第195話 閉じた裏戸 【事件簿No.11 裏戸のスキッド 最終話】
「もう、大丈夫?」
レイラの声に1つ頷くと、ギルバンはエアカーを発進させた。
急スピード。
危険な街を後に。
去りゆく裏街を振り返りながら。
レイラは、やっと、ほっと安堵した。
◇
スキッドは。
駆けつけた警官隊と銃撃戦の末、射殺された。
彼らしくない最期だった。どんな時でも必ず裏戸隠し戸から逃げおおせるのがスキッドだった。
だが。
ミルを守るためと信じて黒面紗の女、本物のミルを撃ち殺した。それは逃れようのない事実だった。そしてミルを必死に探すあまり、逃げようとしなかったのだ。もっと早く逃げておけばよかったのだ。逃げることはできたのだ。警官隊が来るのはわかっていたのだ。だが、どうしても最愛のミルと離れたくなかったのだ。ミルを探し求めて、気づいたときには警官隊に取り囲まれていた。スキッドは、最後は自分で自分の裏戸を閉じてしまったのだった。
スキッドは、自分が撃った黒面紗の女が、どうしても守りたかった、どうしても会いたかった、誰よりも愛おしいミル・フレイザーであることを最期まで知らずに死んだ。これは幸福なことであったかもしれない。
警官隊の無数の銃線を浴びたスキッド。その顔は微笑んでいた。
◇
「さあ、ここよ」
あれこれのあった夜、レイラはギルバンを案内する。
濛々と煙でむせる店内。脂の焦げる匂い。ジュージューという音。
ステーキハウス。網焼きが売り。
気取らない、ただ牛肉にがっつきたい人間だけが来る楽園。みんな目の前の牛肉に夢中になって食いついている。深夜だが混み合っている。
入り混じる、脂、煙、煤、音。以前、ギルバンをおしゃれな喫茶店に連れて行って失敗した。こういう店の方がこの探偵にはぴったりだと思ったのだ。
2人は席に着く。
「今日は私の奢り。お礼だからね。それに報酬も兼ねて。好きなもの頼んで」
と、レイラ。助けてもらったお礼。そして依頼の報酬。
「いいね」
ギルバンは店内の野生味溢れるな様子を気に入り、顔をほころばせる。
「そう? よかった」
レイラは素っ気なく。
「ここは何がお勧めなんだい?」
と、ギルバン。
「そりゃ、肋骨じゃないかな」
「おお、それだ」
2人は牛の肋骨肉を頼む。
ジュージューと音を立てて、湯気の立つ網焼き牛の肋骨肉が運ばれてきた。
「あ、これ、これ」
早くもポケットのウイスキーをグブグビとやっていたギルバン、さっそく牛肉にがっつく。
いきなりウイスキーかい、そう思ったレイラだが今日は付き合う。
「ねえ、ギルバン」
フォークとナイフを動かしながら。
「なんだ?」
ギルバン、口いっぱいに肋骨肉を頬ばっている。
「今日、なんできたの?」
「そりゃ」
と、ギルバン。
「お前から依頼を頼まれて、まだ報酬を受け取っていなかったからだ。依頼人に何かあったら報酬受け取れないだろ。だから依頼人は、しっかり守らなきゃいけないんだ。それと、俺もいろいろ巻き込まれた。最後まで見届けたかったんだ。今日、アルデランタ家から尾けてたんだぜ」
「尾けてたんだ。さすが探偵ね」
レイラは、もう一つ訊く。
「アスターシャは守らなくてよかったの?」
「あいつからは、もう報酬を受け取ったぜ。それに、ギャングのやりとりは、俺にはどうにもできない」
「そうね」
その通りなのだ。
ギャングの世界。
その血の掟にしたがって死んだミル・フレイザー。アスターシャとなった女。そしてスキッド。100の裏戸を持つ男。
レイラには感傷は無い。
それほど疲れたのだ。
ただ、あの2人のことは決して忘れられないと思う。
ギルバンは無邪気に牛肉を頬張り、ウイスキーをやっている。
本当にいい食べっぷり飲みっぷりだ。
レイラはなんだかほっとする。救われた気持ちになる。
「美味しい?」
「ああ、いいぜ」
ギルバンは満足げに。
「そう。よかった。あなたにはこういう店が、ぴったりだと思ったの」
「へえ」
ギルバンは口を牛肉の肉汁と脂でテカテカさせながら言う。
「お前、俺のことよくわかってるな。きっといい嫁さんになるぜ」
「もう」
レイラは、言わずにはいられない。
「あんたのその感覚、50億年は遅れてるんだからっ!」
◇
華やかな下着モデルの世界に身を置いて。
レイラの潜入捜査は続く。
( 事件簿No.11 裏戸のスキッド 了 )




