13曲
『昨日は靴持ってきてくれてありがとう』
『できた人でしょ? 私って』
あくる日、手入れされなくなって伸び放題の草花が生い茂っている通学路を歩きながら円と話しこんでいた。
『あのさ。あの後、どうなっ』
円は途中まで言いかけた所で乾いた咳をし、少し苦しそうな表情を見せた。
『風邪ひいた?』
『んーかも。ここ最近調子悪くてさ』
『無理しない方がいいよ?』
『このくらい、なんともないからっ』
元気さをアピールする為か、右手を空に向かって突き上げて小さくジャンプしてみせた円。
着地する際に少しよろけてしまって、軽く尻餅をついてしまって小さな悲鳴を出している。
『大丈夫じゃなさそうじゃん!』
『んー。ちょっと立ちくらみ程度だよー』
円の正面にしゃがみ込んで、同じ目線に合わせて手を差しのばした。
『今日くらい休んだら? 送ってくよ』
『ううん。本当に大丈、夫……だ、よ』
柔かな微笑を浮かべていたのが、言葉尻に合わせて表情が硬くなっていく。
細く弧を描いていた目元が突然見開かれて、私の後ろの方に焦点を当てている。
円が何も言わずに居るから、私は恐る恐る後ろを振り返った。
雑木林の向こう側から四足歩行で近づいてくる動物らしき何かがいた。
頭が有ったと思われる所が腐れ落ちてるのか首の根が抉り取られており、本来あるはずの頭部が見当たらない。代わりに剥き出しになった欠損部分から白い棒状の物が枝分かれしながら無数に生えている。身体の方も皮膚がただれて赤黒い血痕の後があり痛々しい。よく観察してみると細長い白い糸状の筋が全体を這っていて、大小様々なキノコが存在を主張するかのように生えているのが気持ち悪い。おまけに鼻腔にこびりつくような腐敗臭が酷すぎた。
『なに、あれ?』
円と私は、得体の知れない生物にしばし釘付けになっていた。
前に似た様な経験をした事を思い出したけど、あの時は口の悪い薫が助けてくれたんだっけ。
今は居ない。一回経験している分、私がしっかりしなくちゃダメだ。
『円、立てる?』
『足が竦んで、立てないよ』
まるであの時の再来と言うべきか、円は口を震わせ身体を動かせないままでいる。
取り敢えず自分のバッグの中を探り、握るのに丁度良さそうなペットボドルのジュースを取り出した。
おもむろに振りかぶって、四足生物に目掛けて投げつけてやった。
首根から伸びている角みたいな棒状の部分にペットボトルが挟まり、その衝撃で白い小さな粉が体全体から吹き出てきて空気中に舞い散り散乱し始めた。状況的には物凄く不気味なのにあまりにも眩く光るから一瞬魅入ってしまった。
やっぱり物を投げつけるだけじゃ全くもって意味が無いかぁ……。
『な、なんか! 出てるよ!』
仰け反りながら叫んでいる円の両脇に手を入れて身体を持ち上げようとしたけど、あまりにも重すぎた。
『重いー』
つい口から出てしまったとはいえ、こんな非常時なんだから眉間に皺を寄せて頬を膨らませなくてもいいのに。
そんなあざとらしい表情を作っている余裕があるのなら、足腰に力を注いで欲しいもんだよ。
『重くないもん』
願いが届いたのか、ゆっくりと立ち上がってくれた円。
そのタイミングに合わせたかのように、荷台に大きなアンテナを載せた迷彩柄の装甲車がけたたましい音を立てながら近づいてきてたようで、気がついた時には私達の側で停車していた。
『今度はなに?』
逃げることを忘れて、この車がなんなのか興味本位で眺めてみた。
小さな窓は真っ黒いスモークが掛かって中の様子が分からなくしてあり、ボンネットには見開かれた眼が一つだけ描かれた物が象徴であるかのように主張している。
思考を巡らせるよりも早く公営の警報音がけたたましく鳴り響き、飛翔体の飛来をアナウンスしはじめたのと同時に装甲車のドアの開いて、全身を黒色の分厚い防護服で身を包んだ2人が長身の銃を担いだまま降りてきては辺りの様子を伺うように見回している。
背中を覆うサイズのボンベを2つと、その上部にも小さいのが1つ括り付けられて1セットみたいな器具を背負っている。2つのボンベは口元まで蛇腹みたいな管で繋がっており、酸素でも送っているのかな? 小さい方のボンベは遊びをもたせて伸びた管が銃まで繋がっており、火器類の弾薬かなんかなんだろうと思わせた。
防護服の二人は私達には気にもとめず、ゆっくりと近づいてきている四足生物の前に立ちはだかった。
突然湧いて出てきたこの人たちは一体なんなんだろう? どうして次から次へと変なことばかり起きて巻き込まれるのかなぁ。
『殺れ』
もやもやを吹き飛ばした短い号令。声が聞こえた方を見ると、先ほどの二人と比較すると薄めに見える黄色い防護服で全身を包んだ人が装甲車から降り立って合図を出している所。
掛け声とともに、二人が持っていた銃口からは大きな真紅の炎が意思をもった生き物の様にうねりながら這い出てきて、四足生物をたちまちに飲み込んでいく。息つく暇もないほど、瞬く間に黒炭となり跡形もなく消えていった。




