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オババとの別れ

  

  

  

  

  

  

 数日ぶりに外にでれば、少し冷たいが心地よかった風は、肌を刺す寒風に変わっていた。

 オババの家は、年寄組の許しを得て山裾を開墾したお陰か羽振りが良く、母屋の他にオババを住まわせる為の離れが別に設けられている。

 オババは優しいが、オババの家族からは最低限の挨拶しか返されたことはない。思い返せば、マナカは総じて村人から懇意にされてこなかったが、よくよく考えればこの目の色のせいで村の子供でない事が一目瞭然だったのだろう。貰われっ子がいずれの家族に紛れているかは村年寄りしか知らないという約束事であったがというが、見た目で分かってしまう場合はどうしようもない。

 オババは恐らく同じ瞳を持つ者として縁を感じ、マナカに親切にしてくれたのだろうと、マナカは当たりをつけていた。オババもまた、目の色の所為で周囲から忌避されていたのかもしれない。そして、オババが一人離れで暮らすのは、何も羽振りの良さだけが理由では無いのかも、とマナカは思った。


 「マナや、マナや、よう来た、よう来た」


 オババは嬉しそうに手招きし、マナカを火鉢の近くに招き寄せる。


 「オババ、寒くなってきたけど足の調子はどう?さすってあげようか?」

 「こんげ寒けりゃ痛むのは仕方のない事だもの。ワシらの年になったら辛抱強くいきにゃよ。それよりも柿が軒に吊るしてあるで、六つか八つか取ってきてくれ」


 マナカは言われた通りに軒下に行き、紐の両端に結んである柿を紐ごと三つだけ外し、オババの横に持ってくる。


「マナや、今年の柿も上手くできとるか味見してくれ」


 オババは柿を一つだけ外し、マナカに差し出してくれた。色を見れば赤黒く、身から適度に水分が抜けて美味しそうだ。味見というのは建前で、オババはマナカに柿を食べさせたいだけだった。


 「ありがとうオババ、一つ貰うね」

 マナカは柿を受け取り半分程齧る。予想通りの甘さだったが、思わず知らず笑みが溢れた。


 「美味しいよ!オババ。でも…これ以上軒で干してたら真っ黒になっちゃうかもしれないよ」


 オババは目がよく働かないので、柿の色が分からないのかもしれないと、マナカは余計な差出口と分かっていてつい言ってしまう。


 「そうか、そんならキルカが来た時にでも取り込んで貰おうか」

 マナカは思わず噴き出して笑った。キルカはオババの孫で、両親と母屋で暮らす男の子だった。まだ、五才にしかなってないキルカが軒に手が届く筈がない。


 「もう、わたしが取り込んでくるからちょっと待ってて」

 「そうか、そうか、ありがとうよ、マナカ。そんなら何か駄賃をやらにゃ」


 オババはこうやって何かと理由を見つけてはマナカを甘やかそうとする。マナカももう慣れてしまって、遠慮するよりかは頂いた以上のものを返そうと、何かと仕事を見つけては率先して済ませていた。それに気付いたオババが更にマナカに甘くなる、というのは悪循環なのか好循環なのか。

 マナカは久しぶりに笑顔になれた事が嬉しかった。こうやって何気なく会話できている事も。


 「ねえ、オババ」

 「うん?」

 「オババが私に優しくしてくれるのは、同じ村の出身だと気付いてたからなんでしょう?」

 干した柿を取込み、ついでに軒下に吹き込んでいた枯葉を集めて離れの先にある穴に捨ててから、マナカはオババの隣で白湯を貰いながら話を切り出した。白湯には贅沢な事に蜂蜜をひとたらし入れてあり、ほのかに甘い。村では蜂蜜は貴重品なので、病を得た時くらいしか口にする事はできない。


 「そうなぁ、……始めのうちは縁を感じて何かとしてやりてぇなぁと思ってた気ぃもするがよ、マナがあんまりオババ、オババと懐いてくれるもんだからいつの間にかまっこと孫のように可愛く思えてよ」

 オババはもともと細い目を一層細くして、マナカの頭にぽん、と手を置いた。


 「御前様は本当に素直なええ子だからよ、オババが甘やかしたくのも無理はねえ」

 マナカは撫でられた頭がむず痒くて、オババの言葉が余りにも嬉しくて、知らず知らず目頭が熱くなっていた。


 「わた、私も!オババがいつも優しくしてくれて、村でそんな風にしてくれるのリシンとオババくらいだったから、でもそれだけじゃなくて…ええと、ええと」


 言いたい事が言えないもどかしさを感じながら言葉をなんとか紡いでいると、言葉より先に感情が押し寄せてきて、俯いてたマナカの目から次から次に大粒の涙が波のように溢れた。


 「いつも、いつも、…あ、ありが、えっぐ、ありがど…」


 堪らずマナカは大声を上げてわあわあと泣きだした。


 「あれまあ、何だよ、童みたいに」


 オババの呆れたような優しい声が耳に届く。マナカがオババの膝に突っ伏して泣けば、オババは丸くなったマナカの背を優しく撫でてくれた。オババの優しさが、ささくれていたマナカの心に染みて痛いほどだった。


 マナカが落ち着くまで、オババはものも言わずに優しく背を撫でてくれた。落ち着いていくうちに、子供のように泣いてしまった事が少し気恥ずかしく、誤魔化すように照れ笑いを浮かべた。


 「オババごめんね、その、そろそろ帰らなきゃ」

 「泣いた烏がもう、笑うた。はは。暗くなるのが早くなってきたで。親が心配したらいけね。早よ帰れ」

 親が心配する、と言われてマナカは胸の痛みを覚える。両親の心配は別のところにあると、マナカはもう分かっている。

 「うん。あのね、多分冬の間はもう来られないと思うから。春になったら遊びにくるね」

 「そうか、わかった。マナや、風邪を引かねえで用心してろよ」

 「うん、オババも」

短い別れの挨拶の後、オババをぎゅう、と抱きしめる。常にはしない事だが、泣いた後だからか、そうするのが自然な風に振る舞えた。そして、オババとはそれ以上会話もなくただ、笑顔で別れた。


 外に出てみれば辺りはもう薄暗く、烏の鳴く声さえ聞こえない。寒風に身を縮こませながら歩くその手には、貰った干し柿が五つ揺れていた。


 そして、その日から十日後の晩、遂に今年初めての雪が舞った。



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