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60. そして世界は平和になった

 



 あの後、熱烈な口づけをし続ける俺達にとうとうメモリーが耐えかねて闇の王の体から出てきた。それと同時に闇の王の体は元の美しい男の姿に戻った。メモリーが体に入って来たことで力を暴走させていただけだったので彼女が出て行きさえすればすぐにことは収まった。

 黒い雲は晴れ、花畑に明るい日差しが差し込む。黒い水溜りも消え、えぐれた地面に花が咲く。


 心底疲弊した様子のメモリーを座らせ、俺は彼女の顔を覗き込んだ。


「…………」

「メモリー? 言いたいことは?」

「……ごめんなさい」


 ばつが悪そうに視線を揺らしてからメモリーは言った。


「……よし!」


 彼女の頭を撫でてそう言うとシカバが異論の声を上げる。


「えー! そんな簡単に許しちゃうんすか!?」

「許すも何もなあ。こいつだって悪気があったわけじゃねえし。メモリーは俺の幸せを願ってくれていたんだろ?」

「……はい」

「元はと言えばメモリーが世界に干渉したのがいけないんじゃないっすか!? なのに編集作業が面倒だからって美世子さんを利用しようとしたっすよ!?」

「でも、こいつが干渉しなかったら俺と美世子も出会えていなかったしよ」

「そうです。私が貴方達二人を引き合わせたようなものです。感謝して下さい」

「開き直ったっす!」


 噛みつくシカバを落ち着かせて俺はメモリーに尋ねた。


「そんなに編集作業って面倒くさいのか?」

「はい。物凄く。とてもとても大変なのです。世界の観測が疎かになってしまう程です」

「闇の王が倒されればそれが楽になるのか?」

「はい」

「なら、倒したことにしろよ」

「はい?」

「闇の王の顔を知ってる奴なんてここにいる連中と、あとはトライバルとブラン婆さんくらいだろ」

「世界に嘘をつくのですか」

「そもそも美世子が闇の王って誰が決めた? 勝手に呼び出しただけだろうが。そんなのただの虚像だ。闇の王は倒されて、俺の嫁の美世子として生まれ変わる。それでいいだろ?」

「……」

「それに俺達が闇の王を倒したってのは嘘じゃない。殺してはいないけど倒しはした」

「屁理屈ですね」

「そういう性分なんだ」


 メモリーは大きくため息を吐いてから薄く笑った。


「もう諦めますよ。腹を括って編集作業に勤しみます。ただし、貴方達の観測は止めませんから」

「もっと過激なの見せてやるよ」

「それは遠慮しておきます」


 一陣の風が吹き、メモリーの姿が消えた。


「消えちゃったっす」

「俺達も帰るか」


 歩き出そうとすると美世子が俺の手を掴んだ。


「どうした?」

「指輪」


 美世子がはにかみながら俺の左手薬指に花で作った指輪をはめた。


「…………あーーー!!! 指輪!!!」


 美世子はびくりと肩を震わせた。その肩を掴み、俺は唸るような声を上げた。


「プロポーズ、やり直させてくれ……」

「へ?」

「指輪、用意してあるんだ。こっちの世界に持って来てる?感じのいいレストランもリサーチ済みだ。だからもう一回、ロマンチックな感じで……」

「そんなのいいよ。こうちゃんのプロポーズ、充分ロマンチックだったよ。それに指輪は……今の私の指には入らないよ」

「あがっ! た、確かに……」

「だから、それはこうちゃんが持ってて。こっちの世界では私が男なんだから私が用意するよ」

「いや、男とか女とか関係ねえ! 俺が用意したいから俺が用意する! それに指輪は美世子の為に用意したものだ。お前に持っていて欲しい」

「こうちゃん……」


 じっと見つめ合う俺達の肩をエペが軽く叩いた。


「はいはい。いちゃいちゃするのはそこまでにして! 帰りましょ!」



 ***



 ジンノの恋人が闇の王と知ったときは大丈夫なのかと内心心配していたが、二人並ぶ姿はどこからどう見てもお似合いのカップルだ。


「よかったわね」

「ん?」

「あの二人」

「そうだな」


 ムスリクは苦虫を噛み潰したような笑みを浮かべた。


「……飲むなら、朝まで付き合うわよ?」

「ああ、頼むよ」


 力ないムスリクの背中をばしばしと叩いた。


「吐くまで飲むわよ!」

「ははっ、それは勘弁してくれ」





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