55. 変わりゆく世界
闇の王はずっと目覚める機会を窺っていたのだ。そして大臣トライバルの弱い心につけ込み、復活を果たした。
私は闇の王を倒す為に勇者セイヴに呼び出された女神。
「ジンノ様」
「大丈夫。すぐに行きます」
「無理をしないで下さい」
勇者の仲間、強靭な肉体を持つ戦士ムスリク。彼が心配そうに私を見つめる。
「そんなこと……あっ」
急いで立ち上がろうとしてよろけてしまった。私の体を彼が受け止める。
「気をつけて下さい」
「ごめんなさい……」
気まずい沈黙が流れる。あれ? 私、彼とこんな気まずい関係だったかしら。もっと彼は話しやすい気さくな人ではなかったかしら。
「女神様、闇の王の居場所がわかりました」
「何処ですか?」
「西にある花の都です」
「花……」
「はい。ただ、都を襲うことはなく、闇の王は、ただそこに居るだけです。ですがいつ都を襲うかわからない。一刻も早く討伐に向かわねばなりません」
「……はい。行きましょう」
***
「あれー? こんなところにクマちゃんがいる」
「ん?」
シガバが気がつくと目の前に逆さまの少女がいた。いや、逆さまなのは自分だ。シカバのの足を摘んで少女が持ち上げていたのだ。
「ここは……」
「クマちゃんお喋りできるの?」
「当たり前っす……」
「わー! 凄ーい!」
「……お嬢ちゃん、それより下ろして欲しいっす」
「うん」
素直に地面に下ろしてくれたことにほっとした。辺りを見渡すと、城が崩壊し、人々が倒れている。だが、ほとんどの人が軽傷の様だ。彼らは自分と同じ様に肉塊の一部になっていた人達だろうと予想出来た。
「コーイチ達、どこ行ったっすか……」
「コーイチ?」
「光の女神様っす。って、これ秘密だったっす! 忘れてくれっす!」
慌てて口を押さえると少女はにっこりと笑った。
「女神様、知ってるよ」
「え!? 本当っすか!?」
「うん。みんな女神様に治して貰ったんだもん」
「コーイチが……。それで、その女神様はどこに行ったっすか?」
「闇の王を倒しにもう行っちゃったよ」
「ええ!?」
闇の王は美世子だとコーイチは知っているはずだ。なのに倒しに行くとはどう言うことだ。
「そんなはずないっす」
「でも、闇の王のせいでお城も崩れちゃったんだよ?」
「いや、この城は……」
可笑しい。何かが可笑しい。世界が可笑しなことになっている。
「兎に角、コーイチ達に合流するっす!」
駆け出そうとしたところを少女に抱き上げられてしまい、身動きが取れなくなった。
「は、離せっすー!」
「ダメだよ。クマちゃんはお姫様にプレゼントするんだから」
「お、お姫様?」
「そうだよ。なんだか元気が無いみたいだから」
少女が歩いて行った先、オネット姫は中庭の木にもたれ掛かっていた。
「オネット様、プレゼントを持ってきたよ」
「……ふふ、ありがとうございます」
汚れたクマのぬいぐるみを少女から受け取るとオネットは力なく微笑んだ。少女は満足気に笑って走り去ってしまった。
「お久しぶりですね。クマさん」
「久しぶりっす。無事だったっすね」
「はい。突然影が城を襲って……隠れていたところをセイヴ様達が救って下さいました。その後私は気を失ってしまったのですが、その……目が覚めてからセイヴ様達の様子が……変な気がして……」
「ど、どこら辺がっすか!?」
「……私……セイヴ様とジンノ様はとても仲が良かったと思っていたのですが、何だか今は他人行儀になっている気がしましたの」
やはり何かが可笑しい。
「姫様、俺、コーイチ達を追いたいっす」
「しかし彼らは随分前に出発してしまいましたわ。クマさんが追うには……」
「大丈夫っす」
「へ?」
「カアちゃーーーん!!!」
腹の底から目一杯叫んだ。
「呼んダ?」
木の陰からひょっこりとカーマインが顔を出した。
「そこに居たっすか!?」
「うん。セイヴに姫様を守る様言われちゃったからネ。うわっ。トロイ様、すっごい泥だらけだネ」
「大冒険をしてたっすから。それよりカアちゃん、早くコーイチ達を追うっす!」
「どしたノ?」
「このままだとコーイチが闇の王を倒しちゃうっす!」
「それって良いことじゃないノ?」
「全然良くないっす!!」
シカバの必死の形相にカーマインはたじろいだ。
「わ、わかったヨ。わかったから落ち着いてヨ。トロイ様」
「落ち着いてられないっす!!」
「トロイ様?」
二人ははっと顔を見合わせてからゆっくりとオネットに視線を向けた。
「その女性はドラゴンでしたわね……それにトロイ様って……」
オネットがまじまじと彼の顔を見つめる。
「こうなったら言うしかないっす! その通りっす! 俺がドラガーナの王子、トロイっす!!」
いたたまれなくなったシカバことトロイ王子は胸を張ってそう宣言した。
「そ、そうだったのですね!」
「今はちょっとした事情でこんな姿っすけど、全部終わったらちゃんと姫様に挨拶に来るっす!」
「は、はい」
「と言うことで、ちょっと行ってくるっす! カアちゃん、ドラゴンに変身するっす!」
「うん。でも、姫様一人でダイジョーブ?」
「私のことは気になさらないで下さい。城の兵達も居ますから」
「じゃあ行ってくるっす!」
カーマインが渋々とした様子でシカバを背に空に舞い上がった。だが空に舞い上がっても彼女は仕切りに城の方を気にしてちらちらと見やっている。
「どうしたっすか?」
「だって、姫様……自分の父親に殺されるかもしれないって……」
「…………あーーー!!!」
「ちょ、何?いきなり大声出さないでヨ」
「やあばいっす!! 王様、姫様のこと殺そうとしてたっす!」
シカバは自分が得体の知れない肉塊の化物の一部になっていたことを覚えていた。そこで王の意識に触れ、一族を滅ぼしたいという願いを知った。
自分や城の住人が無事だったということは王もまた無事だということだ。ならば、王は化物の力を使わずともオネットを殺そうとするかもしれない。
「カアちゃん! 戻るっす!」
「うん! 了解だヨ!」
踵を返して城へと戻った。二人がオネットの姿を捉えたとき、まさに王が背後でナイフを振り上げていた。
このままでは間に合わない。
「カアちゃん!」
「うん!」
すぐ様カーマインは背中に乗っているシカバの体を掴むと丸めて圧縮してオネットに向かって投げた。
「姫えええええええ!!!!!」
シカバの声にオネットが振り向く。
「え」
背後に迫る王の姿に彼女は動きを止めた。ナイフが振り下ろされる。
ドラゴンの放った豪速球が、二人の間に割って入った。振り下ろされたナイフは柔らかなぬいぐるみの体を引き裂き、中から綿が飛び出す。
「うぐっ」
「クマさっ、トロイ様!」
倒れたシカバの身体をオネットが抱き上げた。
「姫様、無事で良かったっす……」
「トロイ様! しっかりなさって下さい! ああ、なんてこと」
追ってきたカーマインが項垂れる姫を襲おうとする王の体を前足で押さえつけた。
「あっぶないなア」
「お父様……」
「こ、殺、殺……」
「この人、どうするノ? 離したらまた姫様を襲うヨ?」
「殺さなくては……殺さなくては……」
王の目は血走っていて、とても正気には見えない。
「やはり、お父様は私のことを殺そうとしていたのですね」
「お前を殺して……私も、死ぬ」
「……ふざけるな」
地を這う様な声だった。
「トロイ様?」
腹にナイフを刺したクマのぬいぐるみがゆらりと押さえつけられている王の元に歩み寄った。
「自分の子供を殺そうとする親がいるか。貴方はこの娘の父親だろ」
男の顔の横にシカバは腹に刺さっていたナイフを突き立てた。
「……望んだ子では、ない。……私は、間違えたのだ。あの呪われた父上の血を遺すべきではなかった。……絶やさねば、ならなかった」
「呪われた血なんてない。そんなものは貴方が創り出したまやかしだ。まやかしに囚われ、本当に貴方は自分の娘と向き合ったことがあったか?」
「私は、私は……我が国の為に……」
「少なくとも貴方は王としてこれまでやってきた。そんな貴方の血が呪われていると、俺は思わない」
「呪われているんだ。父は、女神を殺したから。女神モークシャの、呪いなんだ……」
「モークシャ様は、お優しい方だ。人を呪ったりなんかしない」
シカバの故郷ドラガーナにも女神がいる。彼女は人に興味なさそうに見えてその実心優しい女性だった。彼女の片割れであるモークシャ。彼女に実際に会ったことはないが、彼女は光の女神であるコーイチと同じ魂を持つ。口は悪いが心根は優しいコーイチ。長らく一緒にいたのだ。よくわかっている。彼女と同じ魂を持っていた女神モークシャが人を呪うものか。
「嘘だ」
「彼女が貴方達一族を呪って死んだのなら、彼女の生まれ変わりであるコーイチはオネット様と友達になったりなんてしない。でも、コーイチはオネット様のことを好きだと言った。友達になろう言った。呪いなんてない。貴方は自分の境遇を女神の呪いのせいにしているだけだ」
この人が何を思い何をして来たかなんてわからない。だが、自分の娘を殺すなんて間違っている。彼女は何も殺される様なことをしていないのに。女神の呪いだなんて虚空の産物だ。
「お父様……。私は、死にたくありません」
「オネット……」
「私、お友達が出来ましたわ。皆さんと一緒に、生きたいのです。お父様とも、一緒に生きたいのです。今まで、お父様と向き合わなくてごめんなさい。お父様が何を思っているのか、考えていなくてごめんなさい。お父様、私達きっとやり直せますわ。だからお願いです。ご自身の罪と、向き合って下さい」
「私は……人を殺し過ぎた。もう、戻れない」
王は地面に伏した体の力を抜いた。
「オネット……お前は……私とは違うのだな」
「お父様……」
「赤き竜よ。離してくれ」
カーマインはシカバの顔を見て、どうしようかと目で訴えた。彼がゆっくり頷くと王を押さえつけていた前足をのそりと外した。
「これより、私は退位する。お前ならば、良い王になれるだろう」
地面に突き刺さったナイフを抜き、オーフェン王、いや前王は人混みの中に消えて行った。
「お父様……」
小さく呟いてオネットは俯いてしまった。
「オネット様」
シカバがオネットのスカートの裾を握って下から顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですわ!」
突然オネットが叫んだ。
「わっ!」
「大丈夫です! 私、大丈夫ですわ!」
「本当っすか?」
「はい! 私、この国を守らなくてはいけませんから。大丈夫ということにしておいて下さい」
力なく微笑む少女の手を柔らかいクマのぬいぐるみの手が包み込む。
「俺も一緒っす」
「……はい。ありがとうございます。トロイ様」




