52. 地下の民
「呪われた血は、絶やさなければ……」
ぶつぶつと呟いて男は城の地下深くへ続く長い階段を降りて行く。シカバは男の背に張り付いて男の言葉に耳を傾けるが、先程から溢れる言葉はまるで呪詛だ。
「王様」
呼び掛けてみるが、彼の耳には届いていない。
彼が何処に行こうとしているのかもわからない。ただ、ブラン婆さんの地下室なんて比べ物にならない程の深淵に繋がっているような気がした。
「うう……こんなときコーイチがいたら軽口言い合えるんすけど」
生憎、王について来たのは彼一人だけ。一人でついて来たところで何も出来ないかもしれない。だが、体が勝手に動いたのだ。王を一人で行かせてはならないと。
長くて深い階段の先には巨大な空洞があった。そこの中央には美しいエメラルドグリーンの巨大な泉。城の地下にこんなところがあるとは。
城の地下に人が集められているのだから、行き着く先には人が居るものかと思っていた。だが、そこには人っ子一人いない。人の声も聞こえない。
「みんな何処に行ったっすか」
メモリーの言っていたことが間違っていたのか。ならば、城の人達は一体何処に行ってしまったと言うのだ。
「殺せ、一族を、殺せ……一族を、滅ぼそう……」
王はふらふらと泉に近づいて行く。
「王様?」
そして、王はその身を泉に投げ入れた。シカバは逃げる間もなく一緒に泉に沈んでいく。
ぬいぐるみの体が水を吸って重くなるのを感じた。ぬいぐるみの自分は息をしなくても平気だが、王は違う。彼はこのままでは死んでしまう。
引っ張り上げようともがくがぬいぐるみの体では痩せ細っているとはいえ、大人の男を連れて浮上することは叶わない。
底の見えない泉に沈んで行く。
どうすればいい。パニックになりそうな頭を必死に落ち着かせようとする。だが、何も思い浮かばない。ただただ恐怖だけが心を占める。
そのとき、きらりと光るものが見えた。よくよく見ると、それは目玉だった。閉じていた目蓋を開けたのだ。巨大な目玉が泉の底でぎょろぎょろと動いている。
そして、目玉がシカバ達を捉えた。
目を細め、ほくそ笑んでいる様だった。それは、凄い速さでシカバ達に近づいて来た。
泉の底がそのまま持ち上がって来たのだと錯覚した。それほど、それの体は大きかった。それには形というものがない。言うなればただの肉片。その赤黒い体は全身黒い斑点に覆われている。恐ろしいことに黒い斑点一つ一つが人の顔の様にも見えた。
もしもぬいぐるみの体でなければ吐き気を抑えることが出来なかった、とシカバは思った。
それは口なのか何なのかわからないものを開いた。歯が生えているわけではない、ただの穴にも見えた。
そしてそれで彼らを一飲みにすると、そのまま水上に飛び出して行った。