3-7 とある医師の記録 前
労苦は多いが得るものもまた多い、それは賃金であり、社会的立場であり、名声であり・・・国立大学医学部付属病院の勤務医は賃金という点ではそこまで恵まれてはいないものの、最先端をいく花形だ。
僕もまた、研究を主とするよりも実際にメスを握るのが格好良く感じ、かつては勉学に勤しんでいた。研修医としても、実のところ配属先は成績が重視される。人気がある分野はもちろん競争も激しかった。勿論人並み以上に努力したそれを、後悔する日が来ようとは思ってはいなかった。それは僕が余りにも無力であり、内心少し見下していた研究職こそが今の状況を一番改善できる可能性を持っていたからだ。
元々この都心の大学病院で働いており、整形外科のようやく中堅とされる年齢となっていた。残念ながら自分でも奥手なことはわかっていて彼女がいないのが人生と同じ長さだったことが悩みの種だったけれども。
器質性意識水準低下症候群、いわゆるアリゾナ病が報告された時も、勿論普通の人よりも多くの興味は寄せてはいたけれどもまた新しい感染症であって、内科あたりの仕事が増えるだろうなという思いと、衛生にはより気を付けようと改めて決意した程度だった。しかし裏腹にアリゾナ病の蔓延に伴い、暴れる感染者によって傷つけられた人、そして鎮圧のために傷を負った感染者の搬入が日に日に増加してきていた。救急科の医師からの応援要請もあって、普段でも忙しい業務がさらに増えつつあった。
『アリゾナ病』の患者を始めて見た時、正直な感想は、「なんだこれ」だった。全身を拘束されつつも血走った目で自分の手足を傷つけながらも抜け出そうと暴れる存在、息を荒げながら歯を食いしばり・・・ギリッとした音と共に患者が血を口からまき散らした。どうやら噛み締めすぎた歯が砕けた音のようだった。おぞましさを感じながらも仕方なく鎮静剤を打ち込んで傷の手当てをする、無理に暴れたためか指が青黒く腫れていた、完全に折れている。とはいえ拘束を緩めることも難しいらしい、暴れる患者に指を噛み千切られた同僚がいると聞いた。その指は患者が飲み込んでしまったため、病院でありながらも再接着は諦め断端形成をせざるを得ない状況だったらしい。
病院に患者が運ばれてくるということは、院内感染のリスクもまた上昇する。どれだけ気を付けていても、それはどうしようもない事だった。次第に病院で働く職員にも感染者は増えていく、顔も知りも同期の仲間も、正気を失い檻の中に入った。僕は不甲斐なさに臍を噛みつつも次々と送られてくる患者の治療を防護服に身を包みつつ行うしかなかった。この頃になると、治安が悪化したせいか非感染者同士の抗争で運ばれてくる患者も増えてきていた。
家に帰れずに、病院の一室で寝る生活が続いていた。この頃になると普通の怪我に加え、平時には流行することのない様々な感染症も増えてきた、多くは公衆衛生が急速に悪化しているのが原因であるようだった。内科医の真似事も増えて、下痢や発熱を訴える患者に抗生物質を手早く処方してしまうことも増えてきていた、一人一人の患者にそう長い時間は掛けていられないほどに病院の人材不足は深刻だった。
最早、遠くないうちに病院も機能不全に陥ると、どこかあきらめの境地になったとき、国から残っている職員に対して異動命令が出た。どうにも、新しい病院を用意していて地方からも医師を呼び込んで効率的かつ衛生的な医療拠点を作るらしい。確かに、今の病院では防護服を脱いだ途端に何の病気にかかるか分かったものではないくらいに病院は薄汚く、血痕の清掃でさえ追い付いていなかった。ここは丸々感染者用の収容所として活用し、アリゾナ病以外の患者をとりあえず優先的に見れる施設を作ったようだった。
・・・僕が国が地方都市を見捨てるという放送を流したのを知ったのは、それからしばらく後の事だった。




