250ー発売記念SS 勉強家?
お嬢に若だった頃の記憶が戻って数日。お嬢は何をしているかというと、お邸の書庫に入り浸っている。
せっかくの良い天気なのに。庭では奥様の好きな花が我先にと咲き誇り、緑が青々としている。ほんの少し海の匂いが混じった爽やかな風が心地よくて、日差しは柔らかだ。
こんな良い気候の季節に、なんでずっとお邸に籠って読書なんだよ。
姉貴はいそいそと、書庫のあちこちから分厚い本を持ってきている。俺は手持ち無沙汰で、ボーッと窓から外を見ていた。これは眠くなるなぁ、なんて思っていたんだ。
「リュウ、なにもしないなら旦那様と一緒に鍛錬してきたらぁ?」
姉貴だ。なんもしないというよりも、なんにもすることがないんだって。
「だって、本ってさ。姉貴、お嬢はずっと何やってんだ?」
「やだぁ、リュウったらそういうとこ鈍いわよねぇ」
なにがだよ。教えてくれないと分かんねえっての。
「リュウ、俺は思い出したばっかじゃん?」
「そうッスね」
姉貴と俺の会話を聞いて、お嬢が本から目を放した。俺たちだけの時は気が緩むのか、若が顔を出す。
「だからな、この世界や領地のことを勉強してんだよ。ほら、俺ってぼんやりとしか覚えてないからさ」
お嬢は若の記憶が戻って、それまでのお嬢だった記憶が曖昧になっているらしい。お嬢、いや若は絵本作家だった。
だけど大学生でもあった。結構、頭の良い大学だったんだ。俺や姉貴なんて逆立ちしても入れないような大学だ。わりとチャラい見た目のくせして、本当は頭が良いなんてズリーよな。
「で、今は何読んでるんッスか?」
「これだよ、『辺境伯領にいるかも知れない魔物たち』」
「なんスか、それ?」
「前世で例えると図鑑だな。この領地に生息しているかも知れない魔物の図鑑だ」
「けど、いるかも知れないなんスよね?」
「そこがアバウトだよな」
そんなもんあったのか? てか、そんなの見てどうすんだ?
「魔物ってさ、俺たちにとっては脅威じゃんか。けど、何か良いこともないかな~なんて思ってさ」
魔物が良いことなんてあるのか? いや、稀にだけどあるか。
「お嬢、トレントとかッスか?」
「なんだそれ?」
「トレントって木の魔物ッス。あれは色々落としますし、木が超硬いんッス。ほら、シゲ爺の杖もトレントですよ」
「ほうほう」
お嬢が手に持っていた分厚い本をペラペラとめくる。
「ああ、これか。なになに……ベジトレントに、ロックトレント。なんだそれ?」
「ベジトレントは時々見るッスよ。木に野菜が生っていて倒しても野菜を落とすんッス」
「ほう、だからベジか」
「そうッスね」
「で、ロックトレントは石かよ?」
「石と言っても宝石や魔石ッスね」
「なんだそれ、超ラッキーじゃん」
「そうッスね。けどロックの方は、俺はまだ見たことないッスよ」
「ほう~」
お嬢がペラペラとページをめくる手を止めた。そしてガバッと本にかぶりつき目を輝かせた。あれだ、こういう時のお嬢は何か良いものを見つけた時だ。
いかんな、また何かやらかしそうな予感がビシバシするぜ。
「ちょ! サキ、リュウ! ちょっとこれ見てくれよ!」
「なんですかぁ~?」
姉貴と一緒に覗き込む。そのページにはモサッとした大きな蜘蛛が描かれていた。なになに? セリスアラーネア? そんなの聞いたことないぞ。森に何度も入ってるけど、見たこともない。本当に生息してんのか? だって、いるかも知れないってことは、いないかも知れないじゃないか。
「これ! いいじゃん! 超いいじゃん!」
蜘蛛の何がいいんだ?
「ばっか、リュウ。分かんねーのかよ! ここ読んでみな!」
魔物だけど、蚕みたいに糸で繭を作る。いや、蜘蛛なんだろう? 意味不明だ。
繭から絹のような糸が取れる蜘蛛。しかも、超デカイ。体長はおよそ50~60センチ、脚を広げた際の幅はなんと1メートル。脚が細くて長いタイプじゃなくて、タランチュラの様にもっさりと毛が生えている。だが、毒はなく無害だと。
それに、何故か身体が白い。繭から取れた糸は、絹のように軽くて丈夫。しかも艶やかでしなやかだけど適度な伸縮性もあり、状態異常無効の効果を得られる。
「え、マジッスか?」
「な! いいだろう!?」
「けどぉ、聞いたことないですよぅ?」
「おう、珍しいらしいな。この領地にしか生息しないんだって。しかも臆病だから人の前には出てこないらしい」
「だから見たことも聞いたこともなかったんスか?」
「だろうな。けどいるんだ、多分だけど。これ領主隊に捜索してもらおうぜ!」
ええー! 領主隊も良い迷惑じゃん! 超面倒じゃん!
「ばっか、リュウ! これで生地を織ってみな? それで服を縫えば状態異常を無効にする服のできあがりだ。それで領主隊の隊服を作ったらいいんじゃね?」
「お嬢、そう簡単にいかないッスって」
「分かんないだろう? 隊服じゃなくても下着を作ってみんなに配ったらさ、みんな簡単に状態異常を無効にできるぞ」
まあ、そりゃそうだけど。
俺の嫌な予感通り、そのあとすぐにお嬢はロディ様に相談して領主隊を動かした。そして、領主隊もまた見つけてくるんだよ。いるかも知れないと本にあった蜘蛛の魔物をさ。本当、この地の領主隊は有能だ。
「げ、でかッ!」
「お嬢さまぁ、気持ち悪いですぅ」
いやいや、せっかく捕獲してきてくれたのにそれはないぜ。
そうして俺たちは、それからセリスアラーネアから糸を取り生地にし、まずは旦那様のボクサーパンツを作った。結局こうなるんだ。俺たちは巻き込まれる。
こんなところは前世から一緒だ。前世でも若の思いつきで絵本を作り、それがヒットし賞までもらってた。
俺たち姉弟も若のアシスタントとして動かないと、締め切りに間に合わないとか言われてバタバタしてた。
今回もそうだ。小屋の小さな部屋に山のように積まれた、まだ糸にもできていないセリスアラーネアの繭。これからどんだけ作るんだよ? て、不安になるのは俺だけか?
それでもお嬢が考える基本は、いつも皆のためにだ。今回だって領地のために、領民のために。それが一番にある。
だから俺たちは抗えない。協力を惜しまない。お嬢のイキイキとした、嬉しそうな笑顔を見ると嬉しくなる。
こうしてお嬢は、これからどれだけのことを仕出かすのか? 楽しみであり、ちょっぴり不安でもある。
できたらお嬢、少し手加減してくれたら嬉しいな。
今世でも、お嬢についていくからよろしく頼んます。




