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最凶最悪の魔導士は友達運がない 4

クライが続きを話そうと、リュオンの顔を見ると。


「ちょ、ちょっと待ってください! いま頭が混乱してて」

ストップをかけるように手の平を差し出された。


「意地悪なヒントを出してしまったようだね」

クライが微笑むと。


「いえそんな……」

恐縮するように肩をすくめる。


少女のその姿に、クライはふとアイリーンを思い出す。

見た目は全然違うが、仕草や行動がどこか似ていた。


「ではシェープシフターの正体がわかる前に、事件の顛末を話そう。その方が話の時系列的にも分かりやすいだろうし」


あらためて回想すると。

アイリーンはあの頃からディーンのことを思っていたのだと、良く分かった。

不器用すぎた二人は、思いを確かめ合うのに10年の歳月を必要としたが。


その後起きたアイリーンの不幸を考えると、それが良かったのか悪かったのか。

クライはいまだ判断がつかない。


――時の流れはとは、等しく残酷なものだ。



クライはまだ若い少女にその言葉は伝えず……

あの雪の夜の思い出を語り始めた。



++ ++ ++ ++ ++



「どうしてこんな場所に呼び出した」

クライが深夜、例の屋敷の前でディーンに問い詰める。


「まあ、いろいろ確かめたい事があってな」

ディーンが空を眺めると、暗闇の中に白い雪がちらつき始めた。


それを確認すると屋敷の庭を指さし。

「思った通りだ、この魔法陣は雪をキーにしている」

小声で呟く。


クライが庭を見ると、落ちた雪が青く輝き地面に吸い込まれてゆく。


「トラップ発動式魔法陣? なぜこんなものが」

「理由までは分からんが……弱ったあの女が自由に出歩くには何か条件が必要とか、そんなとこだろう。それより、問題は別にある」


ディーンは懐から取り出したナイフを、その魔法陣に向かっていくつか投擲し。

「俺は魔力が不安定で魔法陣が描けない、後を頼めないか」

クライの顔を見つめる。


降り始めた雪のせいでハッキリと映し出された魔法陣は複数存在し。

それぞれに投擲されたナイフの位置を確認して、クライは顔を歪めた。


「この内容は……お前、いつ気付いたんだ?」

「あの女の依頼を受けた時だ。アルファと同じ妙な臭いがしただろう」


クライにはそれが何のことだか分からなかったが。


「後でじっくり説明してくれ、それからなぜこんな書き換えが必要だ」

そう言うと、ディーンは小声で。


「お前つけられてるだろう……そいつがこの屋敷の結界を解いた犯人だ」

そう答えて、ニヤリと笑う。


「根拠は」

納得できないクライが再度確認すると。


「真夜中に男が男をつけるなんて、悪だくみ以外になにかあるのか? それともお前、そっちの趣味なのか?」

つまらなさそうに、ディーンはそう言い。



完全に気配を消して……

――暗闇の中に紛れていった。



++ ++ ++ ++ ++



ディーンに頼まれた魔法陣の追加訂正が終わると、後ろから声をかけられた。


「こんな夜中に何してるんだ?」

ラドンはすっぽりとローブをかぶって、寒さに耐えるような仕草をする。


「俺は頼まれた仕事をしてるだけだ、お前こそどうした」


「この件から手を引けと言ったはずだがな、残念だよ」

フードを外すと、ラドンの顔は完全に魔族化していた。


目は真っ赤に輝き、今まで見たことのない角のようなものが、髪の隙間から2本突き出ている。


「北部とはいえ砂漠に囲まれた帝都じゃあ、次にいつ雪が降るか分からねえ。来年まで待つわけにはいかねえし」

ぶつぶつと呟く口元も、大きく切り裂かれたように開き。

牙のようなものが見え隠れしている。


「魔族の血はそれほど濃くないと言っていたが、あれは嘘か?」

クライはゆっくりと後ろに下がりながら、ラドンに話しかけた。


「友達に嘘なんかつかねえよ、これは指導者様からいただいた力だ。

最も人族との友情と指導者様のお言葉では、比べることすらできないが」


そう言ってラドンはローブから小瓶を取り出し、一気にあおる。

ふつふつと沸騰するように、顔の血管がうごめき。


「残念だが……邪魔される前に消えてもらう。

いくら最凶最悪の魔導士と噂されても、ひとりじゃ大したことはない」

肥大化してゆく魔力は、A級……

いや、S級と言っても問題ないほどの威力に変わる。


クライが逃げるように庭に足を踏み入れると、ラドンは楽しそうに笑いながらゆっくりと追いかけてきた。


庭の上に描かれた魔法陣のひとつにラドンの足が乗ると。

「はっ!」

クライは振り返って、その陣に魔力をおくった。


「この程度の拘束魔術じゃあ、今の俺は捕まらんよ」

ラドンがそれを消し去ろうと、地面に腕を叩きつける。


パリンと魔法陣が崩れる音が響いたが……

砕け散った欠片が周囲の魔法陣を引き付け、立体的な拘束魔術が完成する。


「この二重トラップ式魔法陣は何度も見た。

面白い仕掛けだが、お前の魔力は貧弱すぎる」

ラドンは高笑いしながらそれを振り払う。


しかし何度振り払っても追加であらわれる魔法陣に、ラドンは顔を歪めた。


「これはいったい」


「どこかの悪戯好きな盗賊(シーフ)が魔法陣を書き換えたみたいでな。

この地に眠る魔力が尽きるまで、その魔法陣は出続ける」


徐々に処理が間に合わなくなり、ラドンは拘束魔法に包まれ始め……


「友達だろう、変な奴にそそのかされただけだ。助けてくれ!」

拘束から手を突き出し、人の顔に戻り命乞いをしたが。


「残念だが、俺に友達はいない」


ラドンの手の平にある、隠された攻撃魔法を見抜くと。

クライは拘束魔法を完成させた。


「くそっ、こんなはずじゃあ」

ラドンの断末魔に。


そのセリフは聞き飽きた、と……

――クライは心の中で呟いた。



++ ++ ++ ++ ++



「ディーンから連絡があって駆け付けたけど、何があったの」


しばらくすると、アイリーンが息を切らしながら駆け寄ってくる。

その後ろにはガルドとボニーの姿もあった。


「そこにいるのが、今回の事件の主犯らしい」

拘束魔法の中にいたのは、干からびた男の遺体だ。


「うむ、これは極度の魔力切れじゃな」

ガルドがそう言ってクライを見る。


「こうなる前に、妙なポーションを飲んでいた。それが原因かもしれん」


クライの瞳に宿った微かな影に、アイリーンがわざと大きな声で叫ぶ。

「まあ、こうなっちゃったら仕方ないね! それよりディーンはどこなの」


「あいつなら屋敷の中に忍び込んで行ったが」


クライの言葉に、全員でそろって玄関に目を向けたら。

ちょうどディーンが金の錫杖をもって、そのドアを開けた。


「えっ……何がどうなってんの?」

首を捻るアイリーンに。


「依頼主はお前に感謝してたよ」

ディーンはそう言って、アイリーンの後ろにいたクライに錫杖を渡す。


「お前の指示通り動いただけだ」

クライが錫杖を受け取り、不貞腐れると。

「でもこれでよかったのか?」

ディーンが問いかける。


「仕方ないだろう」


クライはそう言って、金の錫杖を一つだけ残っていた魔法陣の上にそっと置く。

すると……屋敷がズシンと大きな音を立て、止まっていた時間が一気に進んだように朽ちてゆき。


「ちょ、ちょっと待ってよ」

アイリーンがストップをかけるように手の平を突き出し。


「うむ……」

ガルドが面白そうに頷き。

「あああ」

ボニーのおどろきの声をあげた。


「お前、案外いい奴だな」


ディーンがそっぽを向いて、呟くと同時に。

金の錫杖も朽ちるようにその姿を消してゆく。



「もう、なによこれ……」

アイリーンがあきれたように肩をすくめると、建物の崩壊も終わり。



まっ平らになった帝都の一等地に……

――静かに雪が降り積もり始めた。



++ ++ ++ ++ ++



「ここまでが事件の顛末だが、何か分かったか」

クライがリュオンに問いかけると。


「はい、クライ様は昔からかっこ良かったって……良く分かりました」

目がハートマークになっていた。


そんなリュオンを見つめ。



はて、どこで何を間違えたのだろうと……

――クライは深く深く、悩み始めた。

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