26. タンポポ怪獣出現!
「……ジンノ!…… ジンノ!」
「ん、ううん……え、ムスリク? つか、寒っ」
「こんな所で寝てたら風邪引くぞ」
気を失っていたらしい。まだ夜が明ける気配はないからそう長い時間外で倒れていたわけではないだろうが、体が軋む。
「いつまで経っても帰って来ないから様子を見に来てみれば……。わざわざ家の前で寝る趣味があるのか?」
「いや、ねえよ。そんな趣味……。お前、起きててくれてたのか。……起こしに来てくれてありがとな。お陰様で風邪引かなくて済みそうだ」
「何かあったのか?」
「何かって?」
あの男のことを言った方がいいのだろうか。でも、なんて言う? 泣いていたら男がやってきて慰めてくれてドキドキして気絶しましたってか? ふざけんな。そんなこと死んでも言えるか。
「何もなければいいんだ」
「夢、見てた」
「夢?」
「ああ。それだけだ」
***
「さて、今日は天気もいいし洗濯日和だなあ!」
「コーイチから元気っすね」
折角人が元気いっぱいに洗濯をしようとしていたところに余計な茶々を入れるクマが一匹。
「……仕方ねえだろ。今日一日外出禁止令が出されたんだから。あーあ、ブラン婆さんのとこに行こうと思ってたんだけどな」
今日はムスリクとエペは魔物討伐に、ドラガーナに用事があると言うセイヴと、その足としてカーマインも出掛けて行った。そして残った非力な俺達二人は家で待機させられることになったのだ。ぬいぐるみのシカバは兎も角、俺は魔物を消し飛ばせるんだから非力じゃないと力説しても、何故かあいつらの中で俺が非力扱いされている。何でだ。
「俺だって戦えんのにさ。だんだん過保護になってきてるよな?」
「それは、ジンノが心配を掛けまくってるからじゃないっすか」
「…….それは、否定出来ないな」
洗ったばかりの洗濯物を風通しの良いベランダに干していく。竿竹ってこの世界にもあるんだな、何て思っているとふわふわとした綿毛が洗濯物に付いた。
取ろうと指を近づけると綿毛はぴゃっと声を上げて逃げてしまった。
「ええっ!?」
まさか綿毛が逃げるとは思わなくて大声を上げてしまった。
「どうしたっすか?」
「いや、綿毛が……動いた」
「綿毛はふわふわ風に乗って動くっすよ?」
「いや、そうじゃなくて。俺の手から逃げたんだよ」
「……揶揄ってるっすね? もう騙されないっす!」
こっちは真剣に話してるってのにシカバはまったく信じた様子がない。
「いや、ほら!」
ベランダの隅で震えている綿毛の……魔物か?
「……たぶん魔物っすよね?」
「うーん……たぶん。これ、俺が触ったら消えちゃうかな?」
「消えちゃうんじゃないっすか」
「シカバ、お前試しに触ってみろよ」
「え、嫌っすよ。こういう一見害の無さそうな魔物か一番達が悪いって相場が決まっているっす」
「でも、俺が触って消えちまったら可哀想だろ? 安心しろよ。もし本性出してお前に襲い掛かって来たとしても、俺がすぐに消せるし、お前今ぬいぐるみだろ? ちょっとくらい怪我しても問題ねえだろ」
「痛みは感じるっすよ!」
シカバの頰を軽く抓った。
「痛いっす」
シカバは不機嫌そうに声をあげた。
「そうだったな」
綿毛は相変わらずベランダの隅だ。このままにしておくわけにもいかない。何にせよムスリクが帰って来たらこの綿毛は殺されてしまうだろうから。
「お前さ、悪さする気がないなら早くここから出て行った方がいいぞ」
「ぴ?」
「ここには魔物をばったばった薙ぎ倒す怖ーい筋肉マンの巣なんだぞー」
「ぴ?」
「あ、駄目だこいつ。全然わかってねえな」
綿毛の魔物は、ぴっぴぴっぴ言うだけで一向に動こうとしない。
「魔物と意思疎通なんて無理っすよ」
「そうなんかねえ」
「ぴっ!」
綿毛が何かを察した様に体を強張らせた。
「な、何だ? どうした?」
突然地面が揺れた。ベランダの手摺りに捕まって辺りを見回すと、原因が直ぐにわかった。
家のすぐ鼻の先にある公園に五、六メートルはありそうな巨大なタンポポの化け物が現れたのだ。ベランダから身を乗り出して様子を見ると、葉っぱを手足の様に自由自在にくねらせている。花の中央に口らしきものが見て取れる。花に口があるなんて気味が悪いことこの上ない。
「あれも魔物……だよな」
「そうっすね」
「あれとは確かに意思疎通出来そうもないな」
「そうっすね」
「ぴ!ぴ!ぴー!」
仕切りに鳴いてから、綿毛はふわふわと飛んで公園の方へと飛んで行った。
「行っちまったな」
「そうっすね」
ぼけっと飛んで行く綿毛を眺めてから、再びタンポポの化物に視線を移す。
「……つか、魔物が家の近くの公園で暴れてるって危ねえじゃねえか!!」
「そ、そうっすよ!」
「行くぞ! シカバ!」
「外出禁止令はどうするんすかあ!」
「煩え! 今はそんな場合じゃねえだろ!」
シカバを片脇に抱え込んで俺は家を飛び出して、公園に向かって走った。ものの数十秒の距離だ。
昼の公園にまばらにいる人々は逃げたり怖いもの見たさで立ち止ったり。あまり緊張感が感じられないのは魔物が巨大化したタンポポだからだろうか。
「とりあえず、女神アタックでもしておくか」
「いいんじゃないっすか」
「よっしゃ」
シカバを置いて、俺はタンポポの化物に向かって走り出した。すると、化物が一声雄叫びを上げる。大量の綿毛が口から放たれ、綿毛達は俺に向かって一斉に飛び掛かって来た。
「え、うわっ!」
綿毛達は俺に触れる寸前に瞬く間に消えていく。
「鬱陶しいな!」
がむしゃらに両手を振り回すと綿毛達は空気中を散り散りに舞う。
「コーイチ! 後ろ! 後ろっす!」
「え?」
背後でバチりと激しい音がした。振り返ると化物が手足の様に動かしていた葉を俺の背中を叩きつけていた。俺に触れたであろう葉の先は消え去っていた。
「何すんだよ!」
葉を掴もうとしたが、掴む前に立ち待ち消えてしまって掴めなかった。殴ってやろうと思ったが、それも出来なかった。触れる前に化物が消えてしまうからだ。
「簡単に倒せるのはいいけどよ、全然戦ってる感じしねえな」
俺も今は若い見た目とはいえ、実際いい年だからな。これくらいの難易度の方がいいのかもしれないが、少し味気なさを感じてしまうのは仕方ないことだろう。
「ま、とりあえず……女神アターーーック!!」
化物に体当たりをすると、再びバチりと音を立ててから化物は跡形もなく吹き飛んで消え去った。
「あ」
勢い余って地面に倒れ込んだ。地味に痛い。魔物に対しては無傷でいられるのに、別のところで擦り傷を負っていてはどうしようもないな。
「コーイチ、大丈夫っすか?」
「全然よゆーっす」
駆け寄って来たシカバの頭をぽんぽん叩いて笑って見せた。
「それにしても、タンポポの魔物なんて初めて見たな」
「そうっすね。でも、魔物ならコーイチに敵う奴はいないっすね」
「今んとこ魔物に対しては負けなしだかんな。俺」
「流石っす!」
「そう褒めるな褒めるな。ま、俺も守られてばっかりじゃ男が廃るしな!」
胸を張って言うと、シカバは丸っこい手を叩いて褒め称えてくれた。俺は、こいつのこういうところが結構好きだったりする。
「ぴー!」
声がした。
声の方を振り向くと、綿毛が俺に向かって飛んできて、そして消えた。
「倒し損ねてたっすか?」
「いや……」
何となく、あれは家のベランダにいた奴な気がした。
「あいつ、……俺に攻撃しようとしていた様には見えなかった」
ただ、俺の側にやって来ただけだ。俺に触れようとしていただけだ。なのに、消えた。それはたぶん、あいつが魔物だから。それだけ。
「あいつ、悪い奴には見えなかった」
「悪い奴はいい奴の振りが得意っすよ」
「そうかもな」
『女神の力は全ての魔物を消し去る』




