21. 誰かのラブレター
「セイヴとカアちゃんもすっかり仲良くなったな」
セイヴは前回の一件から懲りずに何度もカーマインと騎乗の練習をしている。すぐに乗りこなせる様な才能は無いのかもしれないが、努力と根気で徐々に成長しているみたいだ。
今日も今日とて城の庭で練習中だ。
俺とシカバは木陰に座り込んでその様子を遠くから眺めていた。
「カアちゃん、楽しそうで良かったっす。俺がこの姿になってから、少し落ち込んでいたっすから」
「セイヴもカアちゃんを乗りこなさせるようになって自信を持ってくれるといいんだがな」
「セイヴ様、自信無さ男っすからね」
「お前でも気がつく?」
「もちっす」
「だよなー」
「セイヴ様、楽しそうですわね」
「だよなー……って、姫様!?」
いつの間にか俺達の背後にオネット姫が蹲み込んでいた。
「セイヴ様、素敵な女性とお知り合いになったみたいですわね」
「いや、あれは女性っていうか、ガキっていうか」
「いいのです。私、一つ成長致しましたから」
「は? どういうことだ?」
「ふふっ。ジンノ様はお友達ですから特別に見せて差し上げますわ」
姫様はそう言って古びた封筒を差し出した。
「ん?」
「読んでみて下さい」
封筒なら中には一枚の便箋。これも黄味がかった年季の入ったものだ。
親愛なるルミアへ
突然こんな手紙を受け取って、君は驚いていることでしょう。しかし、僕にとってこれは突然のことではなく、長らく考えた結果であるということを理解して頂きたい。
僕は幼い頃からずっと君だけを見つめていた。
君が笑うと花が舞う様に心が晴れやかになった。君の声を聞くだけで全てが癒された。
君は僕の光なのだ。
君が望むのなら僕はどんなことだって出来る。本当さ。例えばもし、世界と君を天秤にかける時が来たとしたら、僕は迷わず君を選ぶ。
君のいない世界など考えられない。
愛しているよ、ルミア。
たとえこの思いが届かないとしても、僕は君だけを思い続ける。
トライバル
「…………って! トライバル!?」
トライバルって、あのトライバルか!?
「素敵な恋文だと思いませんか? 私、とても感動してしまいましたわ」
「いやいや、姫様!? これ、悪徳大臣が書いた手紙だぞ!?」
「こんな素敵な文を書かれる方が悪徳大臣なわけありませんわ。きっと同じお名前の別人ですわ」
「確かに、そう考えた方が納得出来る気もするけどなあ……」
俺とシカバは顔を見合わせた。
それから再び便箋に目を通す。差出人はトライバル、受取人はルミアか。ルミア、聞き覚えがあるが……どこで聞いたかな。
「このルミアっては人は何者なんだよ?」
「多分私のお父様の妹君、私の叔母様に当たる方のことですわ。大臣とは幼馴染だったと聞いています」
「……やっぱりトライバルの手紙じゃねえか!!」
手紙で幼い頃から見てたって言ってるじゃねえかよ。
「何処にあったんだよ。これ」
「元大臣の……自室ですわ」
「トライバルの手紙じゃねえか!!」
「うう……ごめんなさい。私もセイヴ様やジンノ様のお手伝いがしたくて……大臣の部屋に何か残されているのではないかと思って調べていたら……見つけてしまいまして」
「それで、素敵な恋文だと」
「はい!」
大臣の自室なんて裏切りが判明してすぐに調べ尽くされているだろうに。この手紙は何の価値も無いものとして残されていたに違いない。
「三十年前の恋文を取ってあるなんて素敵だと思いませんか?」
「まあ、こんな古ぼけた手紙を大事に取って置いていたってのは意外だよな。つかさ、このルミアって人なら大臣を説得とか出来んじゃねえのか? こんなに好き好きオーラの出てる手紙書くくらいなんだからよ」
そしたら大臣も更生して世界も平和で俺達も危険な目に遭う事はなくなるじゃないか。
「それは……出来ませんわ」
「何で」
「三十年前に叔母様は亡くなっていますもの」
「そっか……悪かったな」
「いいえ。私が生まれる前に亡くなられていますから、私もお会いしたことはありませんわ。気にしないで下さい」
三十年前に死んだ王女を愛した悪徳大臣、ねえ。
「大臣は王女が死んだ世界を破滅させようとしてるのか?」
「そんなことあるっすかね? 王女が亡くなったのは三十年前っすよ?」
「それに、叔母様は御病気で亡くなられたと聞いていますわ。病気で亡くなったのを世界のせいにするでしょうか?」
「うーん。違うか。いい線いってると思ったんだけどな」
トライバルが書いたってことは置いておいて、この手紙の主がルミア王女を愛していたという気持ちは充分に伝わった。姫様がこの手紙の主をトライバルだと思いたくない気持ちもわかる。
ルミアも罪な女だな。こんなに愛されていたのに手紙を受け取ることもなく病気で死んじまうなんて。
「トライバルに愛されるほどの女ってどんな女なんだろうな」
「とびきりの美人じゃないっすか」
「かもなー」
「……お二人とも、見てみたいですか?」
姫様がおずおずと尋ねてきた。
「え、ああ。見れるもんなら」
「実は、大臣の部屋に叔母様の写真もありまして……」
「それも持って来たのか」
「は、はいいぃ……」
姫様は観念した様に両手で一枚の写真を差し出した。
「……」
「コーイチ? 写真、落としたっすよ?」
俺は、その写真を上手く受け取ることが出来なかった。
「コーイチ……どうしたっすか。顔が真っ青っす」
上手く息が出来なくて地面に膝をついた。シカバの声は聞こえなかった。心臓の鼓動が煩い。
すぐ側に落ちている写真の中の女性と目が合った。
それは、探し求めた俺の最愛の女性。美世子の姿をしていた。
『女神ジンノは、トライバルの愛を知った』