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私、ただの料理人なんですけど、どうやら世界を救ってしまったらしいです  作者: 時雨
番外編:料理人の姉は働きたくない

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第二話:静かなる魔女の大変(?)な一日


 とある日の午後。静木家の離れにある、カエデの私室は完璧な静寂と快適さに包まれていた。

 窓から差し込む木漏れ日は心地よく、空気清浄の魔法具が、常に最適な湿度と温度を保っている。

 彼女はふかふかのソファの上で、猫のように丸くなりながら魔導書を読みふけっていた。傍らのテーブルには、コノハが置いていったクッキーと、最高級の紅茶が並んでいる。これこそが、彼女にとって世界の何よりも価値のある至福の時間。


 だが、その完璧な平穏はけたたましい足音によって無残にも打ち破られた。

バタバタバタッ!

「カエデ様!カエデ様!いらっしゃいますか!」


 その、切羽詰まった声と共に、部屋の扉が乱暴にノックされる。カエデは読んでいた本から顔を上げることなく深いため息をついた。


(……はぁ。……この世界でわたくしの安眠を妨げる権利を持つ人間は二人しかいない。……一人はお母様。そしてもう一人は……)

「……どうぞ」

 彼女が不機嫌を隠そうともせずにそう言うと、扉が勢いよく開かれた。そこに立っていたのは、オアシス連邦の最高責任者であるはずの首相、東雲しののめエイスケだった。

 いつもは冷静沈着な壮年のエリート政治家の顔は、今や汗と涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。



「おお……!いらっしゃいましたか、カエデ様!」

 エイスケは、部屋に転がり込むように入ってくるとカエデの足元に勢いよくスライディング土下座を決めた。

「緊急事態なのです!どうか、お力をお貸しください!」


 非常に見苦しい国家元首の姿。カエデは、ようやく本から顔を上げた。そして、心底面倒くさそうに言った。

「……嫌ですわ。面倒ですもの」

「そ、そんなことをおっしゃらずに!」

 首相は、文字通り彼女に泣きついた。

「隣国の王子が親善のために持ってこられた国宝の『海の涙』という宝石が、昨夜、何者かに盗まれてしまったのです!王子は激怒しており、『明日までに見つけ出さねば我が国への侮辱とみなし、国交を断絶する』と!そうなれば、我が国の経済は大打撃を……!」

「あらあら。それは大変ですわね」


 カエデは他人事のように言うと、クッキーを一枚口に運んだ。

「ですが、それはあなた方のお仕事でしょう?わたくしはただのしがない一市民ですのよ」

「お願いします!頼むから、何とかしてください!」

 首相がどれだけお願いしても、カエデは頑として嫌がる。

 万策尽きたエイスケ。彼は、ついにこの国に古くから伝わる、禁断の最終兵器を使うことを決意した。彼は涙を拭うと、真剣な顔で言った。

「……分かりました。カエデ様がどうしても動いてくださらないと云うのであれば……。私も最後の手段を使わせていただきます」

「あら?」

「この件、全てコズエ様にご報告し、『カエデちゃんが我が儘を言って、国を危機に晒している』とチクりますぞ?」


 ぴきり、と。

 カエデの完璧なポーカーフェイスに、初めて亀裂が入った。彼女の脳裏に、にこにこと微笑みながら般若のオーラを放つ母の顔が浮かび上がる。


(それはまずいですわね……)

 数秒間の沈黙の後、カエデはこれ以上ないほど深いため息をつくと、読んでいた本をぱたりと閉じた。

「はぁ……仕方ありませんわね。渋々ですが、今回だけ特別ですわよ」

 こうして、静かなる魔女はその重い重い腰を上げるのだった。


「それで?犯人の手掛かりは?」

 カエデは首相官邸で、ふぁあ、と大きなあくびをしながら尋ねた。

「は、はい!これが犯人が現場に残していった、唯一の遺留品。……手袋です!」


 エイスケが震える手で差し出す。カエデは、その手袋を一瞥した。そして彼女は目を閉じる。

固有魔法『森羅万象の真理アカシック・アイ』。


 彼女の脳内に、世界の全ての情報が流れ込んでくる。犯人の顔、名前、現在の居場所、そして、今現在彼が何を考えているかまで。全ての解析が終わるまで約三秒。


「見つけましたわ」

 彼女は目を開けると、そう言った。

「犯人は港の第三倉庫。今盗んだ宝石をうっとりと眺めていますわね。……全く愚かな男」

「えっ!?も、もう!?」

 エイスケが驚愕する。

「では、わたくしはこれで」

 カエデはくるりと踵を返した。

「え、ちょ、カエデ様!?」

「ご心配なく。五分後には、あなたの机の上にその宝石は戻っておりますわよ」


 彼女はそう言うと、音もなく消えていった。


 港の第三倉庫。一人の黒尽くめの男が、巨大な青い宝石をうっとりと眺めていた。

「くくく……。ついに手に入れたぞ『海の涙』。これさえあれば、俺も伝説の大怪盗の仲間入りだ……!」

 その彼の背後で、静かな声がした。

「あらあら。随分と陳腐な夢ですこと」

「なっ!だ、誰だ!?」


 男が振り返ると、そこには一人の美しい黒髪の少女が腕を組んで立っていた。いつの間に……!?

 カエデは、深いため息をついた。

「いいこと?あなたのような三流のコソ泥が、この国で事を起こすのは百年早いですわ。……それに」

 彼女の瞳が、冷たい光を放つ。

「わたくしの貴重な午睡の邪魔をした罪……万死に値しますわよ?」


 あまりにも圧倒的なプレッシャー。男は悲鳴を上げる間もなく、意識を失った。カエデは男の手から宝石をひょいと取り上げると、一枚のメモを彼の胸元に置いた。そこにはこう書かれていた。


『出直してきなさいド素人さん。 P.S. わたくしの安眠を妨げた慰謝料として、あなたの隠し財産の半分は没収させていただきますわ』


 五分後。首相官邸のエイスケの机の上に音もなく『海の涙』が現れた。彼は、その奇跡の光景にただ涙を流して感謝するしかなかった。

 一方、その頃。自室のソファに戻り、再び読書を再開していたカエデ。

(やれやれ。これでようやく静かになりますわね)

 彼女がそう思った、その時だった。


 コンコンと。

 部屋の扉がノックされた。「……どうぞ」

 入ってきたのは、母のコズエだった。その手には湯気の立つホールケーキが乗っていた。

「カエデ。お疲れ様」

 彼女はにっこりと微笑んだ。

「エイスケ様からお話は伺いましたわ。大変だったわね。褒美に、あなたが大好きなアップルパイを焼きましたから。あら、少し冷めてしまったかしら?」

 そのあまりにも完璧なタイミング。カエデは悟った。

(……お母様……!やっぱり全てご存知で……!)

 静かなる魔女は、どうやらその偉大すぎる母の手のひらからは、一生逃れることはできないらしい。

 彼女は深いため息をつくと、その温かいアップルパイを一口頬張るのだった。

 魔女の本当に大変な一日はこうして甘い香りと共に幕を閉じた。


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