9.それぞれの道
■9.それぞれの道■
「よっしゃ、終わり。」
シャドウは最後の荷物を積み上げると、オムロの街を見上げる。
「すまんな、護衛のあんたに手伝ってもらって。 フランソワ様を救ってくださった英雄だってのに。」
商人が恐縮しながらシャドウに礼をいう。
「いえ、手も空いてましたし。」
「荷物もこれで終わりだ。 そろそろ出発させてもらう。 それまで、しばらく休んでてくれ。」
そういうと、商人はシャドウに飲み物の入った皮袋を渡す。 その中身は、おそらく売り物の高級な酒であろう。
「いや……、じゃあ、遠慮なく。」
一瞬躊躇するものの、皮袋を受け取ると、シャドウはもう一度オムロの街を見上げた。
「こっちこっち。」
サンドラの声に振り返ると、サンドラ達が酒場の軒下で休んでいる。
「あんた、なにやってんのよ。」
サンドラはあきれた顔でシャドウを見る。
「いや、手が空いてましたし、困ってそうだから。」
シャドウは空いている椅子に座ると、商人から貰った皮袋をあおる。
シャドウ達は公爵からフランソワ様帰還の式典に招待され、これから中心地であるラモナへと向かう。
フランソワ様は悪い魔女に捕らわれていたが助け出された、というシナリオらしい。 悪い魔女とかいうおとぎ話的なものが受け入れらるのか、という突っ込みどころもあるが、公爵家の正式発表に異を唱えるものはいない。
ところが、公爵の使いの馬車を、トーマスが断ったらしい。 トーマスいわく、そんなご大層な貴族の馬車に乗ってられるか!らしい。 これに対して異を唱えたのはサンドラとシャルである。
「公爵の馬車なんて、めったに乗れないのに。」
「ええ、まったくです。」
この依頼を受けてから、二人は納得いっていないらしい。 モルト領内は、フランソワの件で沸き立っていた。 そして、そのピークはスルメ団も正体されているフランソワのお目見えの式典である。 領内を問わず、かなりの見学者や商人達が式典が催されるラモナへと向かっており、ここオムロでもそれは変わらない。 すると、オムロからラモナへと向かう商人達は護衛を求めるが、話題のスルメ団にその依頼が集中することは当然だろう。
「おいおい、サンドラはともかく、シャルは貴族の馬車なんぞ、乗りまくってるだろうが。」
「いえ、格が違います。 私の家の馬車なんて、公爵家の馬車に比べたら、アバラ屋のようなものです。 だいたい座席のクッションも倍ほどは違うかと。」
珍しくシャルがむくれていた。
「クッションあるだけいいわよ。 うちなんて板だけだし、屋根も幌なんだから。」
「あのぅ、馬車って高いんですか?」
シャドウが目の前の商人の馬車を見ながら尋ねる。 サンドラのいう馬車も、おそらく目の前にある承認のもののようなものだろう。
「知らないわよ、別にあたしが買ったわけじゃないし。」
「ええ、値段とか気にしたことはなかったですね。」
「まあ、普通は馬車とか持ってねえしな。 せいぜい、借りるのが関の山だろ。 だいたい、馬もどうすんだ、って話だしな。 俺の村では、借りてきてたぞ。」
トーマスが自分に頷いていた。
「まあ、公爵の馬車は諦めるわよ。 諦めるけど、なんでラモナまで護衛の仕事を受けるわけ?」
「しょうがねえだろう。 頼まれちまったんだから。 それと……」
「それと?」
「まあ、いいか。 向こうに着いてから話するつもりだったんだけどな……、俺はそろそろ引退を考えてる。 いい加減、流れ者は体力的にもきつくなってきたし、お前らももう一人前だ。」
シャルとサンドラの表情が強張る。 もともと引退を考えていたトーマスに現役続行を決意させたのは、この二人だった。
「ん? おどろかねえのか?」
「いえ、トーマスさんにお願いしたあの日から、いつかは来るとおもっておりましたので。」
シャルがトーマスに頭を下げる。
「で、引退したらどうすんの?」
「まあ、田舎にゃ兄弟達もいるし、引っ込んでスルメでも作るさ。 今回の件で、がっぽり貰えそうだしな。」
トーマスが、がはははと笑う。 しかし、サンドラもシャルも黙り込む。
「あのさ、あたしも実は、もう一回騎士をめざしてみようかと思ってる。」
サンドラがポツリと話す。
「フランソワ様の護衛やってさ、誰かを守る剣になりたかったんだって、思い出した。」
サンドラがシャルを見つめる。
「ねえ、シャル。 あんたんとこの騎士団、紹介してくんないかな?」
シャルは目を見開いていた。
「それはかまいませんが…… 、便乗で申し訳ありませんが、私も……」
シャルがうつむく。
「フランソワ様といろいろとお話して、やはり法力の研究をキチンとやりたいと考えております。」
シャルが顔を上げる。 その目には決意が宿っている。
「自力で続けてきましたが、どうしても限界はあるので。 それに研究は法力研究所だけでしか出来ないわけではありませんし。」
「そっか。」
3人はシャドウを見つめる。
「じゃあ、これがスルメ団の最後の仕事になるわけですね。 ちょっとさびしくなりますが。」
シャドウがポツリと漏らす。
「すまんな。」
トーマス達三人がシャドウに頭を下げる。
「いや、止めてくださいよ。 皆さんにはいろいろお世話になりましたし、こっちが礼を言わないと。」
そう言うと、シャドウが頭を下げる。
「まあ、お前なら大丈夫だ。 なんなら向こうで俺の知り合いを紹介してやる。」
「でも、シャドウは人が良すぎるから、お姉さんは心配だなあ。」
「あら、お姉さん? おばさんではなく?」
「シャル、あんたねえ。 花の20台を捕まえてなんてことを。 それに、それを言ったらあんたもおばさんでしょうが!」
「いえ、私がおばさんという説は否定させていただきます。 それに私は自分のことをお姉さん呼ばわりいたしませんもの。」
思わず、シャドウとトーマスがプッと噴出し、サンドラに睨まれた。
「おい、なんか悪いが、そろそろ出発するぞ。」
おりしも、商人が向こうからシャドウ達に声をかける。
「うし。 最後の仕事だ。 きっちりやるぞ。」
トーマスが立ち上がる。
次回予告:とりあえず、1章部分をチェック済みからUP予定です。 2章は今プロットの見直しと執筆の同時作業中。