7.防衛戦2
7.防衛戦2
「じゃあ……城壁の外に出ましょう。」
馬車がすれ違えるくらい大きな城門の隣に、人一人通れるくらいの小さな木戸があり、そこを通って城壁の外に出る。外は家々の壁から屋根から崩れ落ちて大岩は転がっているし、魔王軍兵士のものだろうか……所々まっかな血のようなシミが出来ていた。それでも魔王軍兵士の死体がなかったのは幸いだった。
恐らく撤退時に持ち帰って葬るのであろう。
「ようし……急いで穴を掘れ……ほぼ崩落はしているが、それでも家の痕跡は残っているから、魔王軍は通りに沿って行進してくる。だから十字路地点に穴を掘っておけば、確実にそこを通るだろう。それでいいな?
どれくらいの深さが必要だ?人一人分くらいか?それだといくつも掘れないぞ!」
城壁の外に出て通りを数歩歩きだしたところで事務長が振り返って、穴の深さを尋ねて来た。ううむ……何も考えていなかったな……竹串は膝より少し上くらいの長さで切りそろえたつもりだが……
「腰位の深さで十分と思います。それより深くても……同じ穴には落ちないでしょう。」
「そうだな……すごく深く掘ったとしても、せいぜい一度に2,3人が落ちるくらいで、一度穴が開けばもう落ちるドジはいないはずだな……だったらそれくらいでいいか……。
おいっ腰までの深さで2m角位の穴を、角ごとにいくつもできるだけ掘るのだ。そして穴の底に竹串を立てて置き、そのうえを覆って更に土をかけて分らなくする……掘った土は壊した家の壁の向こう側に見えないよう積んでおけ。
それから……あたしたちが後から落ちたら困るから……そうだな……落とし穴を開けた十字路の家々には、壁に小さく三角印をつけておけ。あまりはっきりとは書くな……かといって見分けられないと困るからな。」
俺が考えてもいないことまで用心深く、事務長は細かく説明してくれる。何と有り難い……。
ふと見ると荷馬車も城門から出てきていて、大岩を甲冑姿の兵士が宙に浮かせて操って、荷馬車に積み込んでいた。本日飛ばした大岩を回収しているのだ……人の体よりも一回りは大きな岩でも軽々と宙に浮かせるのであるから、本当に重機など要らないな……。
それから日が落ちてあたりが暗くなるまで、皆必死にスコップで穴を掘り、竹串を立ててから上を覆い極力分からないようカムフラージュした。俺の作業では丸分りなので、途中から俺は穴掘り専門となり、事務長が俺の掘った穴の分まで仕上げてくれた。
超絶美少女のメリアンちゃんと一緒にいる時も楽しいけれど、グラマラスボディの大人の女性である事務長と一緒に作業することも、本当に楽しかった。穴掘り作業だって疲れるどころか楽しくてたまらず、何だったら夜通し朝まで続けたっていいくらいに感じた。
それでも工房の人たちは、まだまだ作業があるので30個ほど落とし穴を作ったところでお開きとなった。
それらが終わってからメリアンちゃんと魔導士レルムとともに王様の謁見室へ行き、本日の戦績報告を行い王様の感謝の言葉で本日を締めくくった。
とりあえず本日の戦勝記念かどうかわからないが、夕食にはまだ温かい焼き立てのパンとポタージュスープに、焼いた鳥の骨付きもも肉がでた。
勿論メリアンちゃんとご一緒したのだが、メリアンちゃんがもも肉を見てじっとしているので、メリアンちゃんのもも肉はナプキンに包んで持ち帰ることにして、俺の分のもも肉を2人で食べようと提案し、楽しい夕食を終えた。妹思いのメリアンちゃんに、ますます惚れてしまう……。
メリアンちゃんは地方から出てきて城に仕えているので、家はここにはないらしい。どの道、城下町の人々は疎開してしまい、残っている結界を張るための僧兵と、連絡係の少女たち及び工房で作業する女性たちくらいで、城の中の寮のようなところで生活しているらしい。
両親が犠牲になってしまい幼い妹がいるメリアンちゃんは、特別に2段ベッドを1つ与えられ、その下段に妹を2人寝かせているらしい。本来は8人部屋に妹2人合わせて9名で暮らしているという事だった。
メリアンちゃんが俺との夕食を残して持っていきたがるのは、妹のためでもあるのだろうが、他の同室の連絡係の仲間のためでもあるのかもしれない……皆あまりいい食事環境とは言えないようだ。
翌朝……城門まで行くと、既に美人事務長は待機していて、手には数丁のボウガンを持っていた。
「5丁のボウガンが仕上がった。これで量産用の木型が出来上がったから、明日からは数をこなせるようになるだろう。ついでにあれも……出来たぞ……。」
事務長が振り返らずに右手の親指だけで示した後方には、新たな投石器が3台並んでいた。
こちらは台の底に小さな車輪をつけたものではなく、直径2m程の巨大な木製の車輪がついた移動式の投石機だ。セットの人が乗る脚立にも大きめの車輪がついている。
「あれは……どうするつもりだ?まさか……城の外へ出すのか?」
「はい……この城を守るだけでは魔王軍を追い返せません。でも……今日明日では……無理でしょうね。」
「そうか……最終的には国境まで追い返す必要性があるのだからな……よく考えておるな……さすが。」
事務長が笑顔を見せながら、褒めてくれた。ううむ……うれしい……俺なんかの案が採用されるどころか、喜ばれているなんて……正に夢のようだ。
「では……ボウガンを配布するぞ。工房の工員に渡すつもりでいたのだが、まずは武器を量産するのに忙しいからな。最初は連絡係に渡すことにした。これは……メリアン……」
「はい、ありがとうございます。」
「これは、サッサーでこっちはアーミナ……。」
「はいっ」「はい」
ボウガンはメリアンちゃんと、2人の連絡係に手渡された。
「1丁はあたしが持ち、残り1丁は兵士長に預けて来た。
いいか……これは人を簡単に殺せる強力な武器だ!絶対に人に向けるな!これを持ってふざけたりじゃれ合ったりは決してするな!後で大きく後悔するからな!くれぐれも肝に銘じておけよ!」
ボウガンと矢袋を配布した後、事務長が厳しく注意を発した。そうだ……これは明らかな武器なのだ。本来は俺たちのような子供が持つべきものではない……兵士としての教育も訓練も何も受けていないのだからな。
だが今は戦時下で、精鋭部隊は全滅して防衛用の兵士が残されるのみの緊急事態なのだ。
「えーと……どうやって使うのでしょうか?」
初めてボウガンを持ったメリアンちゃんが、俺の方を向いて尋ねて来た。
「うん……まずはこのベルトを腰に巻いて……ここにつま先をひっかけて……ベルトのフックを弦に引っ掛け……ゆっくりと立ちあがる。勢い良く立ち上がろうとすると、膝や腰を痛めたりするからゆっくりね。
立ち上がったら弦をボウガンの突起に引っ掛けてベルトのフックを外す……これで準備OK。」
ボウガンの先端を地面につけて立て、腰をかがめてメリアンちゃんの足をボウガンにセットし、ベルトのフックを弦に引っ掛けてやる。
「うーん……うーん……」
立ち上がれない……メリアンちゃんに両脇を体につけてしっかりと締めるように言ってから、両肘の下に俺の手のひらを添えて持ち上げ気味に一緒に立ち上がってやると……ようやくセット完了。
「出来た!ありがとうございます……では早速この先に矢を……。」
「ああっと……矢はセットしないほうがいい。間違って引き金に指がかかって発射してしまうと、周りの誰かが怪我するかもしれないでしょ?だから……撃つ時に矢をセットすればいい。」
矢袋から金属パイプを取り出そうとするメリアンちゃんを制止する。
いつの間にか周りに他の子も集まってきて、同じようにボウガンのセットを試していたが、やはりどの子も非力で、1人で弦を張るのは辛そうだ。2人で協力し合って弦を引くよう、説明しておいた。
女の子たちは連絡係であって兵士ではないものな……体を鍛える訓練だってしていないだろ。
「わかりました……通常は弦をセットするだけで、矢はつけないのですね?」
「今は戦時中だから、勤務時間中はいつでもセットだけしておく……余り長時間セットしたままだと、段々と弦の張りが弱くなって威力が弱まるから、休憩時間は一旦引き金を引いて解除する癖をつけたほうがいい。
それと……矢をつがえたままだと……こうやって先端を下向きにボウガンを担いでいると矢が落ちてしまうからね……だから尚更矢は撃つ瞬間にセットしたほうがいい。このボウガンは下向きには撃てないからね。
飛行術で城壁の上まで上がってくるって言っていただろ?そういった兵士に向けて発射するんだ。熱湯をかけるよりもこっちの方が遥に威力があるからね……」
ボウガンの注意点もレクチャーしておく。本物のボウガンは下を向けても矢が落ちない構造になっているのかもしれないが、俺発案のボウガンはそんな機能はついていない。実際、落下防止の仕組みをつけると抵抗となって威力が弱まるだろうし……下向き発射はしないで十分と思う。
柄杓で湯をかけるのは、城壁をよじ登ってくる相手には有効だろうが、飛び上がってくる相手ならボウガンの方がより威力があって確実だから、こちらを推奨だ。
「おおそうか……水平から上向きにしか打てないのだな?皆、注意しておくようにな!」
「はい……腰のあたりに構えて、気持ち少し上向きに発射するのがいいと思います。
下向きを狙いたいのなら……やはり弓矢を作るしかないですね。でも……こちらは訓練が必要です。」
「ほう……ゆみや……か……後で構造を図で書いて渡してくれ。」
「はあ……俺もあまり詳しくはないけど……記憶の限り書いてみます。」
確かオリンピックで銀メダルとった人とかいたな……あの時にアーチェリーが注目されて……照準器みたいなのがついているのだったよな……
「他にも知っている武器があれば……作ってみるぞ。」
「あとは……何だろう……投げナイフとかクナイとか……かな?まあでも……包丁とかあるんだからナイフだってあるだろうし……鉄砲とか作れればいいけど……俺には火薬の配合なんて分からないし……。」
城壁の上で投石器の照準指示を出しながらでも、色々と思い出してみよう……。
この日は……昨日よりも戦果ははっきりと表れた。
やはり昨日の投石器攻撃により上ばかり気にしていた魔王軍は、ことごとく落とし穴にはまり、進軍は遅々として進まなかった。火をつけた油壷の出番前に、弾幕のような火炎弾の連続放射が始まり、静寂が訪れた時には全軍撤退していた。また今日も、魔王軍を撃退できたのだった。
「ようし……じゃあ今日も落とし穴掘りだな?」
「はいっ、今日は投石器の射程範囲ぎりぎり向こうまで、落とし穴の範囲を広げましょう。
さらに、角ばかりではなく通りの途中にも掘ったほうが効果的です。穴があることが分かっていれば避ける方向を制限され、投石を避けにくくなりますからね。但し……くれぐれも自分たちが落ちないように、必ず自分たちだけは分かる目印を、お願いします。」
メリアンちゃん達は城壁の上に残ってもらい見張りを続け、俺と事務長は下へ降りて投石器を操作していた工房の女性たちとともに、城壁の外に出て穴掘りを開始する。今朝は工房の女性らとともに竹や笹を採取してきたので、在庫は十分だ。
魔王軍がはまった穴は死体がないか確認した後で、細い竹で編むように蓋をしてから藁を敷き、土を軽く被せておく。これで完全復活だ……また明日も役立ってくれるはず……。
投石器の着弾跡がある辻まで落とし穴を掘り進め、本日の作業は終了。メリアンちゃん達を誘って、足腰を鍛えるべく、取り敢えず柔軟体操後に腕立て腹筋とスクワットをそれぞれ20回ずつ行った。
工房の人たちはまだまだやることがあるといっていたが、俺が手伝える項目はもう無い筈なので、俺とメリアンちゃんは城に戻って俺の部屋で夕食とした。
「流石に2日も戦勝記念で……と言う訳にはいかなかったか……。」
「仕方がありませんよ……魔王軍は王都から追い返せてはいますが、まだまだ元気な兵士は何十万といて、戦争がいつ終わるか全く分からないのですからね……。」
本日の夕食は前々日まで同様、干し肉と乾パンと豆のスープに戻っていたが、干し肉の枚数が少し多いのと、乾パンにバターが一かけずつ添えられていた。まあこれでも、精いっぱいのねぎらいの報酬なのだろう……。
いつも通りにメリアンちゃんは、干し肉は全部と乾パン半分以上持ち帰ろうとするので、俺の分の干し肉半分と乾パンも少し分けてあげた。
「あと少し……あと少しの辛抱さ……。」
「何があと少し……なのですか?」
メリアンちゃんが食卓から目線を上げて、俺と目を合わせて尋ねて来た。ううむ……テーブル挟んでの至近距離だと、まつげが長くてくりりとした目がますますかわいい……な……ほんとに超絶美少女だ……。
「召喚魔法は一度唱えると、呪力がたまる迄数日は唱えられないと聞いたんだ。だから明日さえ耐え凌げば……若しくは明後日かな……遅くてもそれまでには、ちゃんとした大魔導士様が召喚されるはずさ。
そうなれば俺はお役御免で……大魔導士様が戦線の最前線に立って、魔王軍との戦いの指揮をしてくれるはずさ。それで魔王軍を完全に追い払うことができるはずだ。
俺は……それまでの数日間をどうやれば凌げるか考えて、工房にお願いして投石器や落とし穴を作ってもらった。ボウガンは台数が間に合わなかったけど……まあいいさ、何とかなりそうだろ?」
メリアンちゃんに俺が間違って召喚されたという事実と、次に大魔導士が召喚されるまでの期間、何とか戦う手段を考えて協力してもらっていたことを打ち明けておく。
彼女は俺が大魔導士だと勘違いしていたくらいだからな……。
「そうだったのですか……最初は大魔導士様だと紹介を受けたのに、文美雄様が大魔導士ではないと否定されて戸惑いました。でも工房では大魔導士様として振舞われて、色々と作戦指揮をとられてらっしゃいました。だから……やっぱり……文美雄様が大魔導士様だと、私は感じていましたけど?
恐らく事務長さん以下、工房の皆さんも、それに連絡係の女の子たちも全員がそう信じていると思いますよ。」
メリアンちゃんは真顔で、少し首をかしげながら応えた。
「いやあ……俺は大魔導士の器ではないよ……そもそも俺がいた世界では魔法なんて、存在してなかったしね。大丈夫さ……正式な大魔導士様がやって来れば、あっという間に戦況が変わって、魔王軍は国境のはるか向こうまで撤退していくさ。」
いくら持ち上げられたとしても、俺に出来ることは全てやりつくした感があるので、これ以上頼られても何もできそうもない。ぼろが出ないうちに大魔導士に交代してもらわねば……。
「文美雄様は……正式な大魔導士様が召喚されてきたならば、元の世界へお帰りになられるのですか?」
メリアンちゃんが、少し低いトーンで訪ねて来た。見るとメリアンちゃんの瞳が、何だかウルウルしているように感じられる……
「いやいやいや……そうではない……元の世界よりこっちの世界の方が遥に住みやすそうだし、お役御免で帰れと言われたら仕方がないけど、もし残ってもいいと言われたなら、俺は残りたいと思っているよ。」
即答する。確かに食糧事情は良く無さげだが……今は先の見えない戦時下であるからだろう。戦争さえ終われば改善するだろうし、何より俺はこの世界では、そこそこ役に立つことが分かった。だったら皆に無視され続けていた元の世界より、こっちの世界で暮らしたいに決まっている。少々心残りはあるが……まあいいさ。
何よりメリアンちゃんはじめ、美人事務長やその他の女の子たちもみなかわいいし……やっぱり絶対メリアンちゃんではあるが……まあ彼女は無理としても……誰か一人くらいは俺のこと認めてくれるもの好きがいるのではないか……なんて淡い希望を抱いてはいる。
だから……魔導士レルムが俺を元の世界へ召喚しなおすと言い出したなら、取り敢えず王さまに縋りついてでも、俺をこの世界で住まわせてくださいとお願いしてみるつもりだ。向こうだって数日間呪力を溜めてまで俺を戻すよりも、その分他の魔法に回したほうがいいと悟るだろう。
その願いが叶ったなら……そうして無事に魔王軍を追い払えたなら、速攻でメリアンちゃんに告白しようとも思っている。
「本当ですか?わぁーうれしいです。それでしたら、文美雄様が元の世界へ戻る様な手続きを始める前に、明日にでも王様に文美雄様がこの世界に留まれるよう、お願いしに行きませんか?」
先ほどまでしんみりとしていたふうなメリアンちゃんだったが、突然満面の笑みを見せて、俺の残留を希望するよう願いに行こうと言い出した。
「別にそんなすぐでなくても……。」
魔導士レルムに帰してやるぞ……と言われてからでも十分間に合う話だろう……。
「でも……思い立ったら吉日……とも言いますからね。すぐに行った方がいいと思いますよ。今なら戦績を上げられていますから、王さまだって残留に賛成してくださると思います。」
成程……確かに……大魔導士が正式召喚されて活躍してしまえば、俺がやったことなど微々たることで、功績にもならなくなってしまうかもな。残留交渉するなら今がいいという事か……。
「確かにそうだね……じゃあ明日の朝いちばんに、王様の所へ行こうか……今日は落とし穴掘りで遅くなったから、戦果報告をまだしていないから丁度いいね。」
「はいっ……ご一緒致します。」
メリアンちゃんが満面の笑みで応えてくれる。ううむ……そんなに俺の残留がうれしいのかな?もしかすると俺のことが……いやいやいや……メリアンちゃんが妹たちのために食事を持ち帰るのをサポートしている、優しい男……だからだろうな……。
利用してやろうなんて考えているはずはないだろうが、まあ優しくしてくれていて、悪い気はしていないはずだ。その気持ちに乗じて告白して……うまい事やろうなんて多少気が引けるな……ううむ……。