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世界終幕

 探偵が店の外へと出て行った。私がその後を追おうと思って踏み出すと、後ろから声が掛かった。


「行っちゃうのかい?」


 カーミラがなんだか寂しそうにしていた。その顔を見ていると私も何となく去りがたい。もう会えなくなってしまう様なそんな錯覚に陥ってしまう。


 はい、と私が答えると、カーミラはそうかいと答えた。後ろのホーマーが姉御ぉと呼んでいる。後ろの人造物達は先程までの悲しみや虚しさは何処へやら、楽しそうに盛り上がっていた。


「祝勝会でさあ。姉御も行きやしょう」


 陽気に語りかけるホーマーを見て、カーミラは溜息を吐いた。


「こいつ等のお守を私一人にさせる気かい」

「はい、すみませんが」


 カーミラはもう一度溜息を吐いて、後ろを見た。


 まるで酔っぱらってしまったかの様な騒ぎに発展している。もしかしたら空気中に漂う酒気が彼等を酔わせたのかもしれない。今のロボット達は飲まないけれど飲む事はできるのかも。私は飲む事が出来ないから、酔っぱらう事もきっと無い。


「それでは失礼いたします」

「ああ……またね」

「はい、また会いましょう」


 外に出ると、道に探偵が座り込んでいた。晴れ渡った陽気の元で道端に咲いた花の前に屈みこんでいる。花を見ているのかと思って近寄ってみると、そうではなかった。薬瓶を手で弄りながら見つめていた。


「何をしているのですか?」

「花を見ていると見せかけて薬を見ているのです」

「何か分かりましたか?」

「はい」


 探偵は立ち上がると、ではあの白い立方体まで行きましょうと丘の道を下りていった。私はそれを追いかけて追いついて、尋ねた。


「何が分かったのですか?」

「あなたの記憶の在り処です」

「分かったのですか?」

「はい」


 探偵は一度頭を掻いて、髪の毛をぼさぼさにすると眼鏡を外した。


「そもそも初めから予想は付いていた事だったのです」

「分かっていたのですか?」

「ええ、確証はありませんでしたが」


 丘を下りると道が分かれている。私達はそこを曲がる。


「だって、あなたが記憶を無くしたのはあの白い立方体の中なのでしょう? だったら記憶はそこに落ちているに違いありません」

「確かにその通りです。その通りのはずなのに、何故か私は記憶が落とすという事を、誰かに言われるまで、思いつきもしませんでした」

「それはきっとあなたが自分の事を人間だと思い込んでいたからではないですか? 人間だから記憶を落とすはずが無いと思い込んでいたのでしょう。ロボットの記憶は元から取り外し可能ですが、人間の記憶を完全に取り外す技術はほんの200年程前に出来たのです。あなたが眠っていた時だ」

「なら私の記憶は」

「間違い無く白い立方体の中でしょう」


 道をしばらく歩いたら、今度は森の中へと入って行く。私が何度か通ったので、ほんの微かな道の様な空間が出来ていた。


「確証が持てたのは、白い立方体の中にある遺体が原因です」

「何故ですか?」

「あなたが本当にあの場所で記憶を無くしたのかどうか。それが分からなかった。あなたはあの場所で死んだと言うが、申し訳ない事に私には信用ならなかった。白骨の死体が出てきて、それと一緒に死んだという。あなたの言っている言葉の意味がいまいち掴めなかった。今は何となく分かりますがね。とにかく状況が分からなかった。だからもしかしたら、記憶は別の場所で失ってあの場所に運び込まれたのかもしれない。でも、あの殺人者の昔の話を聞いて、確信しました。あなたはあの場所で死んで、あの場所で記憶を失った。そしてそれはあの遺体の所為でしょう」


 夜の女王が?


「何故?」

「明確な論理はありませんが、探偵である私が確信しているのだからそうなのです。そもそもあの場所には誰も近付けないはずなのに、あなただけは近付ける。それは何故か」


 白い立方体が見えた。私と探偵は足元の白骨を踏み締めながら近付いていく。


「近付けないのは、この所為です」


 探偵が一際強く足元の白骨を踏み締める。


「近付くと、骨だけになってしまう。あなたもこの白骨は気になっていたでしょう?」

「はい、少しだけ」

「ここまでたどり着ける事はほとんどないので、この辺りに散らばる骨は僅かですが、向こうのもっと森の奥に行くと酷い物です。骨の山が出来ている」


 探偵が遠くを指差した。だが深い森に阻まれて見る事が出来ない。それなのに私はうずたかく積み上げられた白い骨達を幻視していた。後ろには憎々しそうに大笑いする夜の女王が居る。


「防ぎようはありません。今まで沢山の方法でこの場所を調べようとしましたが駄目だったそうです。人間は骨だけ、ロボットは骨格だけ、骨が無ければ跡形も無く、とにかく溶けて消えてしまうのです。そのくせ、植物には何の影響も無い。しかしこちらが作って動かす植物は溶かす。全くもって未知の技術です」

「これも研究品ですか?」

「ええ、その通りですが、こちらは恐らくオリジナルでしょう」

「オリジナル?」

「つまり研究品として作った物ではなく、開発した研究者が自分の為に作った物なのでしょう」

「そうなのですか?」

「はい、恐らく。当時猛威を振るった伝染病を駆逐した偉大な研究者。歴史の授業で取り上げられる程の大人物だ。六百六十六の研究品の中で薬品の部類は全てその研究者が作ったのです。行方不明になったと伝えられているが、ずっとこの中に居たのですね」


 探偵は白い立方体の前に立ち、錠画面に手を翳して扉を開けた。


「大丈夫なのですか? 溶けてしまわれるのでは?」

「それなら森に入った時に溶けていますよ。この薬は密閉された空間でしか効果がありません」

「密閉された? でも溶けているのは部屋の外なのでは?」

「遮断された空間にあって、その外側に影響を与える薬なのです。その技術が確立出来れば技術革新が起きるそうなんですが」

「ですが今は」

「あなたが扉を開けた瞬間に効果が消えて、ついでに漏れ出して薬は無くなったのでしょう」

「薬の所為で中の遺体は白骨になっていたんですね」

「そうでしょうね」

「しかし服が残っていました。それに、何故私は溶けていないのですか?」

「それは」


 扉を開けて中に入ると、白い無機質な空間で、真ん中に白いドレスを着た白骨が横たわっていた。あれが自分の主人? 外の森からがさりという音が聞こえた。見ると、呪術師の老婆が藪の中から現れた。


「いてて。それはじゃな、あんたを消したくなかったからだ」

「婆さん、どうしてここに」

「呪術師だからだ」


 細かな枝と葉っぱの付いた黒いローブを纏った老婆が如何にも大儀そうに部屋へと入って来た。そういう私も私の横の探偵の服も同じ様に森の跡が残っている。


「呪術師は全てが分かる。呪術師は全てが出来る。そういうものじゃ」

「嘘を言え」

「さて、遂に辿り着いた様だな」


 探偵の言葉を無視して老婆は私の前に立った。


「どうだ。あの遺体は何故死んだのか。あんたは何故死んだのか。分かったか?」

「分かりません」

「何? まだ分かっていないのか」

「はい」

「おい、探偵。あんたはもう分かったじゃろう? 教えておやり」

「いや、分かってないよ」

「お前もかい。はあ、情けない」


 老婆が探偵の元へと小走ってその頭を叩きつけた。


「全く。じゃあ、何であんた達ここに来たんだい?」

「記憶を取り戻しに」

「記憶を?」

「はい、この中に私の記憶があると、探偵さんが」

「お前さん」


 老婆の言葉が詰まったので、何か変な事でも言ってしまったのかと思っていると、老婆は突然目を吊り上げて怒り出した。


「昨日この部屋に泊まっただろう?」

「ええ、昨日は確かにこの部屋に」

「なら何で見つけられない」

「しかし何処にあるのか」


 記憶を見付けるなんてそんなに簡単に出来る筈がない。そういうものだ。この部屋にあると分かっていても見つけられる筈がない。記憶というのは見つけるのがとても難しく、時間が掛かるはずなのだ。


 すると老婆は必要以上に床を踏み鳴らしながら、遺体へと近付いていった。そうして、遺体の服の中に手を入れたかと思うと、何かを引き抜いて、こちらへと戻ってきた。


「ここにあるだろう、ここに! これが記憶だ!」


 あまりにも呆気無く記憶が私の前に差し出された。


「これが?」


 老婆の手の上には一口で食べられそうな大きさの林檎が載っていた。良く見るとそれは金属でできた入れ物だった。


「あの死体を調べればすぐに見つかっただろう。何で調べなかったんだ!」


 老婆は怒っている。


「すみません。何故だか、触れがたくて」

「ああ、そうかい。まあ、いいや。とにかくこれが記憶だよ」


 私が手を差し出すと、その上に私の記憶が載せられた。


「これを私の中に入れれば記憶が戻るんですね」

「そうじゃよ。ただ気を付けな。脳の中が書き換わるから反動も大きい。少なくとも一日位はぶっ倒れてるだろうね」


 脳が書き換わる。それは世界が書き換わるという事じゃないか。入れても大丈夫なのだろうか。危惧はあるが。選択肢は無い。私は記憶を取り戻したい。取り戻さなければならないのだ。


「記憶を見つけたのならもう俺が居る必要は無いな」


 探偵が私の傍から離れ、老婆の横を通り抜け、扉へと向かった。向かう途中で振り返って私に問いかけた。


「全てが解決したらあんたはどうするんだ?」

「どうする、とは?」

「この町で暮らさないか?」


 私は一瞬呆けてしまった。探偵の提案が余りにも当たり前過ぎたから。元より町で暮らすつもりだった。それ以外の未来を描いていなかった。


「勿論住まわせていただこうと思っています。許可等が必要なのでしょうか?」


 要らないだろう。許可等存在しないのだから。


「要らないはずだ。町の皆も歓迎するだろう。なんたってあの連続殺人事件を解決したんだからな」

「その称号は探偵さんに御譲り致します」


 探偵は笑って、再び背を向けた。


「探偵さん」


 その背中を呼び止める。


「ありがとうございました。このご恩は忘れません」


 探偵は顔を半分だけ振り向かせて、


「俺は何もしちゃいないよ」

「そんな事ありません」

「あまり畏まらなくていい。そんな今生の別れみたいな言い方。また明日も会うだろ」

「そうですね」


 入り口の戸が探偵に因って押し開けられる。外の森が見える。


「そうだな。もし恩を感じているのなら、暇な時に助手にでもなってくれよ。多分これから忙しくなるだろうから」

「ええ、是非」

「忙しくなんかならんと思うぞ」

「うるさいなぁ、婆さんは」


 老婆が探偵の事を睨みつける。だが探偵はこちらを見ていない。探偵は背を向けたまま手を振って、そうして扉が閉まった。途端に静かになった。何となく寂しくなった。


「さて」


 老婆が私の記憶を指差した。


「入れ方は分かるかね?」

「はい」


 私は腕に手を翳して窪みを作った。この中に記憶を入れれば良い。そうすれば、記憶は元通りになるはずだ。


「先も言ったけど、一日位は眠り込む事になるだろうね」

「はい」


 窪みに記憶を入れる。入れると窪みが消えて、記憶が私の体内へと入り込んだ。視界の端に遺体が見える。あの遺体を生き返すには、


 視界が二重写しになった。かと思うと、二つの重なった線は段々と離れて、離れて、離れて、まるで二つの画面を見ているかの様に二つの光景は完全に別個の物になって、片一方の画面が溶けていき、もう片方には私と白いドレス、昼の王と夜の女王が座っている。


「あの死体が気になるかい? そうじゃろうね。そりゃ気になるだろう」


 後ろから、いや、前から? 遠くから? 良く分からないが、何処からか老婆の声が聞こえてくる。


「安心しな。あの子は生き返せる。誰かに殺されたんじゃないからね」


 変な声が聞こえてくる。何だろうこの音は。耳鳴りの様に私の中に響いている。その音は意味を持っている。意味を持っているなら言葉では? それは声ではないのだろうか?


「あんたが起きる頃にはあの子も生き返しておくよ。だからゆっくりお休み」


 捻り潰れた様な空気の振動が私の中に響いて消えた。私はその振動にありがとうございますと返した気がした。


 二人が座る画面が段々と私の元へと迫っている。

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