43. とある老婆の思い出
これは昔々の話。私は城専任の白魔術師だった。そこである程度の地位を手にし、結婚し子供を授かった。
だが、幸せなときは長くは続かなかった。
私の娘が死んだのは彼女がまだ十二歳のときだった。元気で明るくて、私にとっては太陽みたいな子だった。
あの子が死んだことが信じられなくて、受け入れられなくて、私は娘の亡骸の傷を癒し、保存した。夫は私を気味悪がって離れて行った。
そのうち、眠っているこの子を見ているのが辛くなった。あんなに元気に駆け回る子だったのに今は眠っているだけ。私は動いているあの子に会いたくて、屍術を学んだ。そして、自らの魂を娘の亡骸に入れた。
「死んだ娘を使って若さを手に入れるなんて気味が悪い」
「恐ろしい化け物だ」
そんなことを言われ、私は城の地下に追いやられた。それでも、動いている、生きているこの子を見れて、私は幸せだった。
孤独なんて感じない。私はこの子が居ればいい。
城の地下で孤独に過ごしていたある日、あの子と同じ天真爛漫な少女がやって来た。
「お城の地下に秘密の部屋があるなんて初めて知ったわ!」
クマのぬいぐるみを両手に抱えた少女が勢いよく扉を開けて地下室に入って来たのだ。
「……ルミア様」
「あ、私のこと知ってるんだ!」
何を当たり前のことを言っているんだ。この城の姫様を知らない人間なんているものか。
王様に大切に大切にされている少女。寵愛されていた妾の娘だ。年々母親に似て来る娘を王は妻にしようとしているのではないかと言う噂まで流れている。可哀想なほど愛されている娘。
「ここで何をしているの?」
「ふんっ。何だっていいだろう。お前さんこそ何しに来たんだい。ここには気味の悪い化け物しかいないよ」
「うん。知ってる。貴女は自分の娘の体を奪ったってみんな言ってた。でも、私、自分の目で確かめたいと思ったの」
「見てわかっただろう? 私は薄気味悪い化け物さ」
「そんなことないよ。思ったより人間だった!」
「……失礼なやつだね」
あっけらかんとした態度に毒気が抜かれてしまった。
誰からも愛される姫と地下室の亡骸に入った女。相入れない存在の筈なのに、少女は気にした様子がない。
「貴女って白魔術が得意だって聞いたの。私、ずっとお城に篭っているから、何か出来る様になりたくって」
「私に弟子入りしようってのかい?」
「そう!」
「お断りだね」
「えー! 何で何で!?」
「弟子なんて面倒臭いもの取る気はないよ。さっさと明るいところに帰りな。お前さんにはこんなじめじめした地下室は似合わないよ」
「そんなことないよ! 私、この部屋の匂い、好きになったもん! 」
少女は了承も無しに勝手に椅子に座り込んだ。
「先生、私に白魔術を教えて下さいな!」
「……」
「駄目?」
「仕方のない子だね……一回だけだよ」
本当にそれっきりのつもりだった。どうせすぐに飽きてしまうだろうと。
「じゃあ先生、また明日!」
「え、ちょっとお待ち! お前さんのぬいぐるみ……」
私の話なんて聞きやしないでルミアはクマのぬいぐるみを置いて一目散に部屋を後にした。そして、次の日にはクマのぬいぐるみを忘れていたと言ってまた顔を出すのだ。
「私の大事なお友達、先生のところが気に入ったみたい」
それはお前が毎回置いて行っているだけだろう。そう思ったが、楽しそうに笑うルミアにそんな無粋なことは言えなかった。
いつだって楽しそうな少女。彼女に惚れていた少年もいた。いつだったか、彼がルミアを迎えに来たことがあった。そしてあろうことか彼らはこの部屋の前で口喧嘩を始めたのだ。
「ルミア、もうここには来ない方がいいよ。あの人は気味が悪いよ」
「先生のことを悪く言わないで! そんなこと言うトライバル、嫌い!」
「ルミア!」
走り去るルミアを少年は追えなかった。
「私の部屋の前で騒々しいね」
「ひっ……」
「私が怖いかい?」
「そ、そんなことあるもんか! 父さんが言ってた、貴方は自分の娘の亡骸を悪用する恐ろしいやつだって! る、ルミアに近づかないで下さい!」
その少年は私に屍術を教えてくれた人の息子だった。自分だって屍術師の癖に何を言っているんだか。
「それは、あの子次第さね」
「っ……」
少年は逃げる様にその場を立ち去った。それから、その少年が来ることは無かった。
「ルミア、あの子はどうしたんだい?」
「あの子って?」
「お前さんについて来た少年さ」
「ああ、トライバルだね。私がちゃんと説明したから大丈夫だよ。もう先生の悪口なんて言わせないから」
「そうかい」
どうやら、あの少年はルミアにとことん敵わないらしい。惚れた弱みってやつかねえ。
ルミアが年頃の娘になった頃、彼女もまた惚れた相手が出来たようだった。しかし相手は残念ながらあの少年ではないらしい。
「先生、恋ってどういうものかな?」
「旦那に逃げられた私にそれを聞くのかい?」
「あわっ。ご、ごめんなさい!」
「別にいいけどね。ルミア、だけどお前は自由に恋が出来ると思っているのかい?」
「……私、お兄様にもお父様にも嫌われているから……もし、彼が私をここから連れ出してくれるなら……それが一番いいんじゃないかなって思うんだ」
何て馬鹿な娘なんだろう。この娘の父親がこの娘を手放す気が無いのは明らかだろうに。
「私がいることで、何だかお兄様とお父様の仲も悪くなっている気がするの……」
「そんなこと、お前さんが気にすることじゃないよ」
「そうかなあ」
「そうさ。仲が悪いってのは結局当人同士の問題だ。勝手にさせておきな」
「ふふっ。先生、ありがとう」
ルミアは、逃げたがっている様に思えた。父親からも兄からも、この国からも、本当に何処か別の場所にでも連れて行かれてしまった方が、彼女の幸せになるのかもしれない。
彼女が地下に来なくなったのはその後すぐのことだった。途端に静かになった部屋にはクマのぬいぐるみと私だけ。ただ、ルミアが顔を見せに来るのを待つ日々だった。
何だか嫌な予感がして、上の様子を見に行くことが出来なかった。あの子はきっとまたひょっこり顔を見せに来る。そう思い込もうとしていた。
その日、ルミアの兄であるオーフェンが、彼女の亡骸を携えてこの部屋を訪れるまでは。
「ルミア……」
「ブラン、この亡骸の傷を修復し、お前の娘に施した様に保存して隠せ。お前に拒否権は無い」
血塗れのルミアの体は冷たく、顔は青白く生気が無い。まるで、娘が死んだ日の再来だ。あんな思い、二度と味わわないと思っていたのに。
オーフェンの冷たい目に促されて私はルミアの腹につけられた深い傷を修復した。死体の傷を治したところで、ルミアの魂はもう消えてしまっている。
何処かに逃げたがっていたような子だ。この世に未練なんて無かったのだろう。
オーフェンは綺麗に修復されたルミアの頰に触れた。
「まるで生きているようだな」
「魂さえ入れば、生きているように動くさ。もう、ルミアの魂は消えてしまったみたいだけどね」
「そうか」
彼は呟くと目を閉じて押し黙った。
「それを誰にも見つかることのないように隠し、見はれ」
やがてそれだけ言うと、彼は部屋から出て行った。
私は国王陛下もその日の晩に亡くなったことを知った。オーフェンの肩に、国王陛下の魂がこびりついていたからだ。あの禍々しい魂のあり方、あれは呪詛だ。オーフェンが、王を殺したのだと言うことが、ありありとわかる。
そして、私はルミアが心は奪われていた相手が闇の王であることも知った。王が死んだのもルミアが死んだのも全て闇の王の呪いとされた。
オーフェンは亡き王の無念を継ぎ、闇の王を封印し、新たな王となった。そしてどこぞの国の姫を妃に取ったらしい。が、妃は子供を産んで暫くしてから死んだ。原因は不明だが、病死と言うことにされていた。実のところ私は、オーフェンが殺したのだと思っている。
オーフェンはルミアが死んだあの日から、時折地下に降りて来てルミアの亡骸に触れていた。死人に執着する男。私は、自分を見ているようで何も言えなかった。
彼がこの地下に降りて来なくなったのは、トライバルが裏切り者だと判明した頃だっただろうか。
***
「やあ、トライバル。いつぶりかね」
「……」
ブランの部屋に現れたのは。シカバの体に入ったトライバルだった。
「返して貰いに来た」
「何のことだかさっぱりわからないね」
「あれは僕のものだ」
何のことを言っているのか、ブランには見当がついていた。彼はルミアを捜しているのだ。ルミアの亡骸を。
「邪魔はしないでくれよ。時間の無駄だからね」
「そうかい。だが一つだけ手短に聞かせてもらうよ。トライバル、あんたの魂、そんなに濁っていたかね?」
「何のことだかさっぱりわからないな」
「忌々しい奴め」
「時間切れだ」
トライバルの周りで揺れていた影達が一斉にブランに飛び掛かった。




