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探偵情報

「密室ですか?」

「おや、失礼」


 私が尋ねると、探偵は立ち上がってまたも背後の部屋に消え、何か固く軽い物が擦れる音が聞こえたかなと思っていると、ドアが開いて探偵が現れた。ぼさぼさとした頭が整えられて、真ん中できっちりと横分けになっていた。眼鏡をかけていた。表情も心なしか隙無く尖った印象になっている。


 先程までの自堕落な恰好の方が探偵らしくて良かったのに。


 そうも思ったが、よくよく見てみれば硬質で隙の無い顔の下に、ひよこの人形と鉛筆を持ったスーツ姿というのはちぐはぐとしていて、探偵の様かも知れない。どうだろう。私の拙い記憶回路では判別を付け辛かった。


「さて、密室に就いてお聞かせ願いましょう」


 探偵の言葉に合わせて、金属を弾いた様に甲高い音が鳴ったかと思うと、皿の上に載った丸いピザが壁の中から現れて滑る様に探偵の机の上に載った。


「密室ですか?」


 私が再度聞くと、探偵は頷いた。


「密室というのは知っていますか?」


 密室。鍵が掛かった部屋の中で人が死んでいる事だった気がする。何処かで聞いたか見たかした覚えがある。何処だったか。


「何となくですが」

「閉ざされた空間とお考えください。どうです? 現場に密室は御座いませんでしたか?」


 私が居た場所は四方それぞれに鍵の掛かった部屋だった。外側から入って来られないあの部屋は密室だったと言えるだろう。


「ありました。部屋に鍵が掛かっていました」


 そうでしょうと頷いた探偵はピザを一切れ口に運ぶと、もう一切れを取って私へと差し出した。


「どうぞ」


 ピザは人参の味がした。ピザでは無く、サラダを丸く固めて、赤と黄と緑に色を付けた料理の様だった。


「あなたが探偵である僕の事務所の扉を叩いた時に、僕は密室を思ってわくわくしていました。きっとこれからやって来る依頼人が密室をもたらしてくれるだろうとね」

「そうなのですか」

「はい、ここのところ密室をお目にかかる事なんてほとんどありませんでしたから。今、頼まれている事も実に詰まらない事件ですし」


 探偵が操るひよこの人形が探偵の持つ鉛筆にぶつかった。探偵に操られた鉛筆はその勢いを真に受けた格好で探偵の手に捕まれたまま弾き跳び、少し浮いた所で探偵の指に弾かれて鉛筆は遠くへと飛んでいった。


「何故私が密室をもたらすと知っていたのですか? 探偵だからですか?」

「そうです、探偵だからです」


 今度こそ本当の探偵だ。奇抜な風体で何でも知っている。それでこそ探偵だ。この人に聞けばたちどころに私の知りたい事を調べて教えてくれるに違いない。探偵というのはそういうものだ。


 私が期待を込めて見つめる探偵は、しかし私の期待とは違った言葉を紡ぎ始めた。


「何故なら探偵というのは密室を解く者だからです」


 どういう事?


「探偵に依頼をする者は例外無く密室の謎を抱えていなければならない。だからあなたがやって来た時に、密室がやって来たと分かったのです。当然の帰結です」


 何がどう当然なのか分からない私を見て、探偵は噛んで含める様に言った。


「あなたは探偵に就いてはどの程度御存知で? 探偵とはどんな者の事だと思っていますか?」


 探偵とは何か。中々難しい質問だ。

 私はしばらく考えて、何とも間抜けな答えを返した。


「探偵の出てくるお話に出てくる探偵が探偵です」

「成程。その通りです。それがあなたにとっての探偵であり、恐らく多くの人にとっての探偵でしょう。でも僕にとっては違います」


 そう言うと、探偵はひよこの人形を投げ捨てて、ピザもまた放り投げた。ひよこは壁に当たって鈍い音を発し、ピザは壁に張り付いて水気のある音を出した。


 私が汚れた壁を見ていると、探偵はペン立に収まっていた羽ペンを取って指先でくるりと回した。


「物を投げるのは癖なので気にしないでください。さて、僕にとっての探偵ですが、それは密室を解く者です」

「密室ですか?」

「密室です。探偵が密室を解くのではない。密室を解く者が探偵なのです。そして、事件を解く者でもあります。事件とは密室によって構成されていて、密室の無い事柄は事件では無いのです」


 良く分からない。そういうものなのだろうか。


「そういうものですか?」

「そういうものです」

「では、どうして探偵さんは変なのですか?」

「え?」


 私の質問に面食らった探偵はくるりと回転椅子と共に回って、そうして机の横に備わったボタンを押した。部屋の隅の掛時計から雉の人形が出てきて、ワンワンと鳴いた。


「私は柴犬が好きなのです」

「柴犬ですか?」

「はい。柴犬を好きでない者は日本人ではありません」

「探偵さんは日本人なのですか?」


 探偵の髪は亜麻色で瞳は青だ。私の知っている日本人とは少し違う。服装も私の思っている日本人とはかけ離れている。そもそもちょんまげで無い。


「既に日本という国は無いので書類上は違いますが、僕は俺が日本人だと確信している」


 突然顔付きが変わり、無頼めいた意地の悪そうな笑みを浮かべた。その顔はすぐに治まって、鋭く硬質な無表情になった。


「だから掛時計にも柴犬の人形を入れていたでしょう? あの鳥が私は何よりも好きなのです。私は日本人ですから」


 柴犬は鳥だったろうか。違う気がするが、探偵があんまりはっきり言うので私の方が間違っている様な気がした。


「つまりそういう事なのです。私は探偵だから他の者とは違っている。そういう者にならんと自分を律しているのです」

「つまり探偵さんは探偵だから変な訳ですね?」

「その通りです。密室というのは常人には簡単に解けません。快刀乱麻を断つが如く密室の謎を解体するのであれば、それは普通の者から逸脱していなければいけないのです」

「それが私の目の前に居る探偵さんなのですか?」

「はい。私は元来賢くありませんでしたので、とかく探偵らしく振舞おうと探偵を研究してこうなりました。ですので不快に思われていたら申し訳ありませんが、我慢していただけます様、お願いいたします」

「分かりました」

「では、事件に就いてお伺いいたしましょう。特に密室に就いて」


 私が語る間、探偵は羽ペンを回したり、羽ペンをダーツの矢に見立てて的に投げたり、鉛筆を拾って来たり、また鉛筆を投げたり、奥の部屋に消えたり、そうかと思うと麦わら帽子を被って戻ってきたり、麦わら帽子を私の頭に被せたり、すぐに麦わら帽子を脱がせて帽子の縁を掴んで円盤を投げる様にくるりと体ごと回って外へ放り投げたり、足でリズムを取ったり、ピザを食べたり、電話をしたり、飛び跳ねたりと、実に忙しそうに動き回っていた。


 私はそれを目で追いながら必死で何があったのかを語り、語り終えても探偵はまだ一向に手を休めないので、手持無沙汰になりながら探偵を眺めていた。


 やがて息を切らして椅子に腰かけた探偵は、机の上で手を組むと、深刻そうな顔を作った。


「つまり、あなたが起きてみたら、白い部屋の壁それぞれに付いた扉それぞれに鍵が掛かっていたという密室状態で、白骨死体が服を着ていた訳ですね? 更に記憶も無くなっていた」


 私が頷くと、探偵は机の上に置かれた水を飲んだ。そうして黙り込んでしまった。

 しばらくしても何も言わないので、私は言った。


「密室にはなっていると思いますが」

「ええ、そうですね」


 探偵はそれだけ言って、また黙った。


 どういう事だろう。何か不味い事でも言ってしまったのか。

 何か居心地の悪い思いをしながら、私もまた探偵と同じ様に黙って座っていると、やがて探偵は顔を上げた。


「現場はもしかして町の外の丘の向こうにある森の中でしたか?」


 町の外、丘の向こう、森の中、確かにその通りだ。私は頷いた。


「やっぱりか。しかし、そうなると……」


 私は黙って探偵を見つめ続けた。

 探偵はぶつぶつ言ったかと思うと、突然椅子から立ち上がって腰を回し、そうかと思うとシャドーボクシングをして、額の汗を拭って椅子に坐った。


「つまり二重密室な訳ですね?」

「二重密室?」

「ええ、部屋に鍵が掛かっていた。これが一つ。そして現場の森には誰も入れない。これが二つ」

「あの森には誰も入れないのですか?」

「そうです。そういうものなのです」

「そういうものなのですか」

「これは中々難儀しそうな……何とも面白い、失礼、とても面白い事件だと言えるでしょう」

「そうなのですか?」

「そうなのです」


 探偵が私の目をじっと見つめている。覗き込んでいる。何を覗いているのだろうか。私の目の奥には何があるのだろうか。駆動するモータがあるのだろうか。じいじい言っているのだろうか。


「早速調査を始めたいところですが、三つ聞きたい事があります。よろしいですか?」

「はい」

「まず、あなたは話の中であなたと白骨死体が同一の存在だと言っていましたが、何故そう思うのです?」

「それは遺体が遺体となった時に私もまた死んでしまったからです。閉ざされた部屋で同じ時間に命を無くしたのであれば、それは同じ人物でしょう」

「そうでしょうか? 例えば片一方が相手を殺して、それを悔いるなりなんなりして自分も死ねばそれは密室の中で同じ時間に死んでしまった事になるでしょう」

「それでは同じ時間ではありません」

「成程。全く同じ時間、最少時間まで手繰ってみても一分の隙も無い位に同じ時間に死んでしまったのですね?」

「その通りです」


 探偵は大きく頷いて、机の上に広げられたメモにボールペンで何かを書きつけている。絵の様だ。


「次に、一つ目と被りますが、あなたがその白骨死体の方を殺したんじゃありませんか? もしも同一人物なら自殺という事になりますね」

「どういう事でしょう?」

「そのままです」

「仰る意味が分かりません」

「ん? つまり、犯人があなたではないかという話です」

「犯人が私かどうかですか?」

「はい」

「記憶が無いので分かりません。犯人であるかもしれないし、犯人ではないかもしれません」

「つまりあなたが白骨死体の方を殺した可能性がある訳ですね?」

「どういう意味でしょう?」

「いえ……」


 探偵は訝し気に顔を歪めたが、やがてメモにまた何かを書きつけると、私の目を見つめてきた。


「では、最後の質問です。この後時間は空いていますか?」

「はい、事件を解決する以外に特にするべき事もありませんので」

「では、一緒に町に聞き込みに行きましょう。平たく言うとデートです」

「町に? あの部屋では無いのですか?」

「私は入れませんし、見るものも特にないでしょう。今回の事件はあなたの記憶を取り戻せば解決する事だと考えております」

「町に何をしに行くのですか?」

「聞き込みです」

「何をですか?」

「分かりませんが、探偵とは聞き込みをするものなのです」

「そういうものなのですか」

「そういうものなのです」


 探偵は更に何か書くと、メモを破って私へと突きだしてきた。メモには猫が描かれていた。

 探偵が立ち上がって、背後にあるドアの向こうに消えた。私も立ち上がって待っていると、ドアの向こうから藍染の和服を着流した探偵が現れた。眼鏡を外して、髪をオールバックにしている。


「日本人だから和服を着てみたが……日本人に見えるか?」


 日本人には見えないが、日本人らしくはあるかもしれない。そう思ったから、そう言った。


「そうか。それでも俺は日本人だ」


 残念そうに項垂れた探偵が少し可愛そうだ。御世辞の一つでも言ってあげれば良かったかもしれない。

 そう思っていると、窓の外から甲高い声が聞こえた。子供達のはしゃぐ声の様だった。その声は探偵に劇的な変化を与えた。


「隠れていろ」


 そう言って、私に向けて手を払う合図をした。驚いて、立ち尽くしていると、探偵は後ろのドアを指差して、それから私の手を引いてドアを開き、私を奥の部屋に押し込んだ。押し込まれた拍子に躓いて、洗面台に手を付いて後ろを向くと、ドアが閉められて、向こう側から声が聞こえた。


「いいか、決して出て来るな」


 何やら分からずに私がドアをそっと開いて、今迄居た部屋を覗き見ると、探偵は事務所の入り口のドアの横に張り付いて緊張した面持ちで息を潜めていた。


 外から聞こえてくる子供達の声が大きくなる。階段を駆け上る音が聞こえる。見れば、探偵の手には何かが握られていた。銃? いや水鉄砲だろうか。中に何かの液体が入っている。それが何かを判断する前に銃は探偵の手に隠れてしまった。


 声が大きくなる。音が大きくなる。


 笑い合いながら階段を上っている様がはっきりと分かる。段々とこの部屋へと近付いている。もうすぐここへやって来る。


 音が止まった。声もまた消えた。

 音は丁度この部屋の前で止まった様だった。探偵が姿勢を低くして身構えた。


「覚悟!」


 入り口のドアが力強く開けられた音と甲高い声が響いた。ドアから現れたのは子供達で、踏み込んで銃、いややっぱり水鉄砲だ、を構えると、手当たり次第そこ等中に銃口を向けた。


「いない!」

「何処!?」


 子供がいち、にい、さん、男の子が二人に女の子が一人、男の子は水鉄砲を持って部屋の中を見回し始めた、女の子は水鉄砲を持っておらずドアの近くにへばり付いた探偵を見付けていた。


 探偵が口に指を添えた。少女は頷いて笑った。探偵がゆっくりと壁から離れ、手に持った銃を構えると二人の男の子の後ろにそっと忍び寄って、右手に持った銃を片方の後頭部に、左手の人差し指をもう片方の後頭部に当てた。


「フリーズ!」


 その声に驚いて一人の男の子が銃を取り落とした。もう片方は両手を上げて、その手から銃を零れ落とした。微かな水音がちゃぷりと鳴った。中身は水の様だ。


「ちくしょう!」

「何処に隠れてたんだよ!」


 探偵は着物の懐から眼鏡を取り出して掛けると、大きく笑った。


「はっはっ、甘いな怪人共。僕はずっと入り口に立っていたよ?」

「嘘付け!」

「居なかったよ!」

「君達が見落としただけさ」

「ホントに居たよ!」


 援護する女の子を睨みつけて、二人の男の子は水の入った銃を拾い上げた。


「また勝てなかったー」

「くそーっ!」

「はっはっ!」


 悔しがる男の子と笑う探偵、そんな三人を見て女の子はにこにこと笑っている。そんな四人を私はドアの隙間から覗いている。


 またも階段を上る音が聞こえてきた。かつりかつりと固く響く音が家中に伝播して辺りから鳴り響く。


 三人の男の顔が強張った。女の子はのほほんとしていた。私は分からずに困惑していた。そんな五人が居る部屋に、ぬっと赤無地の和服を着た女性が現れた。腰まで伸びる髪は探偵と同じ色、険しく細められた瞳の色も青で探偵と同じだった。私は顔が出る位までドアを開いてまじまじと女性を見た。また日本人だろうか。


「こら、あんた等何こんな所で油売ってんの」

「ごめんなさい!」


 男の子二人は謝るなり女性の脇を抜けて外へと飛び出していった。


「待ちなさい!」


 女性の怒鳴り声が飛んだが、男の子達の足音は遠く離れ、残響を残して、やがて消えた。溜息を吐いた女性は外を見ていた視線を女の子、それから探偵へと戻して、もう一度溜息を吐いた。


「あんたねぇ」

「悪い」


 決まり悪げな探偵はいそいそと眼鏡を仕舞って謝ったが、女性の表情は一向に晴れない。むしろ更に険しくなった。


「警察から依頼を受けてるんでしょ」

「それがどうした」

「こんなところで油売ってる暇なんて無いだろうに」

「いや、今、別の依頼人が来ているんだ」

「依頼人?」


 探偵の顔がこちらを向いた。女性の顔もそれを追った。扉から顔だけ出した間抜けな私の姿が二人の目に映った様だ。私が頭を下げると、女性は心持ち表情を柔らかくして会釈を返してくれたが、すぐさま元の険しい表情に戻ると探偵を睨みつけ、そのまま視線を外して外へと向かった。


「まあ、いいや。行くよ、杏奈!」


 びくりと震えた女の子は大きな足音を響かせて外に出た女性を追って、一瞬だけ探偵を振り返ったが、そのまま女性を追って外に飛び出した。


 後には何か一回り老けた様子の消沈した探偵が残された。


「今のは奥様とお子様方ですか?」


 扉から出た私は肩を落とす探偵にそう尋ねた。探偵は茫洋としながらこちらを向くと、首を振った。


「あの子達は只の……そうだな、只の友達だ。あの女は……昔は家内だった」

「あの女性も探偵さんと同じで探偵なのですか?」

「いいや。吸血鬼だよ」


 探偵から溜息が漏れた。私は更に尋ねた。


「それで聞き込みはどうしますか?」

「ああ、そうだ。デートだったな。まずはあの子達の学校に行こうか」

「はい、分かりました」

「殺人があった事だし、丁度良い」


 そう言って、探偵は入り口へ向かった。私は扉から出てその後を追った。

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