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12.帝王切開

12.帝王切開


 マーケットは高層建築にはせず、その代わりに敷地は住居ビル3棟分と大きくとって3階建てとし、より多くの商店が入居してくれるよう準備を進めている。


 既に基礎工事は終わり養生後、冬の到来を待たずにテープカットとなりそうだ。


 トロッコ列車運行で利便性が確保されつつあるためか、旧国境駅周辺の住居ビルにも入居者が多数来ているらしく、多くは元々この町に住んでいた農家の方々だが、それ以外にも商売目的で店を開こうとしている人も多いと聞いた。それもこれもスーパー堤防のマーケット建設計画で、王国内の物流が完備されつつあるからだろうと事務長が評価していた。


 今は装甲バスによる王都との人や物の行き来でしかないが、いずれは鉄道が開通して人やモノの移動が格段に高速に、しかも大量に運べるようになるのだ。スーパー堤防と王都との中間点にある旧国境の町は、当然ながら仕入れコストも安く大量の買い付けが可能で、多くの商売人が集まってくるだろうと予測していた。


 利便性が向上したせいかスーパー堤防住居ビルへの移住者も増加し、今では5万人を超える大きな街に成長しつつあり、住居ビルは2列目の拡張工事が進められている。いずれ数十万都市となる予定だ。



「そろそろかなあ?」

「はい……私は来月始めです。」

「わたしは来月中旬よ。」


 臨月を迎えサッサーもアーミナもお腹がパンパンに張り、今にも破裂しそうなくらいだ。歩くのもしんどそうな二人に代わって、ミーティアさんとスーメリアさんが、交代で家事をしてくれている。


 少しは動いたほうがいいそうで、なるべく住居ビルの周りを散歩したりはしているのだが、流石に腰を曲げたり屈んだりする家事はしんどそうで、掃除や洗濯も2人が変わってまかなってくれている。


 俺の嫁たちは皆仲が良く、助け合ってくれるので重婚もいいものだなあ……と感じていた。

 ところが数日後……


「何だって?逆子?」

 サッサーの出産を1ヶ月後に控え、定期健診から戻って来たアーミナから、心配な言葉を告げられた。


「はい……どうも少し前から逆子の傾向があると産婆さんから言われていたのですが、今になって逆子で生まれてきそうだと診断されました。すぐに治療師に頼んで赤ちゃんの位置を直そうとしてみましたが、うまくいかないようで……。」


 アーミナが大きなおなかをさすりながら、不安そうに涙ぐむ。


「どどっ……どうすればいいのですか?」

 すぐさま事務長へ向き直る。2人が帰ってきてどうにも様子がおかしいので、急遽家族会議を開いたのだ。


「あたしも出産に関してはそんなに詳しくはないが、妹から昔聞いた話では、回復系の僧兵か魔導士が、念を込めて腹の中の赤子の向きを変えるような術はあるようだ。レルムも何件かこなしたことはあると言っていたな。恐らく治療師の治療とは、そういった術を指すのではないだろうかな。」


「だだだったらレルムさんに急いで来て頂けば……レルムさんは特級魔導士ですから、念の力も格段に強いはずで……必ず治りますよね?」


「それがそうはいかぬようだぞ。ただ強い念……魔力だな……を送ればいいと言う訳ではない。余りに強すぎると他の内臓……大腸や小腸がねじれて母体を危険にさらすようだし、子宮が破壊される場合もあるようだ。だから状態を見ながらゆっくりと少しずつ動かすしかないようで、レルムだから大丈夫とは言えん。


 それよりも……経験だろうから、産婦人科の治療師に任せるのが一番いいはずだ。


 今年はベビーラッシュだからな、住居ビルにも王都から多くの産婆や治療師が招かれて対応している。任せておけば大丈夫なはずだ。」

 事務長はいつも通りに冷静に、適切と誰もが思える答えを導き出す。


 そう……俺の嫁以外にも、当たり前だが同時期に結婚して住居ビルに入居した他の兵士たち、2千数百世帯の新婚のうちの9割がたでおめでたとなっているのだ。大体同時期の秋口から来春までが出産のピークと見られている。その為、王都の産婆さんや治療師さんが駆けつけてきているのだ。


「そそっ……そうですか……じゃ……じゃあ……治療師さんにお願いして……。」

「はい……明日も来るように言われました。」


「そっ……そうか……心配だから、俺もついて行くよ……。」


 翌日はアーミナと一緒に産婦人科へ出向き、産婆さんや治療師の方から色々と話を聞いた。毎日少しずつ治療して向きを変えて行くぐらいしか方法はなさそうだ。逆子の場合は赤ん坊が死産となって生まれてくる場合もあるそうで、何とかその前に正常位置に治したい。


 あれ?そう言えば……


「なんだ?帝王……魔王の上の大魔王でも来るのか?」

 朝食の食卓で、事務長が怪訝そうな表情を見せる。


「いえ……魔王軍の話ではなく、逆子の手術の話です。帝王切開……どうやらどこかの国の言語で帝王と発音が似ているらしく、日本ではこう呼ばれていましたが、実際の帝王とは何の関係もないと聞きました。


 逆子という事で……後で思い出したのですが、そう言えば俺も逆子で……しかも母親が早くに産気づいたらしくて、自然分娩は危険という事で帝王切開という手術で生まれたそうなのです。


 それで……母さんが命がけの手術をして、お前が生まれて来たんだって、幼い時はずいぶんと言われました。母さんのおなかには、その時の手術の跡が残っていましたからね。


 お腹を切って中の赤ん坊を取り出して、また縫い合わせるという手術だと思うのですが、この世界では魔法か何かでお腹の中の赤ん坊を取り出す……なんていうのはないのでしょうか?」

 魔法至上主義の世界……こんな魔法があったっていいのではないかと思う。


「ふうむ……魔法でお腹の赤ん坊を取り出す……ないだろうな……そんなものがあれば、自然分娩などせずに、常にその魔法で出産しているはずだろ?そうではないから母親は苦しい思いをして出産しているのだ。」


「はあ……そうですか……やっぱりな……魔法で何とか赤ん坊の位置を直そうとしていると聞いて、もしそんな魔法があれば、位置を直そうとはしないだろうなあとは感じていたのですが、念のため……。」

 やはりだめか……何でもかんでも魔法に置き換えることができるわけではないのだ。


「だが……その帝王何とか見たいなことは聞いたことはあるぞ。」

「ええっ?」


「エルムグリムの北方の山脈には小さな部落が点在しているのだが、そこは辺地だからな、産婆もいないし治療師なんていない、回復系の僧侶が1人いるだけらしい。そこでは逆子だとほぼ死んでしまうらしいし、場合によっては母体迄危険な状況もあるようだ。


 だから……古くから秘術として、母体を割いて赤子を取り出すと聞いたことがある。割いた腹は傷を治す時同様、接合術を用いて後は回復魔法を施すのだな。だが……生存率は低く、50%程度と聞いたな……。


 今からでは間に合わないぞ……伝令バトを使ったとしても、向こうに連絡が届くのは恐らく3日後。向こうからの返信が届くのにさらに3日。了解してもらえたとしても回復系の僧侶はたった一人だけらしいから、代わりのものを送らなければならないし、僧侶の移動と引継ぎを考慮するとそこからさらに2週間はかかる。


 それでようやく山から下りてくるのだからな……更に10日くらいはゆうにかかるだろうな……出産予定までもう1ヶ月もない筈だろ?」


 なんと……この世界にも帝王切開手術のようなことは、行われているようだ。だが……生存率は低いし、そもそも出産に間に合いそうもない……。


「わかりました……そうですか。取り敢えずアーミナとは毎日産婦人科へ通って、逆子を直すよう努力してみます。サッサーも予定日は近いですが、まだ産気づいてはいないようで……。」

 取り敢えず臨月の2人と、産婦人科通いを続けるつもりだ。気になって駅長業務にも身が入りそうもない。



「おぎゃーっ!おぎゃーっ!」

「無事生まれましたよ……男の子です。」


 不安な1ヶ月間を過ごしたのだが、サッサーに続いて5日遅れでアーミナも無事、元気な赤ちゃんを産んでくれた。サッサーは3654gの女の子で、アーミナは男の子3570gと、どちらもこの世界では大きな赤ん坊らしい……母子ともに健康……という事だ。


 生まれてすぐの皴皴の赤ん坊を抱かされ、女の子でこれはかわいそうと思っていたら、日が経つにつれてつるんつるんの柔らかな肌になってほっと一安心。


 どちらも髪の毛の色は黒だが、まあ母親が美女だから、かわいい子に育つと信じている。どっちも母親似であってくれ……と切に願う。


 他にも続々と出産ラッシュで、産婦人科は大忙しの様子だ。



「北方の山脈へ行きたい?ああ……秘伝の開腹術とやらを、一般に取り入れようと考えているのか?だが……開腹手術をしても生存率が50%では、治療で治せないほどの逆子の出産の場合とさほど変わらんぞ。敢えて危険を冒して母体の腹を割く必要性があるのか?」


 二人の妻の出産が無事終わり、一ヶ月ほどして落ち着いたころ、帝王切開を実施しているという部落に興味があるので、そこを尋ねたいと事務長にお願いした。


 王国内の本番用の線路も既に本街道脇を王都手前まで来ていて、これから大きく迂回して王城の南側を通ってからもう一度中央へ迂回しなおし、本街道脇を通す計画だ。


 本当は直線が良かったのだが、王城の位置をずらすわけにもいかず、だったら本街道と迂回街道の中間点を通す案が浮上したのだが、本街道に沿って栄えた街道街も再開発中であるため、そこを通さないわけにはいかなくなったのだ。その為、王都の前後で線路は大きく迂回して王都を避けて通すことになった。


 そこを走る蒸気機関車も、ほぼ完成して試運転中であることから、事務長の手は空いているはずである。


「はあ……その低い生存率の話ですが……恐らくウイルスや菌の感染による原因で、手術の不具合ではないのだろうと俺は考えています。


 ウイルスや菌というのは目に見えない大きさのもので、普通に空気中を漂っています。普段は体内に入っても治癒力で問題ありませんが、体力が落ちている時は体が負けて体内で増殖する可能性があります。


 なんせこの世界では治癒魔法と回復魔法なんてものがあって、炎系魔法で火傷を負っても治癒魔法である程度皮膚を修復してから、回復魔法で疲弊した体力を補う……といったやり方ですからね。


 刃物で切ったときは、接合魔法で傷口を塞いでから回復魔法……ですよね?これまでは戦争と言えば魔法攻撃でしたから、刃物で切られた傷の治療が苦手なのは分かりますが、それだけではだめです。


 傷口からばい菌が入ると、そこから化膿して悪化することがあるのです。それを直すには抗生物質……とか言う特別な薬が必要だったはずですが、まずは消毒の徹底だけでも効果があると思っています。」


「消毒?」


「はい……そうです。


 俺が思いつく消毒と言えばアルコール消毒ぐらいですが、アルコールと言えばお酒……です。この世界でも蒸留酒と言って、アルコール度数の高いお酒もありますが、もっと高いアルコールにしたくて、醸造所に知り合いがいるというハッカクさんに頼んで、蒸留の際に最初の半分くらいでやめてもらってみました。


 俺の知識ではアルコールは確か低い温度で蒸発したはずなので、蒸留の最初にあらかた飛んでいくのではないかと考えたのです。勿論一番アルコール度数の高いお酒をもう一度蒸留して、しかも半分だけでやめた時の蒸留分を手に付けてみたら、すぐに冷っとしてなくなりました。多分かなりアルコール度数は高いはずです。


 アルコール度数を高めれば、かなりの種類の菌やウイルスを死滅させることができるはずです。」


「ほお……アルコール……とは酒の成分だな?」


「樽に詰めるかと聞かれましたが、勿論詰めずにすぐにガラス瓶につめて送ってもらいました。醸造所なので少しの量……と言う訳にはいかず、ひと樽分蒸留しましたが、そこそこの量のアルコールが出来ました。


 おかげで俺の小遣いの半年分くらいつぎ込みましたが、まあ仕方ありません。


 このアルコールを使って、開腹術を行うという部屋を隅々まできれいに拭いて、更に刃物等の手術道具は必ず毎回熱湯消毒をします。術者や助手はマスクをして、服は洗濯したばかりのきれいな下着の上に、蜘蛛の糸で編んだ手術着を着ていただきます。蜘蛛の糸の繊維は絡みにくく、埃などが付きにくいからです。


 恐らくそこでは普通に手を汲んで来た井戸水で洗って、手術道具もそうなんじゃないかと思っています。それだけでも見た目はきれいに見えますからね……ですが……

 これを見てください……ゼラチンを固めて培地としたものです。」


 ゼラチンを熱湯消毒を念入りに行った陶器の容器に入れて固めたものを見せる。


 昔科学番組で菌を増殖して見せる実験をやっていたのを見た記憶がある。その時は確か寒天を使っていたと思うのだが、海のない時代が長かったこの国では寒天はない。だがゼリー菓子はあるようで、俺はチョコレート以外は甘い菓子はあまり食べないのだが、見た記憶はあって売店で探したところゼラチンは売っていた。


「培地?」


「はい……菌やウイルスを育てる農地のようなものです。普段は目に見えない大きさの菌でも、増殖して数を増やせば目に見えるようになります。菌一つ一つは目に見えませんが、数が増えればその集団の様子は目に見えるのです。


 今見せたのはゼラチンを容器に移して固め、熱湯消毒したガラス棒を数回擦りつけてから蓋をしたものです。


 そうしてこれが……この工房の事務長の机の上を熱湯消毒したガラス棒で数回擦って、そのガラス棒をゼラチンの上にこすりつけたのです。どちらも果樹園の温室の温かい場所に3日ほど置いておきました。


 何もしていないガラス棒の方は変化がないですが、机をこすったほうのゼラチンは……」


 完全に容器を覆って空気が入らないように蓋をしたにもかかわらず、ガラス棒をこすりつけたほうのゼラチンでは、斜めに数回上下に擦りつけた跡が具現化し、そこに白っぽくて丸い円がいくつも出来ていた。


「更に今度は一旦事務長の机をこのアルコールで念入りに拭いてから……熱湯消毒したガラス棒で数回擦ってからゼラチンに同様にこすりつけてみました。すると、アルコールで拭いた後の方では、ほんの少しだけ……擦った後にごくわずかな白い点が出来ただけです。


 つまり……完ぺきではありませんが、このアルコール消毒で90%以上は除菌できると俺は考えています。」


 消毒していない容器と、した後の容器では、ガラス棒をこすりつけた跡の菌の増殖に明らかな違いが見える。見た感じでは百倍か2百倍くらいは、菌の増殖が違って見えるのだ。


「こんなことは多分手紙で伝えても信じてもらえないでしょう……だから直接アルコールと手術着を持っていって、説得して見たいのです。お願いします。」


 北方の部落とやらの開腹手術の話を聞いたときの、俺の抱いたイメージに対する解決策を説明する。おできを切り取ったり、傷口を縫ったりするやり方は、日本でも結構な昔からやられていたようだが、案外成功率は高くはなかったと聞いたことがある。


 特に戦場……刀傷は浅くても傷口が化膿して熱が出て、しまいには腕を斬り落としたり足を斬り落としたりしなければならなくなったり、命さえ落とす場合もあったようだ。


 それらは全てばい菌が原因で、傷口をきれいに洗いたいのだが清浄な水など戦場のどこにもない。傷口から血が出てくるのは、そういったばい菌類を流しだす目的もあるのだろうと考えているくらいだ。だが……流れ出す血だけでは傷口を清浄するには足りない……深い刀傷では出血の血だけでは勢いも量も足りていない。


 その上そのままにしておくと出血多量となるので、すぐに止血しなければならない。かといって生の井戸水や川の水などでは清められないし、沸かしてから冷ましていては間に合わない。


 致命傷を与えるために、わざと刀や槍先に泥水をつけたりしていたようだから、ばい菌による感染症という効果は当時から理解していたと俺は思っている。


 半年分の小遣いは痛かったが、まあ……そんなに使い道がこの世界ではあるわけでもないし……奥さん沢山いてもお互い仕事で忙しくて、たまにデート……なんて夢のまた夢だからな……。


「ふうむ……確かに住居ビルの水は念入りに濾した後、生物毒に対する強力な解毒魔法をかけているからな……それも文美雄の指示で……夏場によくある水当たりや食当たりなど……この夏は全く発生しなかったようだ。


 特に入居したばかりのころは、その地の水に慣れていないから発生しやすいのだが、新規入居者からの苦情もなかったな……水も見た目きれいだからと言ってはいられないのか……。


 分かった……環境に気を配ることで助かる命があるのであれば助けたいな……一緒に北方山脈へ出向くとしよう。うまく手術の手順が学べるといいな……レルムにも頼んで、王都の優秀な産婆や治療師も連れて行けるよう手配してみるか……こっちはこっちで選抜するとしよう。


 それで……申し訳ないがこの机全体をアルコールで、もう一度拭いてくれるか?」


 事務長がそれまで乗せていた両手を下げ、机の上をアルコール消毒するよう願う。ううむ……薬が効きすぎたかな?まあいいさ……取り敢えず拭いてあげる。


 事務長は了解してくれ、すぐさま出発することとなった。急がないと冬場近くになると、北方山脈の部落は雪に閉ざされてしまうようなのだ。


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