的に前衛を交代させないと普通に死者が出かねない性能だ。
クソが。
「ガッテンには?」
「すれ違いざまに伝えといた」
「やるじゃん」
そりゃ本気で殺したいからな。
「さて、次の前衛はどうすっかな……」
ほっぴーが何やら悩み始めたので、空気を読んで下がる。
もうちょい魔王のサイズがでかければ全員で一気にかかれたんだが、今の魔王は俺らと同じサイズなためフレンドリーファイアを考慮して動かなきゃならん。
どうせ小さくなるなら一瞬で踏み潰せるぐらいのサイズになって欲しかったぜ。
「おい、レオノラ」
一先ず暇そうにしている脳筋聖女に声をかける。
「ん、なんだ」
「お前、救世の兵はどうしたよ」
「先ほどの爆発の防御で使い切った」
「……あの影はヤワタじゃなくお前か」
「む? いや違うぞ。ヤワタに加え私の救世の兵で防いだ」
「そうだったのか」
ヤワタだけじゃなくレオノラのリソース使いきってやっと防げた、か。
とんでもない隠し玉だったんだな。
「さて、救世の兵を持たない私は遠距離の攻撃手段に乏しいからな。さっさと前線で暴れさせて欲しいのだが」
「じゃあほっぴーに申告してこい」
「分かった」
レオノラがいそいそとほっぴーの傍に走っていく。
この分じゃしばらく俺の出番は無いな。
可能ならトドメは俺がさしたいんだが……それを強要するほどわがままじゃない。
「主殿」
「あぁ?」
「次は我輩と共に前線に出ましょう」
「おう、いいぞ」
そんな会話の中、パァンと乾いた音が響いた。
「銃声!?」
音の方向を見ればボルトアクションらしき銃を構えるジークの姿。
製作で作ったのか。
「うーん」
その様子からして、思ったような成果は出なかったみたいだが。
時折銃声が混じるようになった遠距離攻撃部隊をそのまま眺めていると、戦場にほっぴーの大声が響く。
「おいタカぁ! 出番ださっさと行けッ!」
俺かよ。レオノラはどうした。
そんな疑問を抱きつつも、ガッテンと位置交代ができる場所まで駆ける。
「次で決める。長期戦はだりぃからな」
すれ違いざまにほっぴーにそう耳打ちされつつ、ガッテンのスキルに身を任せ前線に踊り出た。
「よぉ魔王サマぁ! 寂しかったかぁ!?」
「……」
もはや俺の煽りを相手する余裕すらも失っている。
見れば身体はズタボロで時折ヒール特有の光がともるものの、明らかに蓄積されていくダメージの方が多い。
「あの世に友達いっぱい送っといたから安心して死んでくれよな!」
掴みかかってくる腕をかわし、短剣で浅く斬りつける。
「ぐッ」
銃弾が魔王の目を掠める。
その隙を逃さない。
「がッ、あァ……ッ!」
「シンメトリーにしといてやるよッ!」
魔王の右腕を派手に斬り飛ばす。
苦痛に呻きつつも魔王が背中の魔法陣を煌かせ突進してくる。
唐突に上がった魔王の速度。背後のどよめき、そして何より俺が驚いてしまっている。
「捨て身特攻かよ……ッ!」
もはや防御は捨てている。
死ぬ前に俺を殺してやろうとか、そういう魂胆なのかもしれない。
魔王が肉迫する。
派手に斬り飛ばした直後なせいか、回避が間に合わない。いや、間に合わせる。
無理やりな挙動に自分の身体がミシミシと悲鳴をあげるのを感じる。
関係ねぇ。死んでたまるかよ。
「お前ッ、だけでもッ……!」
見苦しい事この上ねぇ。
だがその見苦しい行いで俺は風前の灯だ。
一発避けてももう一歩踏み込まれたら終わる。そんな予感。
それは、風に乗って聞こえたほっぴーの詠唱によって覆された。
「アイビィ・バインド」
「!?」
それは、スキルでも何でもない。
ほっぴーが異世界の魔道書から自力で習得した魔法だった。
「馬鹿な」
アイビィ・バインドなんて大仰な名前がついちゃいるが、実際のところ、これは単なる足掛け魔法だ。
俺が使われた時は位置が悪くて絞め落とされたが、普通に行使すればちょっとけつまづく程度のしょうもない魔法。
魔王が想定から外すレベルの、初歩魔法。
だが、俺が体勢を整える時間を稼ぐには十分な魔法だ。
「信じてたぜほっぴー!」
援護が遅くて一瞬不安になったのは内緒な!
短剣を体勢を崩した魔王の喉笛めがけて振るう。
「まだ、だッ!」
魔王が無理やり身体を逸らしこれを回避。
でもな。
「終わりだよ」
短剣使いは、二人居る。
「主殿ぉッ!」
背後から姿を現したおっさんが短剣を首めがけ振るう。
「!?」
魔王がそれを避けようとし、未だ喉笛を狙う俺の短剣を目がとらえる。
体勢が整ってりゃ、防御を捨ててなけりゃ……まだ回避できたかもな?
「やめ、ろ――」
その瞳が絶望に染まる。
「我は、私は、英雄になるんだ――ッ!」
そんな叶わぬ夢を吐きながら。
魔王の首が宙を舞った。