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虚無への黙祷(R)  作者: 芝田 弦也
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23曲

『今なんて言ったの?』

『別に』

 私の問いかけに素っ気ない返事をよこしただけ。

 それ以上の会話に発展する気はなさそうで、口を閉ざしたまま開け放たれた玄関の方に目を向けている。

 そんな態度を表している薫に構うことを止めて、母親の元へと向かった。

 タイミングよく担架に乗せられて部屋から出てきた救急隊員と鉢合わせた。

『今から搬送いたしますが、ご家族の方にもご一緒にお越し頂きたいのですが宜しいでしょうか?』

 迷う必要は微塵もないから即答した。

『お願いします』


 門扉を抜け出た所に、リアハッチを開けたまま停車している緊急車両。車の様子を伺うように舐め回しながら歩いている姿の薫が目に入る。

 その時に薫の背中に目がいき、負傷していたことを思い出したけど構う余裕を持ち合わせていなかった。車両の中に運び込まれていく母親を見届けたあと、私も続いて車内に入ろうとした所で、強い力で右腕を引っ張られた。

 咄嗟に振り返って見ると、険しい顔をした薫が私の腕を掴んでいる。

『行くな』

『離してよ』

『それは、無理だな』

『ほんと、いい加減にしてよ!』

 腕を振りほどこうとするよりも早く、薫に思いっきり引っ張られた。

 その弾みで私は体制を崩して倒れそうになった所を、後ろから抱きとめられた。

『行くなよ。二度も言わせんな』

『そんなの、私の勝手でしょ!』

『友達はどうするんだ?』

 後ろを見遣ると、少し見上げた位置に薫の顔が目と鼻の先に迫っていた。

 眉根は寄って怒りに満ちている様なのに目元は潤んでおり、口元は何かを堪えるように固く結ばれた、なんとも言い表しがたい表情。こんな複雑な表情を前にも見たな。

 芳樹が似た様な顔をしていたっけ。あの時の私は話を聞くだけで何もしてやれなかったな。

 それに忽然と行方をくらました大事な友達、円の事をすっかり忘れていた事に驚きを隠せなかった。予期せぬ事態だからといって目先の事ばかり気にかけていた。

 更に私の一言で連行されていった元クラスメイトの事まで浮かんできて、蓋をしていた訳じゃないけど片隅に追いやっていた負い目までもが再燃してきた始末。

 私は。私は……。

 今、何を優先させるべきなんだろう。

 誰の元に行けばいいんだろう。

 たった一人の掛け替えのないおかあさん? いつも側にいてくれて他愛のない話でも気楽に過ごす事のできる親友? 私が吐き出した呪詛の様な言葉で、身を滅ぼしそうになっている元級友?

 もうこの世には存在していないであろう幼馴染?

 今、目の前に居る何度も窮地から助けてくれた口の悪い人?

 抑えられていた葛藤が芽吹き始めて、今までの出来事が走馬灯のように呼び起こされて私に問いかけてくる。どうする? どうするのが正解?

 いい加減にしていたつもりは全くなかったのに、なおざりな対応をしていたのは間違いなくて。

 私自身がはっきりしてなくて、場の空気に流されて判断しているからよくないんだ。

『どうかなされましたか? 早く乗っていただけないと出発できないのですが』

 車中から救急隊員の一人が咎める様に声をかけてくるも、私はまだ判断ができずにいた。

 頭の中で様々な思いがぐるぐると掻き乱れる様に渦巻いているから、整理が追いついていない。

 なのに刻一刻と状況は変化を遂げていく。私の意志とは関係無しに。

『構わず行ってください。残る事にしたので』

 私が答えを出すよりも早く、薫が勝手に返事をしてしまった。

 また、自分の意志でなくて誰かの考えに流されたままでいいの?

『いいんですね?』

 救急隊員の射るような視線を浴びながらも、私は改めて答えを出す事にした。

 今の私がするべき事を。誰といるべきなのかを天秤にかけて。

『私が行った所でできる事はありません。お母さんをどうかよろしくお願いします』

 自分の意志で決めたんだ。

 助けを求めているかもしれない円を探さないと。

 私が行かなくたって、お母さんならこの人たちに任せておけばなんとかなるだろうし。


 動き始めようとする緊急車両の後ろ姿を眺めていたら、先ほどまで開いていたリアハッチが閉じられた事により、ドア部に軍の所有物を示す甲のマークが入っている事に気がついた。

『え? なんで??』

 驚きのあまり甲高い声が出てしまった。

 私の思いも他所に、徐々にスピードをあげて遠ざかっていく緊急車両。

『どういうこと?』

 薫の方を見遣ると、何かを否定する様に頭を左右に小さく振るだけだった。

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