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  作者: 紀ノ川
第1部 孫を預かる男
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おしまい TYPE-D

 男の孫は車でした。

 それはマツダのユーノス・ロードスターというコンパクトなスポーツカーでした。


 男と車は毎朝同じ時間に目を覚ましました。

 男と車は朝のラジオ体操をしました。

 男と車は朝ご飯を食べました。

 男と車は図書館で本を読みました。

 車は数学の本を読みました。

 男と車は3時のおやつに饅頭を食べました。

 男と車は風呂に入りました。

 車は男の背中を流してあげました。

 男は風呂上りのビールを飲みました。

 車は風呂上りの牛乳を飲みました。

 男と車はテレビでニュース番組を見ました。

 男と車は布団を並べて寝ました。


 男と車の日々が過ぎて行きました。


 そんなある日、男は庭でぼんやりと煙草を吸っていました。

 テレビでは臨時ニュースが流れていました。

 日本国がXYZ国に宣戦布告したのです。

 また戦争がはじまろうとしていました。

 車は男が煙草を吸う姿をはじめて見ました。

 男は若い頃は煙草を吸っていたのですが、ある事件を境に煙草をやめたのでした。


 車がどうかしたのかと声をかけると、男はひどく驚きながら我に返りました。そしてしばらくもじもじしていましたが、突然、車を運転したいと言い出しました。

 車は「ご存知だとは思いますが、一度運転したら、二度と戻って来れませんよ。それでも構いませんか?」と言いました。

 男はしばらく考え込んでいましたが、図書館からヘルマン・ヘッセの「車輪の下」を持ち出すと、車の助手席に杖と一緒に放り込みました。


 男はハンドブレーキが引かれているのとシフトノブがニュートラルの位置にあるのを確認しました。

 男は左足でクラッチを、右足でブレーキを踏み込み、エンジンキーを回しました。


 男は若い頃、クルマで事故を起こした事がありました。

 男の双子の姉が病院で出産するというので、男は父と母をクルマに乗せて病院に向いました。

 父と母が気を揉んで、男を急かしたので、男は慌ててクルマのスピードを出し過ぎてしまいました。

 男が運転するクルマはカーブを曲がりきれずに電柱に激突してしまいました。

 クルマは大破しましたが、男は奇跡的に無傷で助かりました。けれども父と母は死んでしまいました。


 男はサイドブレーキを解除するとシフトノブをローに入れ、右足をブレーキからアクセルに踏み変え、左足でクラッチを開放しながらアクセルを踏み込みました。

 車が前へと進み出しました。


 男の双子の姉は男に向って「人殺し!」と叫びました。

 男の双子の姉は男を一生許しませんでした。

 男はクルマの運転をやめました。


 男が右足でアクセルを更に踏み込んでエンジンの回転数を上げると、エンジンの音が心地良く響きました。男は左足でクラッチを踏み込むと、シフトノブをセカンドに入れました。車は一気に走り出しました。

 男がカーラジオのスイッチをひねるとブルース・スプリングスティーンのロックン・ロールが大音量で流れてきました。


 その後、男と車の姿を見た者はいませんでした。

 風の噂では、

 男はアメリカ大陸を車で縦横断している。

 男はヨーロッパの速度無制限道路を車でぶっ飛ばしている。

 男は三重県の鈴鹿サーキットでケチャップとマスタードをたっぷりかけたホットドックを食べている。

 など色々ありました。

 けれどもどれが本当かは誰にもわかりませんでした。


 男は息子に手紙を残していました。

 息子は男の図書館でその手紙を読むと、大きな溜息をつきました。

 それから町で一番大きな車屋さんへ出掛けると新しい車を買いました。

 それはトヨタのランドクルーザーという巨大な四輪駆動車でした。


(TYPE-D おしまい 最終更新日22年06月22日)

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