3-8 とある医師の記録 後
風邪の特効薬を作ればノーベル賞を受賞するだろう。
土台無理な話ではある。細菌か真菌かウイルスか、原因が多すぎて特定できないのが風邪だ、療養していれば勝手に治るのでわざわざ調べるのも手間と時間がかかるのでとりあえず抗菌剤や抗生物質を処方する医者も多い・・・僕の意見としては反対だ、ウイルスには効果も無く濫用は耐性菌リスクを増やすので良くはない。しかし仕方がないことだと理解しているし、僕もそのように処方することもある。患者も何か処方された方が納得するという面ももちろんあるけれども。
だが、その風邪というものが今では非常に厄介だ。
この都市には多くの住民が避難してきている、体調を崩す人も多い。医者も多少は集められていたけれども毎日が多忙で相変わらず内科医か外科医かわからない毎日を送っている。その中でもやはり、『アリゾナ病』の患者もひっきりなしに発生していた。
『アリゾナ病』の初期症状は発症した人間は、発熱を伴うめまい、ふらつき、体のだるさ等の風邪に似た症状を呈するが頭痛や喉、関節の痛みは無いとされている。僕たちはこのような患者の中から、アリゾナ病では無い人間を診断しなければならない。今のところ『アリゾナ病』を診断できる検査法は確立されていない、ただし他の病気に関しては昔から多くの知見があるためある程度の区別ができるものもある、早々に確定診断ができるようになればと思う。この初期症状が余りに軽微な感染者も多く、自覚症状も無いこともあり全市民の定期的なチェックは感染拡大を防ぐうえで必要だ。
体調不良の患者は自分から来院するだけではなく、警備隊によって連れてこられることが多い。防疫体制を整えたエントランスでバイタルサインを確認し、怪しい患者は体をストレッチャーに拘束されたうえで診察室へと運ばれ、明らかにアリゾナ病では無い患者は自らの足で診察室へと向かう。ただ、発熱していた場合は概ね念のために拘束されるし、噛まれていたり引っかかれた傷口がある場合には発熱は無くとも同様の扱いにしている。万一にも病院で暴れられて貴重な設備が破損したり、汚染されたりするのは防ぎたいからだ。
アリゾナ病ではないと判断された患者は拘束は無いものの施錠された病室に入れられて一週間程度経過を観察する。アリゾナ病は発熱を認めてから5日以内に発症する確率がほぼ100%であり、期間を過ぎれば別の病気として扱われる。
・・・そして、アリゾナ病と診断された患者に施されるのは、バルビツール酸系の鎮静催眠薬の注射。いわゆる安楽死だ。
いや、安楽死と僕たちが言っているだけで所謂法的な案件は何も満たしていない。治療の方法は今のところないものの患者の寿命が近いわけでもないし、本人が死を望んでいるわけでもない。痛みも発症すればかなり鈍くなるようだし・・・ああ、ただそう呼んで罪悪感を減らしたいだけだ。発症直前の特徴的な脳波の変化や意識レベルの低下により、発症して暴れまわる前に処置を行うことが可能にはなっていた。
当然、この責務に耐え切れない医師も多く精神を病んでしまった仲間も多い。ただ、これも医療行為なので医師がその重荷を背負ってもやらなければならないことだろうと自分に言い聞かせている。現在のキャパシティと感染拡大のリスクを極力抑えるには理性的に考えこの方法は正しい。そう、正しいはずだ。
昨日のことを思い出すと、手がまだ震える。4日前に運ばれてきた患者は、まだ幼い女の子だった。首筋を噛まれたようで、無理やり引きちぎられた皮膚と肉が生々しかった。大きな血管の損傷は無かったもののえぐられたような傷になっており、止血後に組織を整形して医療用フィルムを貼って固定する。ショックのせいか最初から意識を失っており、その点ではおとなしくて助かった。ただの怪我であれば、痕は残っても命には別状は無いのに。
アリゾナ病の感染者が暴れることにより怪我を負ってしまう患者は毎日のように来ていた。それらの患者が全員感染して発症するわけではなく、余程感染者としっかり接触しない限りはただの怪我で済むことの方が多い。今回みたいに噛まれたり、引っ掻かれてもリスクは上がるものの感染は絶対ではない・・・僕にできることは、情けないながら祈ることだけだった。
けれども、女の子はその後発熱、怪我による一過性の可能性もあって観察していたけれど、特徴的な脳波と軽度な意識の混濁が見られた。この状態になるともう1時間程度で発症してしまう。僕は担当の医師として呼ばれ、注射をし、防護服越しに手を合わせた。彼女の体は解剖されたのち、荼毘に付されることになる。ただ、感染のリスクを減らすために当時持っていたものを含め極めて高い温度で燃焼させることになり、骨も原形をとどめないだろう。
感染者と判明した患者の部屋は消耗品は感染性廃棄物のバケツに詰められて、部屋は薬剤やUVによって隅々まで滅菌が行われる。僕たちの住んでいるところでもこのような対策で、一般市民よりは発症する感染者の数は大分少なかったので防疫体制は大きな効果があるのだろう。でも、それでも少ないながら感染する同僚も後を絶たない。いずれ僕も薬剤で眠りにつく日が来るのだろうか。
久々に自室に帰ってきたせいか、余計なことばかり考えてしまう。明日も早くから仕事だ、休みもほぼ無く、いつまで続くのだろうか。やれることをやるのだ、かつての指導医のその言葉を思い出し、布団をかぶった。




