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シンデレラの物語 (上)

 

1、

 これは『灰かぶり』と呼ばれた少女の物語である。



2、

 長老、と呼ばれた老爺がいた。

 城下町の片隅にある人気の酒場、その裏手にある路地の奥、どこか不気味な小屋の中には地下室への階段がある。


 空気の流れがあるのだろう。壁の四隅に燭台の炎がちらつくなか、黒塗りの、目の部分だけが穴の開いた、無貌の仮面をかぶった黒衣の者が三人いた。


 一人は長身。一人は矮躯。もう一人はおそらく女性。


 立ったまま言葉を待つ三人の視線を一身に受けて、ひとりだけ椅子に座り、そして仮面を付けていない長老は、重々しく口を開いた。


「分かっているな」

「はい」


 長身の男が頷く。すでに計画は最終段階にあった。この国を奪うための恐るべき計画だった。そのための準備に長年かかった。だが、その苦労ももうすぐ終わる。これでようやく本国に帰れる。その喜びを抑え込んだ。


 どんな国にも愛国心の無いものはいるものだし、犯罪に手を染めることに躊躇しないものもいる。協力者を得るだけなら難しくなかった。しかし、彼らの意志に、計画にそぐうだけの才能を兼ね備えた人材を見つけることは困難を極めた。


「……ようやくだ。ようやく、ここまで来た」


 万感の思いがこめられた老人のつぶやきに、三人は首肯だけで応えた。同じ気持ちだったからだ。他国の人間が入り込み、周囲の住民に溶け込むまでに何年かかったか。他者に露見してはならない。しかし任務は絶対に成功させなければならない。この国の者に知られてしまえば三人と老爺の身の破滅だ。いや、それにとどまるだけではなく、本国にいる家族にまで責が及びかねない。


 あと少しだけなのだ。あと少しで、すべてが終わるのだ。

 だからこそ油断してはならない。老人は三人の静かなうなずきに、再度告げた。


「一応、確認しておこう。来月開催される舞踏会。そこに標的が現れる」

「……王子」


 長身の男が三人を代表して答える。


「そうだ。王位の第一継承者にして、稀代の天才。あの男さえいなければ、我が国はとうにこの国を奪い取っているはずだった。だが、暗殺はことごとく失敗した。理由は分かっているな?」


「はい。あの男は極めて用心深く、今になるまでパーティーへの参加をほとんどしませんでした。国民への顔見せですらわずか一瞬。本国から送られた暗殺者は傷一つ負わせることさえできずに逃亡。そして捕縛され、すでに三度失敗しています」


 老人は表情を変えず、嘆息した。

 今まで何度となく語り交わし、この任務がどれほど困難かを再確認してきたのと同じに。


「方法を変更し、ようやく侍女として王城に入り込んだ仲間も――一夜にして偽装を見破られ、即日処刑された。……あの王子は他国の人間をかぎ分けることができるらしい。あるいは害意が把握できるのか。なんにせよ、一般的な手法による暗殺は不可能、というのが我々と本国共通の結論だ」


 黒衣の女が口を挟んだ。


「……色仕掛けは」

「可能だと思うか?」

「……できるなら、あの子がやってます、ね」


 侍女として潜り込んだ彼女は、女の妹のようなものだった。あどけない微笑み。どこにでもいる田舎娘のような純朴さ。だからこそ疑われることはないと考え、城へと送り込み、そして即座に看破され殺されてしまった。悲しいと女は思う。悔しいとも思う。怒りもある。だがそれ以上に、あの王子に対する恐ろしさだけが増してゆく。


 情報を引き出す必要もない、と言わんばかりの即日処刑だ。あの子を殺すことで、その裏に、この国に潜んだネズミたちを脅したのだと、彼女たちは理解している。それくらいのことはやるはずだ。あの王子はそれほどまでに危険な存在で、だからこそ本国は何度となく暗殺者を送り込み、失敗し続けている。


 しばし、静寂が四人を包んだ。薄暗く、火の赤がちらつく地下室で、黒い服を身にまとった四人が誰からともなく息を潜めた。


 かつ、かつ、かつ、と足音が聞こえる。一人分の、少女の足音。


 誰も来ない路地だ。

 だからこそ、四人はここで密談をしている。顔を見合わせた三人とは別に、老人はひとり先に動き、階段を上り、小屋の扉の前に立つ。こんこんと控えめなノック。こほんと咳き込む声。それからもう一度ノック。数秒たつと、老爺がにこやかに扉を開けた。


「おや、どうしたんだい」

「おじいさん。実は、ろうそくが切れてしまって」

「そうかそうか。ああ、寒いから早くお入りなさい」


 柔和な表情を見せた老人は、扉を閉めながら、ちらり、と外を見る。誰もいない。気配もない。それを確かめてから少女を室内に招き入れた。扉が閉まると、目配せだけで下に降りろと命令する。彼女は素直に従ってそのまま階段を下りていく。かつんかつんと冷たそうな木の靴で。


「……こんばんは」

「ああ、こんばんは。早かったね、灰かぶり」


 灰かぶりと呼ばれた少女は、疲れたようにほほえんだ。


「ええ。我が敬愛するお義母さまに買い物を命じられたから。素敵なお義姉様がたにもしばらく帰ってくるなと言いつけられたし」

「男かねえ」

「でしょうね。我が家族ながら、よくもまあああ奔放でいられるものだと尊敬するわ。明日の朝、誰が掃除すると思っているのかしら。シーツならともかく、寝台の近くにこびりついた臭いを取るのは大変なのだけれど」


「あんたの本当の母親と、再婚直後に亡くなった親父さんの遺産はどうなるのかな」

「わたしの手元に残ると思う?」

「思わない。……まあ、だからこそ、我々が目を付けたわけだが」


「魔法使いさんのお眼鏡にかなって良かったわ」

「当日までに、必要なものはこちらで全部用意しよう」


 まるで本当の家族と交わすような明け透けで遠慮のない言葉をぶつけ合いながら、灰かぶりは黒衣の三人と、後ろから降りてきた老人とを見回して、にっこりと笑った。


「それで、魔法使いさん。わたしは何をすればいいの?」

「簡単なことだ。来月開催される舞踏会で、王子の心臓を射止めて欲しい」

「それは……どっちの意味で?」

「もちろん、君が今考えている方だよ」


 話合いの最中もずっと黙っていた矮躯の男がくつくつと笑いながら答えた。

 灰かぶりが母を亡くし、父は再婚し、そして死に、灰かぶりの大切な家に残ったのは継母とその娘たち。


 だいたい父のせいではあるのだが、他人が我が物顔で灰かぶりの家を汚していく。だが追い出すことはできない。結婚は神聖なものだった。たとえ父がとち狂っていたとしても。灰かぶりが得るはずだった父の遺産は継母の管理下に置かれ、灰かぶりには、それを奪い返す手段を持っていなかった。


 堪え忍ぶこと幾年。ある日、灰かぶりの置かれた境遇を知った彼らは、検討に検討を重ねたあげく、話を持ちかけた。


 幸せになる気はないか、と。


 黒衣の女は灰かぶりの美貌に注目した。灰かぶりの容貌は、継母と義姉たちのせいで全身みすぼらしく汚れきっており、疲れから美しさなど見る影もなかった。しかしひとたび着飾り、華やかな笑顔を浮かべさえすれば、この国の誰よりも美しく可愛らしい少女であることを見抜いた。


 矮躯の男は灰かぶりの忍耐強さを賞賛した。憎悪すべき家族。血のつながらない他人に言い様に使われてはいるが、しかし決して安易に死を選ばず、逃げることもしなかったその性格。


 男は尋ねた。なぜ逃げないのかと。灰かぶりは答えた。逃げるとして、どこに、どうやって。自分は世間知らずで、何も知らないことを知っている。あの継母のように父に取り入って、そのまま人生を奪い尽くす手段を知らない。だから、確信の持てるまで。あるいは幸運を得られるまで待っているのだと。


 男は再度尋ねた。なぜあの三人を殺さないのかと。灰かぶりは答えた。絶対に疑われない方法か、疑われてもどうにでもできる権力が手には入ったらすぐさま殺す予定であると。


 雌伏を真に知っている。だからこそ、灰かぶりは素晴らしいと。


 長身の男は灰かぶりの素直さに注目した。話を持ちかけられた灰かぶりは多くを問わず、ただ自分のすべきことを聞いた。自分の限界を知っている。自分の挑むべき困難を理解しようとしている。これほどの人材が小間使いどころか奴隷のように扱われ、やがて飢え死ぬか凍え死ぬかの瀬戸際に立たされるであろうことが痛いほどに理解できた。


 三人の評価を知り、長老は灰かぶりに話を持ちかけた。

 灰かぶりはうなずき、笑顔を輝かせた。まるで、たったひとつの光明を見いだしたかのように。




3、

 灰かぶりの加入、すなわち計画の最終段階に入ってから、半年ほどかかった。

 それを短いと見るか、長いと見るか。長老は短かったと考えた。周囲の人間に話を持ちかけ、王城で舞踏会を開かせるよう働きかけたのだ。


 老人は周囲には好々爺としての顔だけを見せていた。どこにでもいる人の良いおじいさん。蝋燭を売って暮らす、世話好きのおじいさん。


 それが表の顔だった。


 日頃から王子のことを心配している口調で話し、情報を集めてもいた。最初は五人、途中から四人になってしまった彼らのなかで、情報収集と計画立案を担当する、いわばもっとも重責を担う存在である。

 王城とは臣民とは一線を画す場所である。


 本来であれば城で開かれるパーティーなど、市井の人間の言葉によって開催されるはずもない。しかし王子に関しては話が違った。彼に近しい者はみな、彼が結婚をしないことに、そもそも女性を近づけないことに心を痛めていたのだ。


 王子の結婚相手を探すため。少なくとも、出会いのきっかけになればよいとして、王城にいる権力者たちは、市民からの要望にかこつけて、こぞって舞踏会の開催に注力した。


 王子は乗り気ではなかった。近隣諸国から結婚適齢期の美女美少女を呼ぶ案もあったが、それはまずいと王子が制止した。止められないと悟ると、仕方なく計画に噛むことにしたのだ。他所から呼ぶのなら政略結婚を前提とすべきだと。それもそうかと頷く開催者たちだったが、ならば誰を呼ぶべきか。貴族の子女か。それとも大富豪の娘たちか。


 王子はふむ、と少し考えてこう提案した。


「この国に住む者で、十五歳から三十歳までの女性すべてに招待状を送りましょう。もちろん私も参加しますが、その場で結婚相手を探すかどうかについては決して記載しないように。慰労とでも称して、あくまで気楽にお城でパーティーが行われる、くらいの雰囲気にとどめること」


 それはどうしてと尋ねられ、王子は皮肉そうに笑った。


「僕も男です。気張ってこられては、気後れしてしまう。それに、血走った目の女性なんか長く見たいとは思いません」


 これには招待状を送る担当であった部下も苦笑いし、肩をすくめた。だが、突然真顔になる。


「殿下。他国の間者……いえ、暗殺者が入り込む可能性もありますが」

「可能性ではありません。間違いなく、来ます。むしろこの舞踏会の開催そのものが、暗殺の機会を作るためのものでしょう」


 部下は蒼白になった。


「殿下、ならば! 急ぎ中止しましょう!」

「その必要はありません」


 王子は一言で切り捨てた。


「な、なぜですっ!?」

「暗殺者は見れば分かりますから」

「しかし、殿下」


「くどいですね。僕は害意には敏感なんです。それに、ここまで大規模なパーティー。それも話が広まってしまった段階で中止になどできませんよ。許可を出した父――――国王の面子、開催するために駆け回った大貴族の苦労、僕に娘を宛がおうとする貴族たちの執念。話が出た段階で僕に知らされていればやりようはあったんですがね。……僕のため、という言葉に踊らされて、後戻りできなくなってから知らされた。これではもう、中止する方が国に害悪を及ぼします」


 にこやかに王子は笑い、しかしその目は笑っていなかった。


「誰が仕組んだのやら。発端の話は市井から出てきたということですが、これから調べたところで手遅れでしょうし、あまり意味もありません。それよりは暗殺者を素早く捕らえる手はずだけ整えておいてください。騒ぎにならないよう、僕が招待客を見分して指示します」


 舞踏会の準備は刻一刻と進んでいった。

 いくつもの思惑を重ねながら、迫り来るその日のために。




4、

「まさか本当に!?」


 義姉たちが小声で話した内容を聞き終えると、継母は驚きの声を上げた。それからはっとして、近くにいた灰かぶりを見とがめた。


「……あんた、上に行ってなさい。掃除は後でいいわ」


 灰かぶりは膝をついて壁を拭いていたところだったが、手を止めて立ち上がった。汚れた雑巾を片付けようとしたが、そのままでいいと冷たい声で告げた。灰かぶりは逆らわず、屋根裏部屋への階段に向かった。


 灰かぶりの姿が見えなくなったところで、居間のテーブルに座った上の義姉がくすくすと笑う。


「お母様ったら」

「まあ、聞いていたところでどうしようもないはずだけど、一応ね」


 母の言葉に、下の義姉が真剣な表情を見せた。


「あの娘にそんな気力が残っているようには見えないけど」

「見えないだけかもしれないでしょ。わざわざ夢を見させるような真似はしないわ」


 これは内緒話である。知るものが少なければ少ないほど可能性が高くなるたぐいの。そこに灰かぶりを加えるつもりは毛頭無かった。


「それより、本当なんでしょうね。今度の舞踏会が王子様の結婚相手を探すためのものだって」


「ええ。秘密だって話だけど、知ってるひとは多いわ。殿下がこれまで結婚してこなかったのは自由恋愛をしたいためだって噂だし、そんな理由がない限りあたしたちみたいな一般市民を王城に招待するなんてありえないわ」

「……かもしれないわね。うふふ、いい話を聞いたわ。もしその話が単なる噂だったとしても、王城での舞踏会だもの。素敵な貴族様に見初められるかも知れない。わたしも行くわ」


「お母様!?」


「あら、わたしの愛する夫はすでに亡くなってしまったのよ。ひとりでは寂しい身よ。再婚したっておかしくはないでしょう? それに子供が二人もいるのだもの。青き血を残したいやんごとない方々にはちょうど良いのではなくて?」

「……あの、お母様、さすがにお年を考えた方が」


「まだ若いつもりなのだけれど」

「それよりドレスや靴、装飾品はいかがします?」

「話をそらしたわね?」


「……お母様もお姉様もそこまでよ。いま大事なのは王子様や貴族様に気に入られる格好を考えることであって、身内で争うことではないわ」

「そうね。まあパーティードレスは昔あつらえたものがあるし」


「……しばらく運動していないから合わなくなっている可能性もあるわよ?」

「掃除洗濯に食事の支度まで押しつけているものね。多少は動いた方がいいんじゃないかしら」


「あら、夜の運動は頻繁にしているわ」

「舞踏会への参加、恋人たちにどう説明したものかしら」

「上手くいけばそれでよし。失敗したら相手の良さを確かめるためだったとでも言えばいいのよ。男をどうやって動かすかは……教えたでしょう?」

「お母様ったら」

「さて。装飾品は、あのひとがわたしたちのために残してくれたお金を使うことにしましょう」


 くすくすと笑い、三人は近日行われる舞踏会への準備に取りかかった。ドレスに化粧、装飾品の手配に馬車の用意。やるべきことは山ほどある。雑用は灰かぶりにやらせればよい。そのために自分たちの家から追い出さないでやったのだ。


 生かさず殺さず。やり過ぎず甘やかさず。同席をさせずとも、一応食事は採らせている。寒空の下、周囲の同情を買わない程度には家に入れてやる。


 これだけ恵まれていれば十分だ。世の中には、日々の糧すら持たぬ者もいるのだから。血の繋がらない亡夫の娘でも、家事さえしていれば家に住まわせてやる。わたしたちは、なんて優しいのだろう。

 暖かな家のなかで、彼女たちはほほえむ。やがて得る幸福を期待しながら。


 すきま風の入り込む屋根裏部屋で、灰かぶりはひとり嘆息する。


(もうすぐだ……もうすぐ)


 声に出すことはない。呼吸さえも抑え込んで、静かに、ひそやかに、そのときを待つ。継母や義姉たちの行為は陰湿ではあったが、決して苛烈ではなかった。灰かぶりは手を上げられることはあったが、それでも見える場所を打擲されたことはない。


 おそらくは世間体のためであるが、それが彼女たちの行動において、ある程度のくさびとなっていたのは間違いなかった。


 いま灰かぶりが着ているのは薄汚いぼろ布じみた服だ。それを着ることは強要されなかった。ただ他の服を与えられなかっただけだ。古着屋に連れて行かれたことなどないし、使用人のごとく給金を渡されたことも、子供として小遣いを与えられたこともない。だから仕方なくそんな服を使い続けている。


 買い物を命じられたときには必ず釣りを回収された。継母は事細かな計算ができた。だから、ごまかすことは許されなかった。パン屋の店主が見かねて一斤のパンを安くして灰かぶりに差額を渡してくれたこともあったが、たった一度だけだ。


 その後、灰かぶりは亡父の再婚相手に逆らい続けているために教育されているのだ、という話が出回った。継母か義姉のどちらの仕業かは分からない。ただそれ以来、灰かぶりには恩知らずという評判がついて回り、その悪評は灰かぶりの現状への同情を上回り続けた。 


 義姉たちと灰かぶりへの継母の態度の違いもまた、素直な淑女と教育されるべき子との差異であると触れ回られた。

 もとよりこの時代、期待される子には教育や衣服に多額の金銭をかけ、そうでない子供には相応の手間で十分というのが普通の価値観である。跡継ぎの長男と放逐されるべき三男坊の差、とでも言えばわかりやすいだろうか。


 灰かぶりにとっては継母だが、相手にとっては灰かぶりは前妻の子である。そんな邪魔くさい存在を家から放り出さないでいるだけでも、あの継母は評価されているらしかった。

 ただ、灰かぶりが得るべき亡父の遺産が横取りされていることだけは近所の者は知らなかった。あるいは知っていて見て見ぬふりをされたのかもしれない。


 灰かぶりに味方はいなかった。もっと上手く立ち回れていれば。再婚そのものを破談にできていれば。そう考えることもあったが、十歳にも満たなかった当時の灰かぶりに何ができただろう。灰かぶりは幼いうちに母を亡くした。

 父だけが灰かぶりの家族だった。

 その父が幸せそうな顔をして再婚をすると決めたことが、その相手に連れ子がいたことが、父が幸せになりたいと願ったことが、そんなに悪いことだったのだろうか。


 灰かぶりは嘆息した。何もかもままならない人生と、階下で楽しげに話し合う親子たち。ひとり暗い感情をもてあましながら、吹き抜ける小さく細い北風に凍え、シーツに丸まり、ベッドと呼ぶのもおこがましい雑な作りの寝台にしがみつきながら、もうすぐ来る運命の日を待ちわびた。


 幸せになりたかった。


 そのためにどうすれば良いのか、ずっと考えていた。こんな生活が続くことは嫌だった。絶対に抜け出してみせると決めていた。そしてある日、魔法使いに出逢った。


 わたしは灰かぶり。


 灰をかぶるもの。

 暖炉のなか、灰の下の薪のように、熾火のごとく輝くもの。

 すべてを手に入れるのだ、と、灰かぶりは目をつむり、その闇の中に誓った。


 夜半過ぎまで鋭く身を切るような風は、この狭い屋根裏部屋を冷やし続けた。そして灰かぶりは己の胸の奥に燃えさかる炎を感じ続けた。



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