舞台演間
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私がロボット?
私は人間ではない?
私はロボット?
私が人間ではない?
ではあの白骨は? 人間の物だ。では私ではない? 白いドレスがひらりと舞っている。あなたは誰? あなたと私は同時に死んだ。なら私ではないの? お酒を飲むのは人間だけ。私は飲める? 私は飲めない。なら私は人間ではない? 私は死んでいるはずだ。なのに動いて喋っている。私は死んでいない? でも私は生きていないはずだ。ああ、そうだ。確かロボットは生きていないのだ。だから私は生きていないのだなぁ。それを死んだと勘違いしていただけなのか。ちょっと待って。でも確かに私は死んだはず。夜の女王が笑っている。私の記憶は何処にある? 思い出せばそれで解決。それが何処にあるのか分からない。私の名前は何? 私には確かに名前が在ったはず。名前が無い。だから生きていない。そうだ。だからなのだ。私に名前が無いから私は死んでいるのだ。名前が在るから生きていて、名前が無いから死んでいる。なんだとても単純な事じゃないか。ならどうして私は名前を失ったのだろう。私の名前は? 白いドレスが翻る。私の名前は誰が知っている?
「大丈夫ですか?」
探偵が私の顔を覗き込んでいた。探偵の肩越しには踊りを踊るみんなが居る。探偵はパイプをふかして安楽椅子に坐りながら、私へと尋ねてきた。
「自分がロボットだと知らなかったんですか?」
私は頷いた。
「ではあなたは自分が何だと思っていたのですか?」
私? 私は私。
「それでは答えになっていません」
私? 私は、私は昼の王だ。夜の女王と暮らす昼の王。同時に私は夜の女王の片割れでもあって。
「昼の王ですか。懐かしいおとぎ話ですね。あれは誰の作だったか」
「儂は知らんぞ。何だその話は?」
探偵が額縁に入った絵を見せると客は納得した。
「はあ、こんな話があったのか。儂が生きていた頃は無かったが」
「それはそうと、あなたは何故自分がロボットで無いと思っていたのですか? だって、あなたはロボットでしょう?」
私が鏡を見ると、そこにはどう見ても人間にしか見えない私が映っていた。
「そりゃあ、外見は人間と瓜二つですが中身はまるで別でしょう? 巨大なトラックを止めていたし、各種の感知センサーも備わっている。闇の中でも塔の中を歩けたでしょう? 頭の中からかちかちという機械音が聞こえた事はありませんか? 人間嫌いのホーマー達に酷い扱いを受けなかったし、それにあなたはお酒が飲めないでしょう?」
それは確かにそうだけれど。
「あなたはどうして自分がロボットだと思わなかったのです? もっと言いましょう。あなたは自分が人間だと思っていた」
そうかもしれない。何故だろう?
「簡単さ。夜の女王に喜んでもらいたかったからだろう?」
突然横合いから海賊が現れた。
「残念ながら海を見ようにも海は無い」
銀河を旅する宇宙飛行士が現れた。
「外にだって出られない」
幽霊が現れた。
「身近な不思議も消え去った」
ヒーローが現れた。
「けれど世の中理不尽だらけ」
子供が二人現れた。
「せめて友達でもって思っても」
「あの子と友達になる奴なんて居ないよね」
そう。あの人はいつも寂しそうで。
誰かが言う。
「だってあの子性格悪いから」
そんな事無い。いつも他人の事を考えていた。
「でも友達居ないだろ?」
それはたまたま同年代の人間が居ないだけ。
「そう。その通り。あいつの周りには友達になってくれる様な役者が居なかった」
「だから君はなりたかったのだろう?」
「友達になれる様な存在に」
「あの子と同じ人間に」
途端に照明が落ちた。辺りが闇に染まり上がった。
そしてふっと舞台に一筋の光が。光の下に客が浮かぶ。更にもう一筋。今度は門の守衛。次の一筋は店売りの親子。人々。塔の守衛。親子。恋人。人々。アンドロイドの娘。探偵。吸血鬼。子供。警部。ピエロ。人。人。人。
光の中に浮かび上がった人々は皆一様に笑っている。愉快そうに同じ笑顔を私に向けて笑って笑って笑っている。
口が動く。皆の口が一様に動く。全く同じ動きで全く同じ事を言う。
「でももうあの子は死んだのだから意味が無い」
「だというのに未だに君は人間になろうとしていた」
「滑稽滑稽」
「愉快愉快」
「意味が無い上に」
「出来もしない」
「お前はロボット。人間じゃない」
「あなたが人間だなんて無理がある」
「もしや願えば人間になれるとでも?」
「残念。それはお話の中だけさ」
別に私が人間にならなくても良い。ただあの人に友達が出来て、それで楽しく過ごしてくれれば。あんなにつまらなそうにしていないでくれれば、それで。
「でももう死んでいる」
「今更詮無き事」
「願えば叶うのはお話の中だけさ」
「まだ願ってみるかい?」
「この巨大な舞台の上で」
「暗闇の中で今スポットライトは君に当たっている」
何を言っているのだろう。光が当たっているのは私以外のみんなではないか。
「さあ、出来るだけ悲しそうに」
「如何にも観客の心を打つ様に」
「神の心すらも動かす様に」
「泣いて嘆いて願おうじゃないか」
「折角お誂え向きの舞台の上なんだから」
気が付くと、私に光が当たっていた。代わりに辺りは暗闇になって見えなくなった。私は暗闇の中に一人ぽつんと居る。けれど周りからは未だに声が聞こえてくる。
「みんなが役を演じるこの町はまさにお話の世界」
「二人で読んだ沢山の物語が町の中には詰まっている」
「さあさ、俯いていないで」
「顔を上げればほら探偵が居るよ」
顔を上げると、そこには探偵が居た。
「大丈夫ですか?」
酒場の中だった。周りには先程と同じ顔ぶれが。いや、カーミラとそれから主人を殺された人工物達も居る。皆が心配そうに私の事を見つめている。
「大丈夫ですか?」
私が頷くと、探偵とその後ろの人々に安堵が満ちた。そうですか、良かったと探偵が一息吐いて、それから真面目な顔をして私の顔を覗き込んだ。
「自分がロボットだと知らなかったんですか?」
私がもう一度、頷くと、探偵はその場でジャンプして、そうして着地の時に酒に滑って転んだ。それが妙におかしくて、私は笑った。心が晴れ渡った気がした。