第28話 切り捨てるという判断
沈黙が、重く落ちた。
誰も、すぐには言葉を発しない。
ただ。
空気だけが、張り詰めている。
「……」
エリゼは、私を見ていた。
まっすぐに。
逃げずに。
そして。
――答えを出すように。
「……」
数秒。
いや、もっとかもしれない。
やがて。
「……救う、という定義によるわね」
静かに言った。
感情はない。
いつも通りの声。
「……定義?」
私は、問い返す。
「ええ」
エリゼは頷く。
「生命が維持されている状態を“救い”とするなら」
一拍。
「救えている」
――。
その言葉は。
論理としては、正しい。
完全に。
だが。
「……」
私は、ルカを見る。
その目。
その表情。
その、わずかな反応。
――違う。
それだけは。
はっきりしている。
「……違うわ」
小さく呟く。
「何が?」
「それは」
私は続ける。
「“残っている”だけ」
はっきりと。
「生きている、とは違う」
沈黙。
周囲がざわつく。
小さく。
だが、確実に。
「……定義の違いね」
エリゼは、冷静に返す。
「感情的な判断を入れると、基準が崩れる」
「ええ」
私は頷く。
「その通りね」
否定はしない。
できない。
「なら」
エリゼは言う。
「どちらを優先するべきかは明白よ」
合理。
効率。
最大多数。
その答えは、一つしかない。
「……」
私は、少しだけ目を閉じた。
考える。
ほんの一瞬だけ。
そして。
理解する。
これは。
議論ではない。
――選択だ。
「……」
目を開ける。
そして。
ゆっくりと。
「……ねえ、エリゼ」
名を呼ぶ。
初めて。
はっきりと。
「何?」
「この方法で」
ルカを見る。
「あと何人、救えるの?」
沈黙。
その問いは。
構造そのものを突いている。
「……全体の安定が優先される」
エリゼは答える。
わずかに間を置いて。
「個別の数は、問題ではない」
――。
その言葉で。
すべてが、確定した。
「……そう」
私は、小さく頷く。
そして。
静かに思う。
――切り捨てる。
それが、この方法の本質。
合理的に。
無駄なく。
感情を排除して。
「……」
私は、ルカの手を取る。
昨日と同じように。
だが。
意味は違う。
「……リリアーナ?」
アメリアの声。
少しだけ、不安げに。
「……大丈夫よ」
私は言う。
彼女にではなく。
自分に。
「……」
そして。
ゆっくりと、顔を上げる。
エリゼを見る。
「……やめるわ」
静かに言った。
はっきりと。
迷いなく。
――その言葉に。
空気が、止まる。
「……何を?」
エリゼの声。
わずかに低くなる。
「その方法」
私は答える。
「この子には、使わない」
沈黙。
完全な。
誰も、動かない。
「……理由は?」
エリゼが問う。
冷静に。
だが。
その奥に、わずかな圧がある。
「……選ぶからよ」
私は答える。
短く。
それだけ。
「……選ぶ?」
「ええ」
頷く。
「この子を」
はっきりと。
言い切る。
――。
その瞬間。
空気が変わった。
ざわめきが広がる。
小さく。
だが。
確実に。
「……あなたは」
エリゼが、ゆっくりと口を開く。
「全体を崩す気?」
その問いは。
責めではない。
確認だ。
「ええ」
私は答える。
迷いなく。
「必要なら」
沈黙。
そして。
「……非合理ね」
エリゼが言う。
はっきりと。
「再現性がない。効率も落ちる。全体のリスクが上がる」
「ええ」
私は頷く。
「その通りね」
すべて、理解している。
その上で。
「……それでも」
ルカを見る。
その、かすかな表情。
「選ぶわ」
もう一度。
はっきりと。
――。
その言葉は。
小さい。
だが。
重い。
構造に対する。
明確な。
拒絶。
「……」
エリゼは、何も言わなかった。
ただ。
こちらを見ている。
まっすぐに。
そして。
ほんのわずかに。
――目が揺れる。
「……」
私は、もう何も言わなかった。
必要なことは、すべて言った。
あとは。
――行動だけ。
私は、ゆっくりと動き出す。
ルカのために。
この一人のために。
正しさではなく。
合理でもなく。
ただ。
――選んだから。
それだけの理由で。
――再び。
盤の外から。
盤の中へ。
踏み込むように。
第28話まで読んでいただきありがとうございます。
ここで主人公はついに「選ぶ」という行為を明確にしました。
正しさでも、効率でもなく、“自分の意思”で選ぶ。
これは第1章の「構造」に対する、完全な対抗です。
そしてエリゼとの対立も、単なる思想ではなく「実際の行動」に移りました。
次話では、この選択の結果がすぐに現れます。
ここで一つ、大きな感情の波が来ます。
ここからが本当の意味での「悪役」の物語です。
ぜひブックマークして追ってください。




