第24話 ここにいる理由
その日の夜。
火の灯りの周りに、人が集まっていた。
昨日までとは、少し違う距離感で。
「……」
私は、その輪の外側に立っていた。
近すぎず。
遠すぎず。
ちょうどいい位置。
――少なくとも。
今の私には、そう思えた。
「……来ないの?」
アメリアの声。
すでに輪の中にいる。
「……いいのよ、ここで」
私は答える。
「そう?」
「ええ」
頷く。
無理に入る必要はない。
まだ。
そこまでではない。
「……変なの」
アメリアは笑う。
だが。
それ以上は何も言わない。
それでいい。
――会話が聞こえる。
今日の出来事。
体調の話。
作業の話。
そして。
「……あの人さ」
誰かが言う。
少しだけ声を潜めて。
「役に立つよな」
――。
私は、わずかに目を細めた。
自分のことだと、すぐに分かる。
「……ああ」
別の声が答える。
「最初はどうなるかと思ったけどな」
「な」
小さな笑い。
軽い空気。
それが。
妙に、遠く感じる。
「……」
私は、何も言わない。
ただ、聞いている。
それで十分だ。
――評価。
それは、変わっている。
確実に。
昨日とは違う。
だが。
「……」
私は、ゆっくりと息を吐く。
それだけではない。
それだけでは、足りない。
――なぜ。
ここにいるのか。
その問いが。
静かに浮かぶ。
「……」
私は、少しだけ目を閉じる。
思い出す。
あの場面。
断罪。
選択。
そして。
――「壊す」と言った言葉。
「……」
目を開ける。
火の揺れが、視界に映る。
穏やかで。
静かで。
そして。
あまりにも、小さい。
「……違うわね」
小さく呟く。
これは。
終わりではない。
始まりでもない。
ただの。
“途中”だ。
「……何が?」
アメリアが、輪から抜けて近づいてくる。
手には、簡単な食事。
「これ」
差し出される。
私は、一瞬だけ迷ったが、受け取る。
「ありがとう」
「どういたしまして」
軽い返答。
それで終わり。
「……で?」
アメリアが、私の隣に座る。
「さっきの、何?」
「……何でもないわ」
私は答える。
だが。
それでは足りないと分かっている。
「……嘘」
あっさりと言われる。
「顔に出てる」
――。
私は、少しだけ目を細めた。
そんなことは、これまでなかった。
隠すことには、慣れていたはずだ。
「……変わったのね」
自分で言う。
静かに。
「うん」
アメリアは頷く。
「分かりやすくなった」
「……それは」
良いことなのか。
悪いことなのか。
判断できない。
「で?」
彼女は続ける。
「何考えてたの?」
逃げられない問い。
だが。
今は。
「……ここにいる理由」
私は、答えた。
そのまま。
「理由?」
「ええ」
私は頷く。
「私は、ここに来ることを選んだ」
強制ではない。
逃げでもない。
選択だった。
「……うん」
「なら」
私は続ける。
「何のためにいるのか」
沈黙。
アメリアは、少しだけ考える。
「……別に、いいんじゃない?」
やがて、そう言った。
「理由とかなくても」
「……」
私は、言葉を失う。
その発想は。
これまで、なかった。
「だってさ」
彼女は肩をすくめる。
「ここにいるんでしょ?」
「ええ」
「じゃあ、それでいいじゃん」
――。
その言葉は。
あまりにも単純で。
あまりにも。
「……軽いわね」
思わず、そう言う。
「そう?」
「ええ」
私は頷く。
「もっと、意味があるべきよ」
「なんで?」
即答。
迷いなく。
「……それは」
言葉が、詰まる。
理由が。
出てこない。
「……」
沈黙。
そして。
理解する。
自分の中にある“前提”。
意味がなければならない。
理由が必要だ。
それが。
正しいと。
思っていた。
――だが。
「……」
私は、火を見る。
揺れる炎。
意味はない。
ただ、燃えているだけ。
それでも。
そこにある。
「……そうね」
小さく呟く。
「今は、それでいいのかもしれない」
完全には、納得していない。
だが。
否定もできない。
「でしょ」
アメリアは笑う。
少しだけ。
「……」
私は、食事に手をつける。
味は、簡素だ。
だが。
悪くない。
「……」
静かな時間が流れる。
誰も、何も言わない。
それでも。
不快ではない。
「……」
私は、ゆっくりと息を吐く。
そして。
思う。
ここにいる理由。
それは。
まだ、分からない。
だが。
「……」
今は。
それでいい。
分からないままでも。
ここにいて。
何かをして。
少しずつ。
進んでいく。
それが。
「……悪くない」
そう思えることが。
何よりも。
変化だった。
――火が、静かに揺れる。
その光の中で。
私は。
初めて。
“ここにいること”を受け入れ始めていた。
第24話まで読んでいただきありがとうございます。
第2章の一区切りです。
ここで主人公は、「役割」ではなく「存在」としての自分を少しずつ受け入れ始めました。
目的や理由に縛られない在り方に、初めて触れています。
この章では“壊す前の再構築”がテーマでした。
次章では、ここで得た価値観を持ったまま、再び“外の世界”と接触していきます。
そして、いよいよ物語は大きく動き始めます。
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