41. リプレイー王女を想う青年ー
「ルミア様、ご、ご機嫌麗しゅう……」
「もう、トライバルったら! その喋り方止めてよ。私達、幼馴染なんだよ?」
「で、でもルミア、様……僕は……ただの使用人だから」
「違うでしょ? 私の大切なお友達、だよ」
「ルミア……」
「うん!」
その青年は少女に手を握られ、嬉しそうに、照れ臭そうに微笑んだ。
これは、トライバルの記録のリプレイだ。
初めて見るトライバルの素顔は悪事なんて働きそうもない好青年に見えた。人は見かけに寄らないと言うが。
だが、それよりもトライバルの記録の中のルミアに俺は違和感を覚えた。顔は確かに美世子にそっくり、と言うより、そのものなのに性格がまるで違うのだ。
「いらっしゃい、トライバル」
トライバルはたびたびルミアの部屋を訪ねているらしかった。
「お城の外に行ってみたいの。ねえトライバル、一緒に抜け出さない?」
「だ、駄目だよ。君は体が弱いんだから」
「そんなのでたらめだわ! 私、元気よ? 病気なんてしたことないわ。なのに、お母様が私を産んですぐに病気で亡くなったからって私も病弱ってことにされてしまっている」
「みんな君のことが大切なんだよ」
「そうかな? みんな私が女神の娘だから同じように死んじゃうんじゃないかと思っているだけだよ。私は、女神じゃないのに……人間なのに。トライバルはわかってくれるよね?」
「ルミア……大丈夫だよ。僕は、いつだって君の味方だから」
記録を見ているうちにわかったことがある。記録はあくまでも映像であり、登場人物が何を考えているのかはわからない。映像に干渉は出来ない。俺が出来るのは、ただ見ることだけだった。
次々とトライバルの記録が映し出される。仄暗くじめじめした雰囲気の仕事風景と華やかなルミアとの記録が交互に映し出される。
「僕、ルミアと話しているときが一番楽しい」
「ありがとう。私もトライバルとお話できてとっても楽しい!」
リプレイを見ていれば、トライバルがルミアのことを好きなのは明らかだった。だが、彼からは彼女に指一本触れることはなかった。
トライバルはルミアに想いをぶつけることはしない。彼は自室でルミアへの想いを手紙にぶつけているのだ。それをルミアに渡すことなく、箱の中に仕舞いこむ。箱の中に詰められた山のような手紙は誰の目にも触れる事なくトライバルの自室の隅に追いやられている。
***
「ねえ、トライバル……私、気になる人がいるの」
それは突然だった。ルミアの言葉を聞いた彼の顔は死刑宣告を受けた囚人の顔よりも真っ白だった。
「だ、誰?」
「お兄様にもお父様にも内緒よ?」
「うん」
「不思議な人。夜、窓から部屋に入ってくるの」
「え…….それって」
「悪い人じゃないよ。話していればわかるもの。彼といると幸せってこういうことなんだなって感じるの」
トライバルは俯く。
「……よかったね」
そう呟くのがやっとのようだった。
そうは言ってもルミアのことが心配だったらしいトライバルは深夜、ルミアの部屋の前に居た。ルミアの思い人は夜にしか来ないらしい。その男はいつもルミアの部屋の窓から入って来る。
それだけ聞くと賊が王女にちょっかいをかけているようにしか思えない。トライバルが心配するのも頷ける。
その日も、男はやって来た。その男は長い黒髪の美丈夫。それは……闇の王だった。
扉の隙間から中を覗いていたトライバルは二人の逢瀬をじっと見つめていた。一瞬でも視線を逸らすものかと目を広げていたトライバルだったが、闇の王にすっと視線を向けられた瞬間、廊下に尻餅をついて倒れ込んだ。彼はそのまま逃げるように自室へと戻って行った。
トライバルは自室で手紙を書き殴る。息が荒く、自分でも何を書いているのかわかっていないようだった。
「ルミア、ルミア……!」
彼は涙を流して頭を抱え込んだ。手紙は涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。
「僕、僕……」
ルミアは嬉しそうだった。あの男と共にあることが心底幸せだと全身で訴えていた。
ルミアはあの男が好きなのだ。
***
トライバルが密告するまでもなく、ルミアの部屋に男が入って来ていることはすぐに王の耳に入ったらしい。
ルミアは格子のついた窓だけがある小さな部屋に閉じ込められた。
「私、病気なんだって」
「うん」
「治るまではここに居ないといけないんだって」
「すぐに治るよ」
「でもね、私、これは病気なんかじゃないと思う。だって、あの人のことを思ってドキドキしたりあの人に触れたいって思うのは、少しも嫌な感じがしないもの。これが、恋なのよ」
「僕にも……わかるよ。その気持ち」
扉を挟んで話した。もう彼女の顔は見れない。けど、それでいい。きっと僕は酷い顔をしているから。
ルミアと話した後、トライバルは決まって手紙にそう連ねた。
***
「トライバル、私、あの人と一緒に行くわ」
「そう」
「今夜、彼が迎えに来てくれるの。だからトライバル、貴方とは今日でお別れ」
「僕は……君の幸せを願っているよ」
「ありがとう」
嬉しそうに微笑むルミア。彼女を幸せに出来るのはトライバルではなかった。
彼女は今夜出て行ってしまう。トライバルの思いなど気がつかないままに。トライバルは最後の手紙を書き連ねていた。これが最後だ。彼女に思いを伝えられる最後のチャンスだと思ったのだろう。
彼は手紙を書き上げ、ルミアの自室へと走った。
「ルミア!!」
扉を勢いよく開けて目に入ったのは、血塗れになったルミアの姿だった。腹から大量の血を流し、床に仰向けに倒れている。その側では、国王が首を落とされていた。
「な、何で。どうして……」
「父はその女に狂わされてしまった」
トライバルの背後に静かに男が立っていた。
「お……オーフェン様……」
「我が妹、これは男を狂わす魔性の女だ。自分の父親すらも狂わす。これの母親も魔性の女であったな。親子揃って恐ろしいものだ。お前も、この女に狂わされたのだろう?」
「僕は……」
何も言えずにいるとオーフェンはルミアの体を抱き上げた。
「父は今宵、この部屋にやって来る男に殺された。目撃者はお前だ。いいな?」
ルミアを抱き抱えて、オーフェンはその場を去った。トライバルは動けずに立ち尽くすしかなかった。首の無い王様をじっと見つめているしかなかった。暫くすると部屋の中に禍々しい闇が現れ、その中から闇の王が出て来た。
「ルミアは」
「……」
「ルミアはどうした」
「し、死にました……」
「……そうか」
闇の王は再び闇の中に消えて行こうとした。
「ま、待って!」
「……」
「何処に行くんだ!?」
「ルミアが死んだのなら、ここに居る意味はない」
「悲しくないのか!? ルミアが死んだんだぞ!?」
「……死んだのは、彼女の意思だ」
「そんなわけあるか! ルミアはお前と生きたいと思っていたんだ! なのに……」
トライバルの嗚咽が響く中、闇の王は部屋から消えた。
ルミアが幸せなら良かったのに。
彼女が笑っていれば良かったのに。
たとえ僕の側に居なくても、彼女が生きていればそれだけで良かったのに。
トライバルの悲痛な叫びを最後に、映像はぷつりと途切れた。




