45. ハッピーエンド
「ああ、そんな……ム、ムスリク……嘘だろ」
血溜まりの中に横たわる首の無い狼の死体。俺は転がるムスリクの頭部を抱き締めて泣いた。
「ムスリク……ごめん……俺が何も出来ないばっかりに……」
エペは静かに死体を見下ろしていた。
「動きは止めたわ」
「ありがとうございます」
ムスリクの死体にメモリーが駆け寄った。
「何をする気だ?」
「彼を元の姿に戻します。それが望みでしょ?」
「でも、ムスリクは死んだ」
「彼の死んだ現実、魔物化した現実、全て切り取ります」
彼女が首の無い死体に触れると、死体に靄のようなものが掛かって見えなくなった。俺の腕の中の頭部も同様に見えなくなる。
ばちんと音がして目の前の死体が消えた。
「え!?」
「う……」
気がつくと俺の腕の中のムスリクの頭は人間に戻っていた。ちゃんと体もついている。
「ムスリク!?」
「……ジンノ?」
「ああ! 俺だ! よかった!」
思わず彼の頭を抱き締めた。
「うっ、苦しい……」
「うるせえ、心配かけやがって」
「何があったんだ……俺は、トライバルを倒しに向かって……そこから記憶がない……」
「彼のこれまでの時間を切り取りましたから、彼は自分が何をしたかなんて覚えていません。何をされたかもね」
「いいんだ。ムスリク……お前が戻って来てくれたんだから」
「俺は……何をしていたんだ? ここは、城だよな。何故ここに」
混乱しているムスリクに彼が魔物化してしまったこと、それをどうにかする為に行動していたこと、トライバルが城に攻め入って来たことを説明した。
「そうか……俺は失敗したのか。すまない」
「謝るなよ。お前が俺達のこと考えてくれていたのはわかってる」
「ジンノ、ありがとう。それからエペも」
「謝るのは私の方よ。貴方の首落としちゃったし」
「いや、君が止めてくれなかったら俺はジンノを殺していた。ありがとう」
久しぶりに三人で笑い合った。
すると、窓から部屋に光が射し込んできた。
「影が……消えた?」
窓の外を見ると、上空の暗雲はいつの間にか消え去り、青空が広がっている。
「トライバルが打ち倒され、闇の王も消滅しました。世界に平和が戻って来ます」
嬉しそうにメモリーは微笑んだ。
「は? 今、なんて言った……?」
「世界に平和が戻ります」
「違う! 闇の王が消滅したってどういうことだ!?」
「彼はトライバルを倒し、自らの意思で消えました。平和な世界で貴女はこれまで通り仲間と暮らしていけるのです。貴女は恋人が死んだと思ったとき、仲間の為に生きようと考えていたでしょう? これから先の未来も同じですよ。大丈夫、貴女は幸せになれます」
「なれるか!!」
思わず怒鳴ってしまった。が、メモリーは「はて?」と首を傾げた。
「何故ですか? 居なくなってしまったことを嘆くよりも、犠牲を忘れずに強く生きて行く方が、物語として美しい終わりだと思うのですが」
「美しい終わりなんかあるかよ。どういつことだよ! 俺の物語はまだまだこれから何だよ!」
メモリーに掴みかかろうとする俺をムスリクが止めた。
「ジンノ」
「ムスリク……」
「貴女はこの世界を認めないのですか? ムスリクが元の姿に戻り、世界に平和が戻る世界を」
「俺は……」
メモリーが言う通り、今この瞬間、トライバルと闇の王という世界の脅威は消え去った。世界にとっては良い方向へと向かっているのだろう。でも、
「ジンノ。闇の王は、君の何だ?」
「世界で一番大切な……俺の恋人だ」
乾いた唇を噛んだ。折角生きていることがわかったのに、思いを伝えることもなく今度は本当に居なくなってしまった。悔しくて俯いていると、ムスリクの手が優しく頭に置かれた。
「そうか」
見上げるとムスリクはいつもの優しげな笑みを浮かべている。
「メモリー、君は今を切り取れるんだろう。この世界全体の今を切り取ることも出来るのか?」
「はい。勿論です」
「闇の王が消滅する前まで、今を切り取ってくれないか?」
「それは出来ますが……貴方の今を切り取ったという今も切り取ることになります。人間の状態の貴方が城に突入する前に居ては、世界の矛盾が大きくなりすぎる。貴方はまた魔物化した状態に戻ることになりますよ。彼女達がこの城のこの部屋にやって来ることで貴方は人間に戻れました。彼女が真っ先に闇の王の元へ向かえば、貴方はそこに倒れているこの国の王を食い殺してしまうでしょうね」
「どうせ、死ぬ気でトライバルを討つ気だったんだ。エペ、俺が王を食い殺したら迷わず殺せ。一回殺しているんだ。出来るだろ?」
「ムスリク!」
「ジンノ、君は闇の王の元へ向かえ。俺の元へは来るな。君は君の大切なものの為に動くんだ」
ムスリクはメモリーを見つめた。
「頼む」
「貴方は、私の推しを幸せにしてくれる人材だと思っていたのですが……」
「彼女の幸せは、彼女が決める。この世界は、彼女のハッピーエンドではないみたいだ」
「ムスリク! 俺は!」
俺の言葉を遮り、ムスリクは俺を抱き寄せた。強く分厚い胸板に顔を押し付けられて苦しい。
「どうせ切り取られて無くなる今だ。少しくらいいいだろ?」
彼の瞳が揺れる。
「ムス……」
言葉を紡ぐことは出来なかった。
次の瞬間、目の前のムスリクが、世界が靄に覆われて消えた。
***
「やっぱりお城に乗り込むなら空からデショ!」
カーマインが空に向かって指を刺す。
「戻った……」
「……どうしますか?」
メモリーはふてくされたように呟いた。
「貴女は幸せになれるチャンスを自ら潰してしまったのです。ムスリクを放って、闇の王の元へ行きますか?」
「行かねえ」
「どうするつもりですか?」
「ムスリクのところに行く」
「闇の王を見捨てるつもりですか?」
「違う。大切なもんは全部守る」
俺は美世子が大切だ。でも、ムスリクだって大切だ。俺は、大切なものの為に動く。




