27
衝撃を受けている私に、兄が簡潔に教えてくれた。
「つまりだな。第9の試練の通過条件は、聖人候補が聖獣に言葉と共にシュアの花を差し出し、聖獣が言葉と共に花を返すことだ。どんな流れだったのかは知らないし、あまり聞きたくもないから言わなくていいが、あの光が上がった時に条件を満たしたんだろう?」
確かに兄の言うとおり、ミューちゃんにシュアの花を「待ってて」と言って預け、「返して」と言ったらミューちゃんが頷きとともに返してくれた。
お互いに物凄く事務的な言動だったけれど、内容を問わないのであれば、条件を満たしたと言えないこともない。
兄の表情を見る限り、おそらく本来はもう少し神聖な光景っぽい感じになるのだろう。だがまあ、仕方ない。思ったのと違う感じになることも生きていれば多々あると、どこかの誰かも言ってたし。
まあいいか、と気持ちを切り替えた私は「満たしたみたいだね」と首を縦に振る。
「でもそっか。あの光って、そういう光だったんだね」
「そうだ。あの光が飛んでいったことで、今頃、神殿にも通過の旨が伝わっているはずだ」
ふうん、と大して興味のなかった疑問を解消できたところで、ふと、あれ?と思う。
「何だか、私が通過したことにあんまり驚いてないね?」
「驚こうがどうしようが、通過した事実はどうせ変わらないからな。それに、きっとアミュリエット様なりのお考えがあるのだろう」
「んー…それにしては、ミューちゃん、光った後に『あ』って言ってたような」
「…………へえ?」
何だろう。急に背筋がぞわっとした。
自分に向けられたものではないと本能的に理解しつつ、けれど危険を察知したことで体内に注意報が鳴り響く。逃走開始の合図をいつでも出せるように、私の中にある幻の危機管理器官が準備運動を始めた。
「何か、お考えがあったのですよね?」
「う、うぅむ、まあ、ええと……その、」
かつてないほどミューちゃんが言い淀む。
その様子を見て、ニナが無言で3歩後ろに下がった。あ、ずるい。先を越された!
「……我を見つけた褒美だ!」
「なるほど。では、見つけた者全てを通過させるおつもりですか?」
「いやそれは……。でもあの、我、ぬいぐるみだし!」
「だから見つけられたことが凄いと?では当然、ローラが自分で見つけたのですよね?」
問いかけながら、兄が私を見る。
私は3秒間思考を回した後、無言で両手を上げた。
ごめんミューちゃん、私が口を滑らせたのがきっかけだし、弁明できないか一応考えたけど、私に兄を納得させるほどの援護は無理だった。
「見つけたのですか?」
兄がぬいぐるみたちに再び問う。
心なしか、ぬいぐるみたちが皆プルプルと震えている気がする。しばらくの間、兄の妙に美しい笑みに耐えていたけれど、とうとう脱落者が出てしまう。
「僕が呼びかけました……」
「この裏切り者ぉ!」
ピーくんが降参し、ミューちゃんの絶叫が響き渡った。
恐る恐る見上げるミューちゃんに、「そうですか」と微笑む兄。
一度ビクッと体を揺らした後、ミューちゃんは「にゃあん」と可愛い声で鳴いて誤魔化そうとしていた。自分は虎ではないと以前主張していたが、もはや虎を飛び越えて猫になりきろうとしている。捨て身の誤魔化しとはこのことであった。
だが、非常に残念なことに、我が兄には通用しなかったようである。一切変化しない表情と態度が、ぬいぐるみ一同を着々と追い詰めていく。
「何か申し開きはございますか」
「ありませんです」
「何かおっしゃりたいことは?」
「ごめんなさいでした」
ぺこぺこと頭を下げるぬいぐるみたちに、ふむ、と満足気に頷いた後、兄は言った。
「まあ、誰を選んでもアミュリエット様の自由なのですが」
じゃあなぜ責めてきた?と、おそらくこの場にいる全員が思ったが、実際にそれを口にできる猛者は一人もいなかった。
兄の雰囲気が通常に戻ったのを察して、ニナが元の位置に戻ってくる。
「それで、聖獣さまはなぜそのお姿になったのでしょう?」
ニナの問いに、ぬいぐるみたちは顔を見合わせる。なんか可愛いな。
無言の話し合いの末、発言者として選ばれたのはリューくんのようだ。一歩分前に出て、口を開く。
「原因は詳しく話せば長くなるが……」
「あ、とりあえず短くていいです」
詳細はまた後で他の神官たちと聞くので、と兄が即座に断りを入れる。
詳細に話すつもりだったらしいリューくんが、そうか、と少し残念そうな声を出したけれど、仕切り直すように一度頷いてから、
「混沌の神が酒に酔って我々の姿をぬいぐるみにしたのだ……」
まさかの内容に沈黙が訪れる。
……え、いや、そんな。
「内容うっす」
思わず突っ込んでしまった。
こら、と咎めるような視線を向けられたが、だって仕方ないだろう。2人だってそう思ったはずである。その証拠に、注意はしても否定はしない。
「でも、姿を変えられるなら戻すこともできるんじゃないの?」
「元の状態に正すのは、混沌ではなく秩序の神の領分だから」
「へえ。じゃあ、秩序の神にお願いしたらいいんじゃない?」
「そうだが、秩序の神は今、育休中で……」
「なるほど?」
なんと、神にも育休という概念があるらしい。初耳である。まあでも、神だって福利厚生は大事にしたいと言われれば、それもそうかと思う。
何やら先ほどからメモをとる音が2人分聞こえているけれど、神官は大変だなあと思う。きっと、神についての新情報として報告するのだろう。
「水と光と火の神が、秩序の神に頼みに行っているから、もうじき戻るはずだ。混沌の神は、今頃正座で『反省中』の看板を首から下げ、風と土と闇の神をはじめとした神々に囲まれていることだろう」
「ふうん。叱り方が意外と地上と変わらないね。ちなみに、どれくらいの時間正座し続けるの?」
「ざっと30年くらいだろうな」
「神こっわ」
地上とは時間の単位が桁違いだった。なんて恐ろしい。
「きっと今頃、ボロ雑巾に3か月くらい包まれてカビだらけになったパンを見るような目で見られているはずだ」
「ちょっと前提情報が多すぎて分かりにくいな。カビの生えたパンを見るような目か、ボロ雑巾を見るような目では駄目なの?」
「駄目だ。そんな程度ではない。この2つを組み合わせることにより、ようやくあの目をようやく言い表せるんだ」
「ふうん、そうなんだ」
よく分からないが、とっても厳しい目が向けられているということは分かった。さすがの私もそんな目を向けられたことは、これまで一度もない。……ないよね?
あっれ、どうだったかなと首を傾げていると、すぐ隣に突然人影が現れた。私はそちらに視線を移す。
「あれ、お父さん」
そういえば神殿に戻っているとニナが言っていたことを思い出す。転移魔法で再び来たらしい。
「ローラ、第9の試練通過おめでとう。サイラス様たちとお話ししている最中に急に通過の知らせがあったから驚いたよ。ルイと一緒に頑張ったんだね。……それと、聖獣さま方……でよろしいでしょうか」
「うむ。このような姿で済まぬな」
「いえ、ご無事……と申し上げてよいかはひとまずおくとして、合流できて何よりです。水の聖獣さまと火の聖獣さまには申し訳ございませんが、一旦、光の神殿に転移させていただいてもよろしいでしょうか」
3……体?とも了承したのを確認して、父がリューくんをニナに、ピーくんを兄に、ミューちゃんを私にそれぞれ抱き抱えるよう指示して、自らは転移の神具を掲げる。
「それでは、行きます」
それを合図に、私たちは転移した。




