風凪ぐ戦場
「こっちには少ししか流れてこないって話じゃなかったか!? なんでこんなに居るんだ!?」
「知らないッスよ!!」
マサルとベガがぎゃあぎゃあと叫ぶ横を銀色のガーゴイルがかすめていく。
「おわぁッ!?」
「皆さん民家に入って! 顔を出さないで!」
カーリアが必死に叫び、片腕から風の刃を放ち魔族達を迎撃する。
「カーリアぁあ……裏切り者ぉお……」
「うるさいッ! 私の危機に手を差し伸べたことが、貴方達にありましたかッ!」
カーリアがそう怒鳴り声をあげながらいくつもの刃を射出する。
銀色のガーゴイルが悲鳴をあげながら破壊される。
「貴方達のそういう利己的なところが大っ嫌いですッ!」
「しょうがないじゃないか。そういう血筋が凝り固まった結果が僕らだろう?」
「――ッ!」
カーリアの頬を飛来した針が掠める。
正面には三つ目の魔族が牙だらけの口を歪ませる姿。
「君がそっちに居るのだってそちらの方が心地良いからという非常に利己的な理由のはずだ」
「……私は」
カーリアの言葉を待つ事なく三つ目が鋭い爪で斬りかかる。
爪が彼女を裂く直前。ぐらりと爪の先がブレる。
カーリアの風魔法だ。
軌道を逸らされ、がら空きになった胸に特大の空気の塊が叩きつけられた。
三つ目の下顎から腹部にかけてが全て吹き飛ぶ。
「相変らず繊細なコントロールだねぇ」
余裕のある声音が頭上から響く。
「な!?」
見れば破壊され吹き飛んだパーツから再構成された無数の槍。それらの穂先は全てカーリアを向いていた。
「死ね」
瞬間的に風の鎧を形成するがこのような点の攻撃を受け流すことは難しい。
一つ一つ迎撃をするのも間に合わない。
カーリアの脳裏に死のイメージがよぎる。
「くっ……」
だが、諦めない。
あの人達は、どんな時でも笑って、じゃあやってやるかとそう言ってのける人達だった。
まずは自分に一番接近している左前方の槍。それに向け風の砲を撃つ。
その間に接近してきていた右後方の槍を、風の鎧で多少軌道を逸らし無理やり避ける。
次は――。
見えたのは、破壊した槍が再生し、避けた槍がUターンし再び向かってくるところ。
「あ、ははは」
絶望だ。
腰が抜けそうになる。
でも、まだ。まだやれる。
まだ見える。
避ける。迎撃する。再生する。また飛んでくる。
まだ、まだ見える。まだいける。
「うぐッ!?」
腹をかすめた。直撃ではない。大丈夫。
「はッ、はッ」
完全に相手のペースに嵌められた。
分かっている。
このままではジリ貧だ。
――分かっている。
「カーリアぁ……苦しいなァ……?」
浮遊する三つ目の頭蓋骨と目が合った。
アレだ。アレさえ破壊すれば。
どうする? どうすればあの頭に攻撃ができる? ダメだ。槍が邪魔だ。
見えない。勝ちの目が。
「うう……」
でも、まだかわせるから。
身体は血塗れになってしまったけれど、まだ避けるだけなら。
でも視界が。先が。どんどん狭まっていく。
手が震えているのが分かる。
「怖いよなァ……死ぬのはよォ……」
笑い声が頭上を這う。
そんな絶望は、一振りの剣により切り開かれた。
突如、槍のコントロールが失われ地に落ちていく。
「えっ……」
カーリアから困惑の声が漏れた直後、カランと軽い音をたて二つに切断された三つ目の骸骨が乱雑に放られる。
散らばる骸を踏み潰し、一振りの剣を持った男が姿を現した。
か細い、命を持った男だった。今にも折れそうで、それでいて稀代の刀匠が作った刃先のような。
今にも倒れそうで、並々ならぬ覇気を持っている。
そんな矛盾した印象を内包した男だ。
「大丈夫?」
「モータル、さん……モータルさんこそ、大丈夫なんですか」
「うん。今は少し楽だよ。ごめんね、別の魔族殺すのに手間取っちゃって」
「い、いえ……本来私は苦戦してはいけない人員ですから……」
カーリアの言葉にモータルがへぇー、程度のリアクションで返す。
「あの魔族なんか喋ってたけど。嫌なこと言われたの?」
「いや、それは」
カーリアが一瞬悩む素振りを見せた後、慌てて周囲を見渡した。
「……魔族が、殆ど死んでいますね」
「うん。俺と人狼と、あとタカの弟子で頑張ったよ」
「そうですか……」
返答を待たずして背を向けたモータルを慌てて追いかける。
「あの!」
「何?」
「……私は、やっぱり、利己的に見えますか?」
「まぁ、うん」
「そう、ですか。ですよね……」
しゅんとした様子のカーリアに、モータルが首をかしげる。
「だって皆そうじゃん」
その言葉に、カーリアが黙って首を横に振った。
「皆さんは、十傑の方々は、違うじゃないですか」
「いいや? 自分の適応範囲が広いだけだよ」
「自分の、適応範囲?」
オウム返しをするカーリア。
「俺は、十傑である事だとか、友達だとか、そういう物を含めてこその自分だって思うし、それを守りたい」
「……」
「カーリアちゃんは?」
「私は……分からない、です」
カーリアの言葉に、モータルは少しの間考え込む。
彼なりに適切な言葉を探しているらしい。
「そっか。俺はさ、元々自分の中に、本当に自分一人しか居なかったんだけど、タカ達と会って、自分の中に人が増えてさ」
カーリアから真剣に見つめられ少し嫌そうな顔をしつつ続ける。
「すっげぇめんどくさかった」
「えっ」
「でも楽しいことが増えた。あとやれる事も。……別に一人だった頃だって楽しかったから、カーリアちゃんが今のスタンス維持したいならそのままでも良いと思うけど」
カーリアは何も答えない。
「……迷うくらいなら一回やってみればいいのに。じゃあ俺そろそろ行くよ」
「あ……」
モータルが尋常でない速度で走り去っていく。
僅かに血の跡を残しながら。
「私は」
何かを口にしようとして、やめて。
それを何度か繰り返した後、カーリアは拳を強く握り、前を見据えた。
「私は……!」
瞬間、カーリアの背後の瓦礫から、ミミズのような頭が飛び出した。
「裏切り者のカァーリアァ……!」
その不意打ちをすんでのところで回避する。
「……ああ、そうだろう。私は貴方達を裏切った」
「分かってんならさっさとォ……死ねェッ!」
だから次は。
「もう、裏切らない……!」
その二つ名は、元々はネット民が茶化すために付けられた名だった。
だが、地球の状況が過酷さを増すにつれ、その名は次第に、意味を伴うようになってきた。
カーリアを。彼女の動画を本当の意味で生き甲斐とし必死に環境に抗っている人達がいる。
ならば、名乗ろう。
眼前のミミズの顔が裂けグロテスクな中身が露出する。
「裏切り者カーリアぁァア……ここで殺すゥ!」
「違う。私は――」
彼女の手に風の魔法が宿る。
「“希望”カーリアだッ!」
圧縮された風の刃がミミズ魔族の顔面に叩きつけられる。
「ご、ォ――!?」
ミミズ魔族が爆散し、か細い断末魔を残し絶命した。
バラバラと降る肉片の中、カーリアが呟く。
「さて、皆さんをお守りしなければ」
その声音は、決意に満ちていた。