幻想情勢
昨日ほうとらーどでこうぼうのとってが行われ、はりすの元からふぜんの人々がいっとうのもちで沢山訪れ賑わいました。
何を言っているのか分からない。ニュースの様だが、言っている内容は理解出来ない。画面に映る映像も人が何かをしている事だけは分かるが、それでも何をしているのか分からない。私の知識には無い言葉と私の知識には無い光景が流れている。ずっと流れている。
広々とした食堂にはまばらに人が散っていた。端の方を歩く人々は豆粒なんかよりも余程小さくて、ドットの映像が揺れ動いている様だ。これだけ広いと酷く心細い。私と探偵と吸血鬼はずらりと並んだテーブルの一つを占領してそこに坐っている。三人で寄り集まっているが、遠大な広さが持つ圧迫感は集まっても尚、孤独を意識させる。お前は一人だ。
恒例となった鼠のパラドックスに関するシンポジウムが開かれ、いつもの様に哲学者が口火を切り、宗教学者がそれに加勢し、科学者がよろめいて、文学者が否定し、社会学者が静観して、考古学者がピザを頼み、経済学者が嘲笑いました。何とか意味の拾えるニュースだが内容は理解出来ない。鶏と卵の映像がひたすら流れている。
吸血鬼は黙っている。探偵を睨んでいる。探偵は黙り込んでいる。眼鏡を外している。上目遣いに何度か吸血鬼を見つめていた。夫婦喧嘩は犬も食わないという。なら私は席を外すべきだろうか。しかし誘われて付いてきてしまった手前、黙って離れる訳にはいかない。一言告げて出ていこうにも、隣の吸血鬼はまだしも、斜め前に座る探偵の縋る様な視線は私を放してくれそうにない。
往年の名作シュレディンガーの猫の著者シュレディンガーの追悼式が執り行われ、ゆらぐ歌の中で人々は消滅と生成を繰り返し、悲しみの涙の非対称が光を越えて故人に伝わる事を思い笑いました。
いつまで経っても無言のままなので、私は仕方なく話題を振る事にした。
「ANIDRAとは何ですか?」
ぶっと探偵が口に含んでいた飲み物を目の前の吸血鬼に吐きかけた。吸血鬼は黒く濡れた。けれど今朝方見たあの赤を凝縮した黒さには及ばない。
「どうしてそれを?」
探偵が私に聞いている。隣の吸血鬼は怒っているのに。それすらも気にならないみたいだ。探偵が身を乗り出して困った顔をしながら私を威嚇している。
「先程探偵さんが警部さんと話していました」
「聞いていたのか!」
「聞こえました」
探偵は驚いた表情と気まずそうな表情と具合の悪そうな表情と嬉しそうな表情を程よくブレンドしている。私には探偵が何を思っているのか分からない。ただ単純に驚いているのではない様だ。吸血鬼は怒っている。
「あー、あれはだな、あれだ警部が娘さんの誕生日プレゼントだ」
「犯人を仕立てあげるのですか?」
「あ、ああ、そうだよ。犯人は挙げないといけない。それが警察や探偵の義務だろう?」
「そういうものですか?」
探偵は何やら焦ってお茶をこぼし、熱そうに飛び跳ねながら、眼鏡を掛けて、頭を下げて、お茶を拭き取って、それじゃあ、また会いましょうと言って、私と吸血鬼に背を向けた。それを吸血鬼が追った。
「ちょいと探偵さん」
「なんですか。っ!」
そうして吸血鬼は振り返った探偵の顔に拳を叩きこんでから、戻ってきた。私の隣に苛ただしげにどかりと座り、私の方に頭を傾け私の肩にこめかみを置いた。探偵はよろめきながらすごすごと何処かへと去っていく。
ふぁらっとのニューシングルばすてりまおすが異端審問会に掛けられ時制の不一致を指摘された事に対して風が出てきたは七つの大罪を引き合いに出して肉体の不浄を取り除かんとする件の芸術は連綿と続く正当性があると主張し光あるの残虐で猟奇的な科学主義の極致に至った悪魔の所業という主張に徹底抗戦する構えを見せました。
「相変わらずあいつは誤魔化すのが下手だね。A何とかっていうのは何だい?」
「探偵さんが警部に言っていたのです」
私が先程の探偵の言葉を一言一句声音息遣いを正確に発すると、カーミラは眉根を寄せた。
「あいつは一体何を……」
「私には分かりません」
「秘密めかしているが……」
「私には分かりません」
「やっぱりあいつは変わったのか……」
「私には分かりません」
「まさか一連の犯人はあいつ……?」
「私には分かりません」
次のニュースです。かいえおんもでりすたんどでないすけたまゆらのないをんをとりめかすまほろばいえをとったのですからしたいのもとへわたしはんにんせかいのそとにえいろとんのひいをあるきすとむあまてらすおおみかみはておりむみないことをしらず。
「ですがさっきの言葉を理由に探偵さんを犯人というのなら警察もまた犯人ではありませんか?」
「そういう事になるね。もう一年も解決していないんだ。一年間ずっと人が殺され続けてるんだ。これは何かがおかしい。警察が犯人であっても、あいつが犯人であっても、おかしくはない」
次は芸能ニュースです。101001010001110110101011110101010100111010101011111010101010101010101010000000000000001111111110101011101000。
「依頼人さん、良かったら私の調査にも付き合ってくれないかい?」
「何かを調査しているのですか?」
「いや、これから調査するんだ。あいつが犯人なのかどうか」
「構いません。私には時間があります」
「じゃあ、日が暮れる頃に時計塔に来ておくれよ。殺人は夜の方が圧倒的に多いから、見回りをしよう」
「探偵さんを見張っていた方が良いのでは?」
「あいつは勘が鋭いからずっと見張ってたらばれるだけだ。警察まで犯人ならあいつだけを見張ってても意味が無いし」
「分かりました」
「じゃあ、また夜に」
そう言って、カーミラは立ち去って行った。取り残された私は何処へ行こうかと迷い、一旦家に、あの白い立方体に帰る事にした。
立ち上がるとニュースが聞こえてくる。
私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は、誰だ?
分からない。