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31. 秘密を知る者

 


 目を瞑った。何の衝撃も来なかった。ああ、やってしまったのか。大切な仲間を消してしまったのか。

 薄っすらと目を開けると目の前で巨大な狼の魔物、ムスリクが大口を開けて止まっていた。その手足、首、胴には黒い影が巻きついている。


「あ……これって」

「また邪魔をするのか」


 トライバルが悔しそうに顔を歪めた。

 黒い闇の中から静かに現れた男は、トライバルを睨みつけている。


「言ったはずだ。彼女に危害を加えたら許さない、と」

「女神に危害を加えるつもりはない。ただそこの魔物が消えるだけだ。僕は彼女を傷付けるつもりは少しもないさ」

「この魔物が消えれば、彼女の心は傷付けられる」

「ふんっ。つくづく君は闇の王らしくない」


 ……闇の王? この男が。俺のことを助けてくれた。この人が、闇の王。


「そもそも君が僕に協力してくれれば簡単に僕の目的は達成出来たと言うのに」

「私はお前とは違う」

「ああ、そうだとも。君は僕とは違う。僕と違って君は彼女に愛されていたのだからな」

「……」

「君は彼女に愛された記憶があれば満足か? 彼女を幸せにしてやりたいと思わないのか?」

「彼女は、こんな事を望んでいない」

「黙れ!」


 死霊達がムスリクの体に入っていく。彼の体が更に禍々しい異形の者へと変わる。

 ムスリクは拘束していた影を引きちぎり、闇の王に向かって突進して行った。ぶつかるすんでのところで彼は闇の中に体を溶かした。ムスリクはそのまま壁にぶつかる。とてつもない衝撃に地面が揺れた。


 気がつくと闇の王が俺の肩を抱いていた。相変わらず触れられた手が熱い。


「君は、あの魔物が大切か?」

「あ、ああ」


 頭がくらくらする。


「そうか」


 闇の王は俺を抱き込むと、共に闇の中へと引き込んだ。

 そこは、水の中にいる様な浮遊感を感じた。体中が熱くなって、息が出来なくなった。

 俺は彼の胸にしがみ付いているしかなかった。



 ***



「目障りな奴め」


 トライバルは一人呟き、魔物に触れた。


「まあいい。危険分子はこちらに引き込めたのだからな。君は僕の道具だ。僕の為に働いてくれよ」


 魔物はそれに答える様に月に向かって大きく吠えた。



 ***



「こうちゃん、ごめんね。辛い思いをさせて、ごめんね」


 その声にシカバは意識を取り戻した。ここは何処だろうか。廃坑ではなさそうだ。何処かの、部屋の中か。

 男が膝の上にジンノの頭乗せて寝かせている。男は彼女の髪を優しく撫でながら呟く。


「こうちゃん……」


 シカバは思わず大声を出した。


「美世子さんっすか?」


 男はぴたりと動きを止めた。


「どうして」


 驚いたように目を開いて、クマのぬいぐるみを見つめる。


「コーイチ、寝ぼけて美世子さんとこうちゃん劇場を一人で繰り広げてるときがあったっす」

「ふふっ……変なの」


 優しげに微笑む姿はシカバが想像していた美世子の姿と重なった。


「やっぱり美世子さんっすね! 良かったっす! 生きてたんっすね」


 やはりルミアは美世子ではなかったのだ。シカバは嬉しそうに手を叩いた。すると、美世子はそっと唇に指を当てて言った。


「起きちゃうから」

「あ、ごめんなさいっす!」


 慌てて口を手で押さえたシカバの頭を美世子は優しく撫でた。


「私のこと、こうちゃんには言わないでね」

「どうしてっすか! コーイチ、美世子さんが死んだと思って凄く落ち込んでたっす! 美世子さんのこと知ったらきっと喜ぶっすよ!」


 困ったように美世子は微笑んだ。


「私の本当の姿を知ったら、嫌いになっちゃうから。私は。こうちゃんの中の綺麗な思い出でありたいの。それに、こうちゃん……きっと、この世界で別の人と幸せになれるから」

「コーイチが、この世界に来たのは、美世子さんの為だって言ってたっすよ?」

「そっか。嬉しいな。……でもね、私はこの世界でこうちゃんと一緒にいることは出来ないんだよ」

「どうしてっすか?」

「私が闇の王だから」


 美世子は静かにそう呟いた。


「闇の王と光の女神は相容れない。こうちゃんは、私のことを怖がっている。たぶん、無意識に私を敵だと感じているんだと思う。彼が、私を消そうとしているのがわかる」

「そんな筈ないっす! コーイチが美世子さんを消すなんて」

「でも、こうちゃんの力は私を消そうとしている。私の方が力が強いから消せないけどね。私が触れると、力を使い過ぎてこうして気を失ってしまうみたい」

「でも、今は触れられてるっす」

「意識がなければ平気みたい。でも、ずっとこのままってわけにはいかないでしょ?」

「そうっすけど……」


 そのとき、鐘の音が鳴った。音が随分と近くに感じる。そこでようやく自分達が王都にある時計塔の一室にいるのだと気がついた。


「もう起きる時間みたい」


 美世子はクマのぬいぐるみの頰に触れ、その瞳を見つめた。


「貴方は私のことを誰にも話すことはできない。これは、呪いだよ」

「何で、俺には話してくれたっすか?」

「この世界では、一人だから……少し寂しくなっちゃったのかも」


 優しく微笑むと、ジンノの頭を膝から下ろしてから美世子は闇の中に消えた。





『ぬいぐるみは彼女の思いを知る』





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