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「それでは、ただ今から第7の試練の説明を始めます。私は担当のハロルドです。よろしくお願いします」


 明るくも暗くもない丁度真ん中くらいの茶色の髪を持つハロルドは、25歳の5級神官である。リリアちゃんと同じような髪色だが、血縁の有無は昨日確認済みだ。

 ちなみに結果は、「俺には男兄弟しかいない」とのこと。どうやら従兄弟と再従兄弟に至るまで全て男しかいないらしく、身内の女性は全員年上の既婚者だと、ちょっと切なそうな顔をしていた。なんかごめん。


「第7の試練では、皆様に、このシュアの種を採取してきていただきます」


 ……シュアの種?


「これから、皆様には同行する神官を1名選んでいただきます。その後、転移陣でとある場所に転移、シュアの種を採取後、再びこの会場へと戻ってきた方々が第7の試練の通過者となります。なお、期限は5日間です」


 ほうほう、とりあえずその種を取ってくればいいわけね。米粒みたいな大きさでよく見えないけど。……と思ったら見本品を配られた。

 なるほど、6色に輝く種なのね。なんか気持ち悪いな。え?大変珍しくて人気のある種?聞いたことないよそんなの。


「同行する神官は、別室に控えております。皆様をサポートする役割を担う者たちです。どうぞ、そのことを念頭にお選びください。ーーー選択順は、第5の試練の通過者順になりますので。それでは一位の方から、腕輪を持って、どうぞ」


 ……ねえもしかして、一位って私じゃない?


 今朝、お兄ちゃんが「これ返す」と腕輪を投げてきたのは、このためか。そういえば、アンリが第7の試練に関係ある的なことを言っていた気がする。

 すっかり忘れていた。ありがとうお兄ちゃん。やっぱり私が持っていなくて正解だったね。


 てくてくとハロルドに向かって歩いていると、候補者のみなさんからの視線が飛んでくる。


 どうもどうも。一位通過のアウローラちゃんです。どうぞよろしく〜。


 ハロルドに促されて腕輪を見せると、「はい。一位通過の方ですね」と非常に事務的な顔をして言われ、隣室に移動するよう事務的な口調で言われた。

 言われるがままに会場を出て行き、隣の部屋の扉を開けるとーーーおや。


 50人ほどの神官がずらりと並んで立っていた。

 ふむふむ。なるほど。位を表す腰紐を外しているので、誰が何級神官なのかは分からないようにしているのだろう。

 ただまあ、さすがに私は分かる……いや、一部不明な人もいるなあ……でも多分シュウもいるから10級神官だろうなあ……うん、そういうことにしておこう。


 それにしても、この場にいる神官は、3級神官から10級神官までおり、位がそれぞれで全然違う。

 ハロルドが意味深に言ってたのはこれのことか。まあ、10級神官と3級神官では、能力的にそれはもうびっくりするくらいの差があるもんね。


 さてさて、誰にしようかな。うーん、そうだなあ。


「ねえ、シュアの種ってどんなところにあるんだっけ?」


 偶々近くにいたアンリに聞いてみる。だってハロルドは神官に質問するなとは言ってなかったし、ここには神官しかいないから黙っておく必要もないし?


「明確な場所は伝えられないわ。でも、そうね。一般的な教本には、人里離れた場所にあると書いているわよ」

「じゃあご飯とかどうするの?期限は5日って言ってたけど」

「我々神官が5日分を用意しているわ」

「神官が用意しているご飯の内容は、全員同じ内容?お菓子はある?」

「いいえ。各自で用意したから、神官ごとに違うでしょうね。でも、神殿側の確認を受けているから、最低限のランクはクリアしているはずよ」


 腰の辺りを見せ、この収納袋に入れているわ、とアンリが言う。手のひらくらいの大きさであり、見た目からはとても5日分の食料が入っているとは考えられない。つまり、収納袋は魔道具、と。


「なるほどねえ。ちなみに、その収納袋も各自で用意してるの?」

「そうよ」

「分かった。ありがと」


 収納袋は、当たり前だが、容量によって値段が全く異なる。神官自身の生活用品も入れることを考えれば、できるだけ大きな容量の物を用意したいと思うのが普通だろう。よって、一概にそうだとは言えないが、お給料の高い神官の方がより容量の大きな収納袋を持っており、生活的にも楽ができる可能性が高い。ーーーで、あれば。


 ててっと歩を進め、ある神官の前でにこーっと笑いかける。


「よろしく〜」

「……だろうな」


 私が選んだのは、エドアルド3級神官であった。

 ホッとしたように息をついたそこの神官たち、顔は覚えたからな!




 転移したら、そこは路地裏でした。


「とりあえず、向こうに出るぞ」

「はーい」


 人の声が聞こえる方へと進んでいくと、……あらまあ、これは。


「賑わってるねぇ」

「そうだな」

「シュアの種って、人里離れたところにあるんじゃなかったっけ?」

「どこに転移するかはランダムだから」

「なるほど」


 ランダムなら仕方ない。まあ、なるようになるだろう。


「それにしても、ここ、どこかな?」


 リュースフォルト王国の王都でないことだけは分かる。おそらく、今私たちが立っている場所が中央通りだと思われるが、通りに構える店も、道を舗装する石も、私の知っているものではない。


「ちょっと待ってろ……と言いたいところだが、お前を1人にしても碌なことがない気がする」

「そんなことないよ?」

「過去を振り返れ。仕方ない、一緒に行くぞ」


 固く右手を握られ、エドについていく。

 ねえねえ知ってる?これって恋人繋ぎって言うらしいよ。パン屋のお姉さんがこの前言ってた。

 え、なんだって?効率よく拘束できる握り方?ねえまさか恋人繋ぎって効率よく拘束するためのものだったの?


 世の恋人たちから漂う甘酸っぱい雰囲気が、一気にかき消されてしまった気がした。……まあでも、どうでもよいか!

 すぐに気持ちを切り替え、それより今日はパンの割引日だったのになあと思いを馳せているうちに、優秀なエドは我々の居場所を把握したらしい。

 どうやらここは、リュースフォルト王国の隣の隣の国、マカラ王国の一都市のようだ。


 マカラ王国は、国土のほとんどが山や森に占められており、山間の盆地などに人々の住む土地が点在しているような国らしい。ここは、国内で比較的大きな都市に分類されるところらしく、他の都市が近くにないこともあって、人が多く集まりやすく賑わっているんだそう。


 ついでにシュアの種がこの近くにあるかと問いかけたところ、「聞いたことない」と首を横に振られた。

 とはいえ、一歩都市の外に出れば、すぐに山がお出迎えしてくれるらしく、「自然だけは豊かだから、もしかしたらあるかもな」と励ましてくれた。いい人たちだった。


「北門と南門があるらしいが、どっちがいい?」

「じゃあ、なんとなく北で」

「よし、じゃあ行くぞ」


 テキパキとエドが方針を決めてくれるので、私としては楽でありがたい。ありがとう、エド。やっぱりエドを選んで正解だった。


 ……それにしても、エドは随分と目立つ。リュースフォルトの王都でも目立っていたが、私と共に駆け抜けてきた歴史のおかげか、王都の中でも中心部に当たるところでは、それなりに顔見知りもいた。

 けれど、ここにいるのは、エドのことを初めて見る人たちだ。エドほどの艶やかな黒髪も、鮮やかな空色の瞳も、この現実味がないほどの美しい顔立ちも、それはもう、人の目を惹きつけてやまないらしい。……まあ、服も神官服だしな。

 あまりもの美しさに、みんなが避けてくれるので、人の多さにも関わらずスムーズに足を進められる。

 偶に目を奪われて頭をぶつけ合う人たちもいるが、そこは自己責任ということでお願いしますね?


「おい!」


 後ろから怒りを込めた男の子の声が聞こえる。世の中色々あって大変だなあ、みんな頑張れよ。


「おいっ、待てって!」


 追いかけっこかなあ。逃げる人も追いかける人も頑張って。なんか足音が近づいてきてるけど、気のせいだろう。


「おい!待てよそこの神官野郎!!」


 ……え、もしかして我々にご用ですか?

 まさかのご指名に振り返ると、顔を真っ赤にした10歳程度の男の子がいた。


「神官に用があるなら、近くの教会に行くように」


 一言告げて身体の向きを元に戻そうとしたエドに、男の子は一度驚いたように口を噤むが、再び勢いよく言い募った。


「あいつらは、どうせ何もやってくれねぇんだ!昔からそうだ、俺たち貧乏人には、何もしてくれねえっ」

「……何をしてくれないんだ」

「治癒だよ!俺のあにぇ、っ、」


 ……あにぇ?

 怒りとは違う意味で顔を赤く染めた男の子が、羞恥を振り切るように言い放つ。


「俺の姉貴を、治しちゃくれないんだ!」


 ーーーなるほど。でもそれは。


「治癒士に頼めばよいだろう」

「あいつらはヤブしかいねえよ!あんなのに頼んだって、金がなくなるだけだっ」

「そうか。この街の事情は知らないが、とにかく私たちに出来ることは何もない。あとは、近くの教会にいる神官にでも聞きなさい」


 エドの言っていることは冷たいようだが、事実なのだ。確かに光の教会所属の神官は、治癒魔法を使える神官が多い。エドも得意魔法は闇だが、治癒魔法は使える。

 けれど、教会の許可なく治癒魔法を使うことは基本的に許されない。

 許可を要しない例外は、同じ神官同士か、事前に聖人及び神官長から特別許可を受けた相手のみだ。後者の特別許可が出ることはほとんどなく、おそらく現在許可を受けているのは、世界中を探しても私だけだろう。特別許可を出すにあたっての条件も厳しく、サイラス先生たちも、私だからこそ許可を出せたと語っていた。


「……っだけど、この前は違ったんだろ!?」

「この前?」

「お前らみたいな、外からやって来た奴らが、タダで治癒魔法をかけてたって聞いたぞ!」


 ああ、それは、第5の試練の時だろう。

 エドも同じことを思い当たったのか、少し言い難そうに口を開く。

 このくらいの歳の子に、聖人選定の試練だったから特別だったとは、理由として理解させることはできても、感情として理解しろというのは難しい。


 とはいえ、それでもやっぱり、それを理由にエドが治癒魔法をかけることはできないのだ。

 もちろん、教会の許可さえ出れば、神官が治癒魔法をかけてくれるだろうが……それには、それ相応のお金が必要だ。

 第5の試練で私が治したロットさんも、元々あのおじさん神官に治癒魔法をかけてもらうに当たっては、お金を払っていたことだろう。

 たとえおじさん神官の技量により、いくら払ってもあれ以上は治せなかったという事情はあるにせよ、……うん、小さな村だったし、そういうこともあるよね。うん。


 まあ、それは置いといて。

 対して、聖人候補者である私が治癒魔法をかける分には、金銭は発生しなかった。それについては、あくまで聖人候補なので教会の所属ではないこと、そして何より、聖人選定における試練の一貫だったことが理由だろう。


 ……正直に言えば、私であれば治癒魔法をかけられないこともないのだけれど。

 アウローラは教会所属の神官ではない。だから、教会の許可なく治癒魔法を使っても教会の決まりに違反しない。

 とはいえ、私の立ち位置は微妙である。そのため、サイラス先生にも神官長にもお父さんにもお母さんにもお兄ちゃんにもエドにもその他諸々神官のみんなから、『外で治癒魔法を使うの禁止』と厳しく言われている。

 ちなみに今も、エドから厳しい視線を受けている。繋いだ手も強く握られている。ちょっと痛い。


「っなんで!だってお前は、治癒魔法が使えるのに!」

「そうだな。だが、君の姉君だけを特別扱いすることもできない。繰り返すようだが、」


「リック!!」


 女の子がこちらに駆け寄りながら、怒鳴るように名前を叫び、男の子はそれにビクリと肩を揺らす。

 どうやら、この子の名前らしい。


「リック、いい加減にしなさい。神官様を困らせるんじゃないの」

「でも、」

「リナ姉だって同じことを言うよ。いいから黙りなさい」


 私とあまり年齢の変わらない女の子が、ピシャリと言い切り、男の子を黙らせる。それから、私たちの方へと頭を下げて、


「申し訳ありません。弟がご迷惑をおかけしました」

「……いえ、お気になさらず」


 エドが首を横に振ると、女の子はビクっと一度大きく肩を揺らす。……ううん?

 一般的に、神官はそれなりに尊敬を集めやすい職種だ。それに加え、エドはこの美形となんか高貴っぽい雰囲気もあって、中には拝みだす人もいるレベルではあるけれど、そんなにビクビクしなくてもいいのに。


 なーんかなあ、と違和感を覚える。

 ちらりとエドを見ると、無表情の中に少し疑問が浮かんでいる様子。しかし、私の視線を感じ取ると、「行くぞ」と思考を切り替えて促してくる。

 違和感に明確な理由が見つからない以上、そうせざるを得ないーーー


「でも!じゃあ黙っててリナ姉は良くなるのかよ!……っせっかく、俺らと話してくれる神官が来たのに!!」

「ーーーねえ。話してくれる神官って、どういうこと?」


 気になる単語が出てきたので、聞き返してみる。

 アウローラ、と咎めるような声が鼓膜を揺らすけれど、だって、エドだって気になるくせに。リックの言葉に、私と繋いだ手が小さく揺れたこと、私が気づかないとでも思ったのかい?


 今まで黙っていた私が話しかけたことに、2人は戸惑っていたけれど、


「あたしたちは、神官様に話を聞いてもらえるような身分じゃないので、仕方ないんです」

「神官に話を聞いてもらう立場って?」

「それは、話を聞くだけの価値がある人です……よね?」


 うーん?

 よく分からないな、と思ってエドに助けを求めようとする。けれど、私が声を発する前に、既にエドは隣に来ていた。おう、早いな。


「君たちは、過去に教会で何らかの問題行動、あるいは問題発言でもしたのか?」

「そんなもんしてねえよ!最初から、俺たちの話なんて聞いてくれなかった」


 それはおかしな話だ。

 神官は、身分で話を聞く聞かないを決めることはない。確かに、位が上の神官、たとえばエドやお兄ちゃんも含まれるが、そういった普段表に立たないような人物であれば、教会を訪れる一般の人々と会話すること自体滅多にない。

 だがそれは、そもそも常に正院にいて、本院には出向かず、話す機会自体がないからだ。仮に本院に出向き、訪れた人に話しかけられたなら……ずっと応対するかは、忙しくなければ、の注釈はつくけれど、少なくとも理由なく無視するといった行為はしない。

 目の前の者がどういった者であれ、教会及び属する神官の判断基準は揺らがないし、行動だって変わらない。平等、という言葉には優しさも厳しさも含まれるけれど、教会はあらゆる意味で『平等』な場であるはずなのだ。


 ……もちろん、例外もあるけれど。その辺りの話は、ちょっとよく覚えていない。だって、アウローラちゃんはそもそも神官じゃないし?なぜか、度々新人神官の勉強会に放り込まれるからなんとなく覚えているだけで、本来なら覚えなくていいはずの話だし?

 だからこれ以上は覚えてなくても仕方な……痛い痛い。手が痛い。エド、君は何を察知したんだ。超能力者か?


 べしぺし、と繋いでいない方の手でギブアップを主張すると、私の思考を牽制するようにひと睨みしてから、気が済んだのか力を緩めてくれた。


「……まあ、さ。とりあえず、教会に行ってみようよ」

「は?」

「だって、エドだって気になっているでしょ」


 図星だったためか、珍しく狼狽したような顔で私を見る。そして、数歩分後ろに下がり、リックたちとの間に防音魔法をかけると、


「でも、お前の試練はどうするんだ。5日しかないんだぞ?」

「それはそうだけど。でも、逆に言えば5日もあるんだよ。少し寄り道したっていいでしょう」

「だが、それで時間が足りなくなったら?」

「そしたら、そこが私の限界だったってことで。それとも、エドは私が聖人になると思っているの?」

「それは絶対何があっても本気であり得ない」

「じゃあいいでしょ。問題ないね」


 エドはまだ納得がいかなそうな顔をしていたけれど、強引にまとめて結論を出す。

 エドは真面目なので、結果としてどうなろうとも、神官として聖人候補の試練だけを全力でサポートするつもりだったんだろう。だから、多少の違和感があっても、試練の方を優先しようとした。


 だが、そのサポートする候補者が私なのだ。たとえ試練に通過できずとも全然構わないし、むしろ第7の試練まで残っている方が驚きである。きっと神殿のみんなも頑張ったなと褒めてくれるはずだ。……うん。やっぱり何も問題ないな。


 エドのかけた防音魔法を……うーむ、さすが闇魔法師のかけた闇魔法。新人神官に何度も聞き返されるとはいえ、分類上は光魔法師に分類される私には、解除するのが難しい。

 だかまあ、エドの全力をもってかけた魔法でもないので、ちょっと頑張れば解除できる。他の人に言ったら、ちょっと何言っているか分かんない、みたいな顔をされるけれど、できるものはできるのだ。


「じゃ、行こうか」


 無事解除して、今度は私が促すと。

 盛大にため息を吐……こうとして、姉弟を見てやめてエドが、渋々歩き出した。

 よしよし、相変わらず良い子……って痛い痛い。アウローラちゃんのお手ては、握力を鍛えるための道具じゃないんだぞ?



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