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虚無への黙祷(R)  作者: 芝田 弦也
17/27

16曲

 昨日のあらましを掻い摘んで伝え終えたら、円は体調不良もあってか更に青ざめてしまい、口数が少なくなって黙ってしまった。

『唐突過ぎるよねこの話もさ。私もいまいち信じきれてないっていうかさ』

『う、うん。そうだよね』

『でも現に色々と経験しているから、無下には出来ないと思うんだ』

『ほんとだね……』

『これからどうなっちゃうのかな』

『考えたくもないけど……』

 二言三言と会話を重ねていく内に、円の表情に陰がさして一段と暗い面影になっているように見える。

 平静を装っているようだけど、私の目は節穴じゃないから分かる。伊達に何年と一緒に過ごしてきてないからね。分かってしまうから、無理している姿が心苦しくて痛ましい。

『ねぇ。今から昨日の所に一緒に行かない?』

『え? 今日はもう無理しないほうがいいよ』

『お願い。私は大丈夫だから、ね?』

『円。体調がよくなってからにしよ?』

『だめ。それじゃ遅いかもしれないから』

『遅い? どういうこと』

『ここ最近、急に体の調子が悪いんだ』

『だからこそ休まないと』

『違うよ! その菌とかが悪さしているんだ!』

『分かんないじゃんそんなの。帰って休もう?』

 円の手を掴んで離さないようにしたけど、おもむろに振りほどかれてしまった。

『ばか! 私は行くんだ』

 捨て台詞を吐いて、家路とは違う方向に向かって駆け出していく円。

 一瞬の出来事に虚を突かれて、走り出すのが遅れてしまった。

 やっとの思いで変な輩から逃げ果せたと言うのに、今度は友達を追いかける為に走る事になるとは夢にも思わなかった。足の筋肉が限界を知らせるように痛みを伴う悲鳴を上げ続けているけど、あともう少しだけ粘って。奇行とも思える行動を止められるのは私だけだから。

『円ッ! 待ってよ!』

 具合が悪い癖に全力で疾走できるくらいの体力があるのなら、無理して今日行かなくてもいいじゃん。


 走りながら大声を出していたら、息継ぎのリズムが乱れて肺が苦しくなってしまい走るペースが落ちてしまった。円は返事を寄越す事もなく走り続けているから差が広がっていくばかり。

 交差点に差し掛かろうとした時、つい先ほど遭遇したばかりの見覚えのある迷彩柄の装甲車が前方からやってきたのが見えた。

 円は知ってから知らずか意にも介さず、横断歩道を走り抜けて装甲車とすれ違ってそのまま突っ切って行く。

『うそでしょ』

 目を見張る程の大胆さに驚いたけど、今は自分の身を守る事に徹しないと。

 左手側に立ち並ぶ民家の敷地に入り込み、家を覆うように建てられている塀に身を隠して、装甲車が何事もなく通り過ぎていくのを待っていた。

 物陰から様子を窺うと、車体にあったはずのアンテナは無く、悪趣味なマークすら見当たらなかった。代わりに側面には軍の紋章を表す”甲”の文字が書き込まれていた。

 紛らわしいくらいに似たような車があるとは思わなかった。

 少し拍子抜けしたけど、そのお陰で恐怖心が幾分か和らいでいる。

 通り過ぎたのを見届けてから、素知らぬ家の敷地から抜け出した。

 目的地に向かいながら円に電話をかけてみても一向に繋がらない。

 メッセージを送ってみたけど返ってくるかな?

 既に円の姿は見えなくなってしまったけど、私もあの隠れ家的な場所に行けば会えるだろう。

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