トルミ村①
トルミ村のすぐ近くまで転移した俺とフレンは早速村の門へと向かった。警備兵が2人虚な目で立っている。
これから魔王軍が侵攻してくるなど、微塵も想像していないのだろう。
なぜ俺がトルミ村に来たか。理由は単純。ここだけは、魔王軍の侵攻による被害を受けてほしくなかった。ただそれだけだ。
かつて勇者時代、各地で魔王軍と戦っていた俺は、疲労と精神の摩耗で、死を覚悟していたことがあった。メリザのことさえ、諦めてしまおうかと思うほどに。
そんな時に、立ち寄った村がトルミ村だ。ここは、魔王領とアリステル王国の国境近辺にあり、度重なる戦闘に巻き込まれて、村自体が疲弊していた。
それにもかかわらず、勇者という肩書きを持っているだけの俺に、優しく、温かく迎え入れてくれた。
その村人たちから感じた強さは、戦うことしか脳がなかった俺に、本当の強さを教えてくれたと思っている。
そして、この人たちのために俺は魔王を倒すことを心に誓い、成し遂げた。その報告をする前に、俺は魔王となってしまったのだが…
魔王となった今でもこの村だけは、絶対に守りたいのだ。
だから俺は、かつてパーティメンバーであったフレンのみを従え、この地に来たのだ。フレンもそのことを察している。
見た目を魔王になる前の姿に変え、警備兵の近くに行くと、虚な目でこちらを見て
「トルミ村に何か用ですか?」
と一応背筋を伸ばしそう聞いてきた。
少し様子がおかしいとは思ったが、門番なんて新人の仕事だ。もしかしたら俺がトルミ村で過ごした時期にいなかったのだろう。知らないのも仕方がないか。
「この村で以前世話になったレノンというものだ。村長にお目通り願いたい」
もし俺が指名手配でもされていれば、レノンという名前を出しただけで、兵士たちがすぐにでも仲間を呼びそうなものだ。
しかしこの2人が全く表情を変えず、そうですかと言った態度なのは甚だ疑問に思うところだ。
2人は顔を合わせしばらくこそこそと話した後、村長に確認を取ると言い、1人が村の中へと走っていった。
門番と微妙な沈黙が続く。
しかしその沈黙はすぐに破られた。
「……もしかして勇者レノン様でありますか??」
門番がいきなりそう聞いてきた。
勇者に憧れる兵士ならば目を輝かしてそう聞いてきそうなところではあるが相変わらずその目に力は感じられない。
「確かに俺はそのレノンだが、勇者はやめてくれ……少しむず痒い」
今まで散々ワンズたちに勇者レノンだと言ってきたが、それは魔族相手だから言えることで人間にそう言われるのはむず痒い。
「何をおっしゃいますかレノン様。あなたは魔王を討伐した人間領の勇者ではありませんか。あなた以外この大陸において勇者を名乗れるものなどおりましょうか」
……少し引っかかるな。
なぜこいつは魔王が討伐されたことは知っているのに俺がアリステル王国を滅ぼしかけたことは知らないのだろうか。
そう考えていると村の門が開かれ、そこには懐かしい顔のじいさんと走っていった門番が立っていた。
「おお……レノン殿……戻られたのか。ついに魔王討伐の悲願を成し遂げてくださったのか……ありがたや……」
彼はこの村の村長であり、勇者時代に俺たちに色々と支援をしてくれた恩人だ。
そしてやはり村長も俺に対する態度が変わっていない。
そこから導かれるのは、おそらく俺が魔王化してアリステル王国を滅ぼしかけた話は伝わっていないのだろう。
先ほどの兵から感じた違和感は気のせいだったのだろう。
「ああ、帰ってきたぜ村長。時間はかかっちまったが、魔王を倒してきたぞ」
村長は俺の手を取り、虚な目で涙を流してありがとうありがとうと繰り返した。
何か久しぶりに人間の温かみに触れ、ふと俺も涙を流しそうになった。
……ろくな人生ではなかったからな。
こんな風に感謝をされたことなんて経験がない。
その後村長はぜひお礼がしたいから自分の家へ来てくれと言い、俺たちを村の中へと入れてくれた。
村長の家へ行く道中、トルミ村の懐かしい顔が俺の顔を見るなり、集まってきていろんなものをくれたり、感謝の言葉をかけてくれた。
そして村長の家に着くころには俺とフレンは両手に抱え切れないほどの感謝の品を受け取っていた。
「さぁ中に入ってくれ。大したもてなしはできんが茶でも出そう」
家の中に入り、茶を飲みながら魔王討伐の道中の話を村長に聞かせた。
しばらく話した後、
「村長、俺がこの村に来たのは魔王討伐の挨拶回りというわけではない。驚かないで聞いて欲しい。魔王軍が軍を再編し、また人間領に侵攻してきているんだ。」
そう切り出した。すると村長は表情は変わらないが驚いたように立ち上がり、
「なんじゃと。しかし魔王はレノン殿が倒したばかりであろうに、何故こんなにはやく……まさかすでに新しい魔王が誕生したのか」
「ああ、おそらくその通りだ。いずれこの辺りが再び戦場となるだろう」
「なれば早々に戦いの準備を始めなければなるまい。ワシも戦いますぞ!」
村長は自ら戦いに参戦する意志を見せ、剣を振るそぶりをみせる。
「村長、意気込むのもいいが無理をするのは良くない。ここに俺がいることを忘れないでほしい。」
俺の言葉に村長はありがたや…と神でも拝むかのように手を合わせている。
「さて、村長。魔族が来るまでまだ時間はある。今日は久しぶりに戻ってきたのだ。このような時であるが、皆と先ずは話をしたい。その時にトルミ村の防衛についても話し合おう」
「レノン殿がそう望まれるのであれば、そういたしましょう。大したもてなしはできんが、ゆっくりして行ってくだされ。わしは村の連中に声をかけてくる。レノン殿はこちらでしばらく休まれるといい」
そう言って村長は、家を出て行った。
「レノン様、少しトルミ村の雰囲気が変わったように思うのは私だけですかね?」
俺とフレンだけが残った室内で、その言葉に俺は頷いた。
「なんか明るくなったというよりも明るくいようという雰囲気を感じます。村人たちも明るくは接してくれていますが、どこか感情が失われたような乾いた笑い方というか……うーん、うまく表現できませんが……」
「言いたいことはわかるぞフレン。俺も似たような意見だ。俺が魔族領に出てから何かあった……ってのは間違いないだろう。しかしまだそれが何かまでは分からない。なので俺は引き続き勇者レノンを演じる。フレンは極力目立たないようにしながら奴らの行動を注視してくれ」
「分かりました」
それから、いい加減ここにいるのも退屈になってきたころ村長が戻り、村の中央広場に案内された。
その場にいた懐かしい顔ぶれと宴を楽しみ、お開きとなった後、村長が用意してくれた宿へと向かった。
とても落ち着くトルミ村だが、やはり何かがおかしい。そんな気味の悪さを感じつつ、その日は眠りについた。
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