14曲
『君達、もう大丈夫だよ』
リーダーらしき立ち位置の黄色い防護服を着込んだ人が、朝の挨拶と言わんばかりに気さくに声をかけてきたけど、突然の成り行きに掛ける言葉を失っていた私たちは、ただ頷くだけ。
『何があったのか、詳しく教えてくれないかな?』
人好きの人がしそうな破顔一笑した表情で優しそうな声音で訊いてくる。顔もしっかりと防護されてはいるが、英一のマスクみたく視認性を確保する為か、前面部分の一部は透明な素材だから見ることができた。何も言わないままでいたら、口元だけがワザとらしく吊りあがって、目元は黒目が小さい三白眼が見開かれて怖さを演出するのに一役買っていた。
『分かりません』
目を合わせない様に視線を外して答えた。
『そっかぁ。今みたいなのは初めてみる?』
『……はい』
言葉の節々に威圧を覚えまともにやりあってはいけないと虫の知らせを感じたから、咄嗟に嘘をついてしまったけど、これでいいだろう。
ふと雑木林の方を見ると、入り口付近の木々が先ほどの火炎放射で燃え盛っており、ぱちぱちと火の爆ぜる音までもが聴こえてくる。
私たちの相手をするよりも先に、二次被害を食い止める作業に取りかかる方が先なのでは?
『あの……後ろの火』
『ぁぁ。あんなのどうとでもなるから大丈夫』
この人達は、本当にこの後の処理をする気はあるのだろうか?
火炎放射器を持った二人は何をするでもなく、黄色い防護服を着た三白眼の後ろに直立不動で突っ立ているだけ。その間も木々に燃え移った炎が強さを増して大きくなっていくじゃないか。
私の想いなんか露知らず、三白眼は私たちの身体を舐め回す様に不躾な視線を注いできて気持ち悪い。
『潮高なんだね君達。何て名前なの?』
以前食堂で耳にした言葉、人攫いの単語が頭をよぎった。
英一の、研究の為に連れて行かれていると言う言葉も。
『名乗るほどでもありませんので』
短く言い切って、円の手を掴んでその場から離れようと歩みだした。
『不信に思われてる? 怪我はしてなさそうだけど、もしもの事があったら大変だから送っていくよ』
『いえ、結構です。いこ円』
『ガキの癖に生意気だねぇ。ご忠告を無下にも断るとは』
三白眼はただでさえ白眼の割合が多いのに、さらに目を剥き出しにして怒りを露わにしている。
顎で私たちの方を向けたのを合図に、後ろで突っ立っていた二人が歩みだしたから、後ろ振り返って三人に背を向ける形で走り出した。
『腕いたいよ! もっと優しく引っ張ってよ』
円の泣き言なんか聞いている場合なんかじゃない。
後ろの様子を確認すると、案の定火炎放射器を持った二人も駆け出して私たちに追いすがろうとしているじゃないか。
『円! 喚いている場合じゃないって! 走って!』
円の手を絶対に離さないと決めて、土埃を起こす地面を何度も蹴っては駆け出した。
時たま後ろを確認すれば、徐々に差が開いていくのが見て取れる。
相手はごわごわとした防護服を着込んで、重そうな火器を携えているのだから思う様に走れないのだろう。
その更に後ろで三白眼が何かを喚き散らしているようで雄叫びが聞こえるけど、走っているせいで何を言っているのか聞き取れない。
『胸が、苦しいよ』
円は空いた手で胸の辺りに手を添えて俯き、荒い息を吐き出しながら苦しそうにしている。
『おねがい! もう少しだけ頑張って』
自分自身を鼓舞する意味も含めて言い放った。
昨日の尾行のせいで、足の疲れがピークに達しているけど、命の危険を感じている今は我慢するしかない。
ちらっと後方を確認すると、火器を持った防護服の一人が銃口をこちらに向けていた。
まさかと思う前に、波打つ炎の群れが空中を掻き切って猛然と迫ってきた。
理解できない状況に言葉を失い、思考と足までもが止まりかけそうになったのをなんとか振り切って無我夢中で走り続けた。
相手との距離を保てていたおかげで、炎を浴びる大惨事にならずに済んだのは幸いだった。
一歩でも遅かったら、あの四足生物みたく確実に私たちは炎に飲まれてこの世から消えていたのは隠しようもない事実だ。




