引き摺り落とせ
「タカぁ!」
「あァ!?」
「そろそろじゃねぇか!?」
馬面の魔族の喉から短剣を引き抜きつつほっぴーの言葉の意味を考え……ああ、と納得する。
「そうだな。そろそろだ」
砂漠の女王の奮闘により、魔王はかなり疲弊している。
逃がさずでかい攻撃を一発ぶっこむには十分な疲労具合だろう。
掲示板魔法を起動しお代官さんの個チャを開く。
打ち込むのは、既に決めていた文言だ。
「準備完了、と」
ここまで魔族の数以外は順調だ。
相手に違和感を抱かせず領域の拘束能力を低下し、領域破壊能力が術者本体に深刻なダメージを及ぼしにくい状況を作った。
絶好のチャンスだ。
――皮膚が総毛立つような感覚が走る。
魔王を前にした時にも覚えた感覚。
「――ォオオオ」
バリバリと空気が裂けるほどの雄叫びが響く。
隠密性をかなぐり捨ててやがる。
一応バレずに不意打ちできるならやってくれと言っておいたが……この圧は隠しようもないし些細な問題か。
「何だ!?」
魔族達がざわつき各々の防御行動をとる。
魔王もその例に漏れず、巨大な盾のような物を展開した。
甘い甘い。
「砂漠の女王の子供はんな事じゃ止まらねぇぞ!」
『子供として認知した覚えはありません』
脳内に直接……!?
そんなやり取りをしている間に、視界の端に彼の……ヤワタの、八つ首がうつる。
「……すっげぇなおい」
背後のほっぴーがそう呟くのが聞こえた。
ああやって全力疾走で迫ってくるヤワタの姿は流石に圧が違う。
「かっこいいじゃねぇかヤワタぁ! やっちまえッ!」
「ガォオオアアアアアアアアッッッ!!!」
雄叫びをあげ、領域内に突っ込んでくる。
「――――ッ!」
砂漠の女王が声にならない悲鳴をあげつつも砂嵐で魔王を拘束する。
「やめろ……貴様らァア――!」
流石に焦りが出たのか魔王がついに罵倒の言葉を口にする。
やっと化けの皮が剥がれてきやがったな。そっちの方が似合うぜ、魔王さんよぉ!
「ガァアアアア……ゴォアアアアッッ!!」
バッと八つ首が多方面に展開され、空を飛んでいた魔族共をついでとばかりに破壊しながら魔王に迫る。
必死に盾を使い防ごうとするが、それで防げるのはせいぜいが一、二本の首。
残りの首が魔王に伸び、その鎧に噛み付く。
ビキリ。
ミシミシと細かい音を立てつつ、時折決定的な破壊音が響く。
奴の黒鎧が崩壊していく。
「ふざ、けるな……この我を誰だと思っている……ッ!」
魔王がもがく。
よし、このままいけば倒せる。
「……後悔する事になるぞ貴様らッ!」
魔王の鎧が割れる。割れた部分から、中で煌々と燃え盛る炎が見えた。
……なんだか、とても懐かしさを感じるような、そんな炎が――。
「爆ぜよ」
視界が、紅く染まった。
とてつもない爆音が聞こえた気がしたが、すぐに無音になる。
鼓膜をやられた。
そんな思考に辿り着いたときには既に、その大質量の炎は迫ってきていて。
それを遮るようにして、巨大な影がさした。
「――――」
自分が何と叫んだのか分からない。
感情の収まりがつかない内に、後ろから首根っこを掴まれ無理やり伏せさせられた。
直後、内臓がぐちゃぐちゃになるんじゃないかと思う程の衝撃が通過した。
――。
――――あれ。
「魔王、は」
自分の声だ。
遅れて視界が開けていく。
自分をヒール特有の光が包んでいる。
「……よう、タカ。起きたか」
煤まみれのほっぴーの背を借り立ち上がる。
「最後の戦いだ。気ぃ張れよタカ」
「……おいおいその言い方じゃまだ魔王が」
ほっぴーがすっと正面を指先で示す。
正面には、全身に魔法陣がびっしりと彫り込まれた金の長髪の……性別不明の人物が血塗れになりつつも、ふらふらと立ち上がる姿があった。
「我が必死になって集めたエネルギーが先ほどの術式で無に帰した。よくもまぁやってくれたものだな」
「起床時間が一緒とはな。初めてお前に共感できそうだぜ魔王」
「ほざけ」
魔王が完全に立ち上がり、こちらを見据えた。
「だが、まだある。世界を救うための術式の知識が。我の中に入っている」
「だから何だよ」
「分からぬか。我はまだ、お前達が賢くある事を願っているのだ」
「へぇー」
視界の端で他の面子の様子を確認する。
紅羽はダウン中。起きたとしてもあの魔術の副作用で暫くまともに戦えないだろうしアイツは戦力換算できないな。あとヤワタと砂漠の女王も倒れたまま。
他にも数人倒れたままのやつがいるが、そっちはまだ回復できそうな様子だ。
他はボロボロとは言え、一応ヒールで回復済みっぽい……か?
「だいたいよ、世界を救うってなんだよ。もっと具体的に説明しろよ」
まだ時間稼ぎが必要と感じた俺は、会話を継続した。
「世界を、殻で覆う」
「殻ぁ? 覆ってどうすんだよ」
「お前達。そもそもこの世界群が、何故こんな事になっているのか知っているか」
微妙に話を逸らされた。まぁいい。
「お前ら魔王軍のせいだろ?」
「世界“群”と、我はそう言ったのだ」
「……あー」
俺らと統合する前の世界とか含めた話ってわけか?
そりゃまたスケールがでかすぎてめんどくせぇ話だ。
「いいか。この世界群は、実験場にされている」
「……魔女か?」
「違う。今の状況を利用して魔女が実験を繰り返しているのは事実だが、もっと根本的な問題だ。違和感を持たなかったのか、お前達は」
ふむ。
こいつを殺すのは確定にしても情報を貰えるならそれに越した事はない。
まだ全員が復活した様子はないしもう少し話をきいてやるか。
「さっさと結論を話さねぇと首がとぶぞ。実験をやってんのは誰だ」
「フン。いいか、異世界管理局なる世界群を監視する組織の中の、統合派と呼ばれる派閥だ。そいつらが、実際に無数にある世界群の全てを一つに統合しようとした時どうなるかの実験をやっているのがこの世界群だ」
異世界管理局ね。
また出てきたか。
「なるほど? それが事実だとして、お前はどうやって世界を救うんだよ」
「殻だ。この世界を殻で覆い、これ以上の統合をできなくするだけでなく異世界管理局の監視の目からも逃れる。我は奴等から与えられた異世界を引き寄せる魔術を応用し、世界を救う術式を完成させたのだ」
へぇ。
「そりゃ良かったな」
「……ここまで話したのだ。お前達の戦う理由も吐いてもらおう」
チラリと視界の端を確認する。
ふむ。準備は完了してるみたいだな。
でも俺はもう少し話したい。
ちょっとばかし俺のわがままに付き合ってもらおう。
「俺の仲間を救うためだ」
「魔女に治療を頼み、交換条件に我を殺すことを出してきたのだな。ふむ、まぁそのような事だろうとは思っていた。奴はこの状況を利用して楽しんでいる側だ。殻を展開されるのは不愉快だろうよ」
魔王が憐れみの視線でこちらを見てくる。
ひゅう、うっぜぇ~。
「考えろ、単純な話だ。仲間の犠牲。胸が痛む。同情するとも。だがな、世界が壊れてしまっては元も子もない。天秤にかけるまでもない話だ。理解してくれ。今からでも考え直し、どうか、我が手を取ってくれないか」
ああ、そうだ。天秤にかけるまでもねぇな。
「その問いに答える前に質問を一つ」
「なんだ」
「てめぇを殺した後ちゃーんとその術式とやらは俺らが行使してやっから、知識だけ渡して自殺してくれないか?」
言ってから気付いたがこれ質問じゃなくて提案だな。
「……それはできぬ」
「へぇ」
「あの、術式を扱う上で最適なのは我であり――」
「もう分かったから喋んなくていいよ。主語デカ野郎」
「は?」
だいたい魔術のプロフェッショナルの砂漠の女王がいんだぞこっちには。
本気で世界救いたいなら素直に死んで知識渡すのが現状の最適解だっての。
「つまりはお前にとって“都合の良い”世界を守りたいって事でOK?」
「……なんだと貴様」
「なら一緒じゃねぇか。俺らもよ、世界が壊れちまうんだわ。アイツに死なれると、俺達にとって都合の良い世界がさ。いやーーー、自分の側だけ主語でかくするとか典型的なクソリプ野郎なのな、お前」
ぶわりと殺意がこちらに向けられたのが分かる。
「一緒、一緒。俺らと一緒だぜ魔王サマぁ。いやー、流石の俺でもちょっとばかし親近感わいちまった。やっぱ自分の世界は壊されたくないよなぁ。それでこんなに頑張ったんだよな? いやぁ残念だったなぁ。今から負けるぜ? お前」
「我の、意志を……愚弄するか貴様……ッ!」
奴の全身に力が張る。
臨戦体勢だ。おいおい図星かよ魔王サマぁ?
「怒ったな? お前。やっと本気でキレてくれた。俺らと同じ目線に立っちゃったなぁ? 気分はどうだ?」
「殺す……ッ!」
殺意と怒気マシマシ。思わず頬の端がつり上がる。
「だはははははッ! 良かった、良かった。自分が上だとか、勘違いした誇りを持ったまま死なれるのが一番むかつくからさぁ、何としてでも引き摺り下ろしたかったんだよなァ!」
……さて、俺のわがままも達成した。あとは勝つだけ。
短剣を、構える。
「さあ、やろうぜ」
俺の言葉に続くようにして、各々の戦闘開始の合図が響いた。




