3-4 『ダンスホール』
チチチチッとどこからともなく小鳥の囀りが聞こえる。窓ガラスを超えた先では太陽がこれまた気怠げに光を放ち、階下から響く人々の喧騒が妙に耳心地よく聞こえた。
「⚪︎△※⚪︎ぬ×……」
弱々しい朝日を背に、クロは曖昧な言葉を漏らしながらパンを頬張る。元々少し癖のついていた髪は爆発にでも巻き込まれたかのように荒れ狂い、起きているのか寝ているのか、その瞼はほとんど閉じられてしまっていた。
「◎◎◻︎♪じゃ$¥?」
小さい口で食パンの角をモニモニと啄むシロも、穏やかな表情で船を漕いでいた。覇気のなくへたり込んだ獣耳と緩やかに揺れる尻尾が、止まっては動き、止まっては動きと今にも限界を迎えようとしている。
「△◻︎◎※※ぬ%#……」
「○*☆×¥♪じゃ&#?」
「◎◎☆、!」
「「ははははは」」
「いや、なんで会話が成立してるんですか……?」
そんな、限界ギリギリな様子で未知の言語を交わす二人を前に、外薗は静かに困惑の声を漏らした。
「今日は休みなんだろ……?なんでこんなはやくから起きないといけないんだ……」
「早いって、もう9時ですよ。寝る時間は十分にあったはずですよね?」
「満足いくまでねるのが睡眠なんだよ……だから俺たちはいつも◻︎⚪︎※△#&……」
「おーい、起きてくださーい?ほら、コーヒー入れてきましたから」
クロは手渡されたコーヒーをこくこくと口にして、「……苦いな」と一つ息を吐く。ようやく目が覚めてきたのか、瞼もなんとか開いた状態を維持できていた。
その姿を微笑ましげに眺めて、外薗もコーヒーを啜る。新聞を片手にコーヒーの温かさを堪能した彼女は、二人の前にある朝食がある程度食べられたのを確認すると、本題へ移るべくカップを床に置いた。
「で、これからどうします?捜査初日はめぼしい収穫もなかった訳ですけど」
「なに……?何か目星がついたから俺たちを起こした訳じゃないのか?ならもっと寝かせてくれてよかっただろ」
「目星が付いていないからこそですよ。ジャックの素性も目的も、性別すら分かってません。そんな状況で休めるはずないじゃないですか」
「なんてこった、これが社畜か……週休二日は地雷というのは本当だったんだな」
コーヒーを手にどこかしみじみと語るクロに、外薗は少々呆れた表情を見せつつも気を取り直して問いかける。
「そういうクロさんはどうなんですか?調べる場所に見当はつけてたり?」
「…………んー」
何が引っ掛かっているのか、眉間に皺を寄せてたっぷりと唸った後、
「いいや。何も思いついていないな」
と首を横に振った。
ごくり。
と喉を鳴らす音が響く。見ると、シロが自身の食パンを全て平らげたところであった。こちらもようやくエンジンがかかり始めたのか、指先についたパンの粉を満足げに舐めとると「そうじゃなあ……」と話し始める。
「奴の行動原理自体は確かに不明じゃが、殺してきた相手には必ずある一点について共通点があった」
「機械肯定派であること……ですよね?つい先日殺害されたアイアスの社長もその第一人者と呼べるほどの人物でした」
「なら話は至極単純じゃ。――――次に奴が襲うだろう場所を張り込めば良い」
片手間にもたらされた回答に、クロは感心したように唸り、外薗は口元に手を置いて何かを考え始める。
「何よりも探偵らしい捜査だな、流石シロだ。全くもって思いつかなかった」
「いやこれ結構常套手段じゃろ……」
「そうですね、よくある方法ではあります」
「…………うん、よくある手段だな。俺だってそうする」
誤魔化すようにコーヒーを啜るクロを尻目に、外薗は「ですが……」と渋い顔をシロへと向けた。
「張り込みは既に、何度も行われてきました。私の記憶の限りでは……その全てにおいて、犯人の姿形すら捉えられなかったと……」
「そりゃあ、神秘の時代の産物じゃもの。変身能力、透明化、記憶の抹消、存在の希釈。現代での最高位どころか、ほとんど失われた魔法のオンパレヱドじゃろうて。まともな張り込みでは歯が立たんじゃろ。じゃが…………今ここには、わしがおる」
「――――!そうだ、張り込み現場にいた人たちの名前を食べれば……犯人が絞れる!」
外薗は傍らに放置していた新聞を素早く拾い上げると、血相を変えて誌面を眺め始めた。おそらくは犯人が狙う会合などがないかを調べるためだろう。
「ふん……」と得意げに鼻を鳴らしたシロは、クロから飲みかけのコーヒーを奪い取って優雅に傾け始める。
「……獣人ってカフェイン大丈夫だったか?」
「舐めるなよ、わしは神秘の時代の災厄じゃ。カフェイン程度が太刀打ちできるものではない」
「――――ありました!!」
ガサっと新聞の揺らぐ音が響き、その奥から外薗の興奮に満ちた声が放たれる。
「ちょうど今日、機械肯定派の重役たちが集まって反機械派の方々と会食が行われます!」
「会食?この時世にどうして」
「ジャックへの実質的な敗北宣言じゃろうな。仲良くしましょうと白旗を振っておるわけじゃ。無意味じゃろうに、滑稽なことを。……で、その場所は?」
「ノクターキルン魔法大学です!!」
「……。…………ぶふぉっ!!」
「えっ?!」「はっ?」
シロが口に含んでいた黒い液体を突然吐き出す。
予期せぬ衝撃に打たれてか、口の端からコーヒーを垂らしながら「ごほっ、ごほごほ!」と咳き込む彼女に、「シロ?!」とクロが慌てて近寄った。
「やっぱりコーヒーはまだ早かった……まずは氷印コーヒーから始めよう」
「あれほとんどコーヒーじゃないじゃろう!!ごほっ……問題ない……なんでもない……。」
口元を袖で拭ったシロは、外薗の後ろ姿を恨めしげに睨め付ける。拭くものを取りに行ったのだろう外薗の慌ただしい様子に、シロはその咽頭を僅かに動かそうとして……止めた。
「ほら、シロさん。大丈夫ですか?」
「問題ない……」
外薗はどこか微笑ましげな表情で、汚れた衣服をタオルで拭いてやる。
気まずそうに目を逸らしたシロはすぐ側に置いてあった新聞へと視線を落とし――――「……それで、」と続ける。
「行くのか?今日の会食とやらに」
「あぁ、機械肯定派の重鎮が来るともなれば、奴も黙って見過ごすことはないだろう。きっと会場に現れる」
「ふむ……しかしどうするんじゃ、この会食、仲良しこよしで飯を食うだけではなさそうじゃが?」
だ?」
「「……どういうこと
です?」
不安げに問いかけてくる二人に、「ほれ」とシロは誌面を引っ張ってくる。
そこには、確かに本日開催される会食についての詳細と、その会場が記されていた。
『ノクターキルン魔法大学、ノクト大聖堂にて会食が行われ、ダンスや喫食を通じて互いの親睦を深める』
「「………………ダンス……?」」
「今回の交歓会にご出席される方でしょうか。参加証の提示と、こちらで一連のボディチェックをお願い致します」
「あぁ、参加証なら持っとらんぞ?」
「…………はっ?ええっと......それではご入場が」
「ところでお主、――――名前は?」
「………………?足立隆久と申します。あの、もし紛失されたのであれば主催にご確認を」
ごくり、
と嚥下の音が響く。
「"必要ない"。"入場させろ"。"ボディーチェックもなし"じゃ」
「――――了解致しました。……三名入場します。問題ありません」
光のない目をしたセキュリティの手によって、大聖堂の扉が重々しく開かれる。
その美しい巨城の見た目に恥じぬ、赤いカーペットと燭架に彩られた重厚な入り口を前に、臆することなく白銀のカミを携えた獣人が歩を進めていく。
褪せた色味のサロペットと、深緑のハンチング帽。琥珀色の丸サングラス奥の双眸を「はぁ……」と呆れたように伏せた彼女は、その足を止めて後ろを振り返った。
「一体いつまで手こずっておるんじゃ、早く行かねば始まってしまうぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいシロさん!」
カツン、カツン、と不揃いで響きの高い足音が、外の薄暗がりから聞こえてくる。
何に手間取っているのか左右にゆらゆらと動くその人影を――――傍らへと新たに現れた人影がそっと支えてやる。その黒い影は行き場を失っていた手のひらを優しく握り、廊下の先へと彼女を丁寧に引っ張っていった。
「ほら、行くぞ」
「――――――はいっ!」
燭花の疎に照らす廊下をどこか足早に歩いていく。廊下の端からは一際強い光が差し込んでおり、逆光で蓋をされていた。
カツ、カツ、カツ、…………とよくわからない高揚に刻まれた音が、光の境界を超えて…………
「――――――」
全身を包み込んだ光の先、心臓の高鳴りをそのまま音にしたような美しい喧騒が、二人の虹彩を僅かに焼いた。
遥か高くに浮かぶ天井は教会らしく精巧な絵画で埋め尽くされ、広々とした空間をその威光から支えるかのように大理石の柱が立ち並んでいる。
普段は大聖堂として魔法大学の生徒たちに親しまれているその空間は、今は会食用にアレンジメントされ、白色のクロスを敷いたテーブルがあちらこちらに配置され、大聖堂の最奥には開会の挨拶などをするのだろう、壇場が女神像を背に設けられていた。
会場の中はこれまた美しく着飾っている人達で溢れており、思い思いの言葉を交わしていた。その喧騒が…………ピタッと息を呑むように止められる。
視線は全て、会場の入り口で立つ二人へと。
聖堂の煌びやかな明かりを受けて、紺色のドレスが美しくきらめく。
足を踏み出すたびに響く跫音と、淑やかに揺れるワンピースの、芸術品のような複雑性を帯びた布が揺れる。曝け出された肩周りの肌は健康的な白みで光を返し、その秀峰で持ち上げられた生地を胸下でキュッと締めるそのシルエットは、人形のような美しさを呈していた。
その隣で手を取り立つのは、彼女の煌めきとは対照的に、黒く、深い美しさを有している男であった。
おおよそ、パーティーの雰囲気には似合わない真っ黒なタキシードに、さらに黒いシャツを合わせたその異質な組み合わせに、しかしその青年にはその異質を美しさとして際立たせる何かがあった。
癖のある髪の毛は今は整えられ、一部を残して持ち上げられた前髪が衣服に負けないほどの黒い瞳を露わにする。
「ええっと……私たち、何かしたんでしょうか」
喧騒は戻ったものの、こちらをチラチラと盗み見るようにして話の肴を得ている客人たちに、外薗は気まずそうにクロへと問いかける。
しかし、当のクロは全く気にすることなく「ふん……」と鼻を鳴らして。
「どうでもいいだろ。それより……今回の会食でどれだけ腹を膨れさせられるか……やはりタッパーとか持ってくるべきだったか?」
「目的が変わってませんか……?…………でも、うん。そうですね、まずは楽しみましょう」
緊張のほぐれた様子で、外薗は楽しげに笑った。
その後ろ姿を、シロは廊下の仄暗さの中で眺める。
「…………」
「どうかされましたか?」
会場に踏み込むことなく立ちすくむ彼女の姿に不審を抱いたのだろう、スタッフの一人が話しかけてきた。
「もし具合が悪いのでしたら保「お主の、名前を教えろ、」……えっ?た、高原佳奈と申します……?」
ごくり、と
「"わしに構うな、今見たものは忘れろ、あの二人に近づくな"」
どこか苦しそうな声が響いた。
「――――了解しました」
読んでくださりありがとうございます!
星見夜船です。
いつだって大丈夫、この世界はダンスホール。
だから毎日投稿でも大丈夫……たぶん。
とはいえ連載に追われるというものはどこか楽しくも感じますね。まだ舞える……!
もしよろしければブクマなどしていってくださいね。
次回の更新もお楽しみに!




