第三十四話:再びドワーフの門へ
数週間にわたる過酷な寄り道を終え、一行は再び輝石のドワーフ王国の巨大な城門の前に立っていた。その手には、氷の女帝から授かった究極の氷菓『氷の女帝のため息』が、魔法の保冷箱の中で静かな輝きを放っている。
門の前には見覚えのある屈強なドワーフの門兵たちが、相変わらず鋭い眼光で立っていた。彼らは一行の中にコノハの姿を認めると、
まるで旧友にでも会ったかのようにそのごつい顔をぱあっと輝かせた。
「おおっ!来たな嬢ちゃん!」
門兵の一人が、親しげに声をかけてくる。どうやら彼らは一行のことを完全に覚えていたらしい。
「おう、待ってたぜ。いやー、あれからお前さんたちの噂で持ちきりだったぞ。『ドラゴンの味見』の次は『火山で大豆収穫』だなんて、とんでもねえ冗談を言う黒髪の嬢ちゃんがいるってな!」
門兵たちは思い出し笑いをしながら、腹を抱えている。その隣で、レオンとクラウスは顔を見合わせた。
(まずい……完全に面白い奴らだと認識されている……)
クラウスが小声で囁く。
(ああ……今回は真面目な外交任務なのだとどう説明したものか……)
レオンもこめかみを押さえた。
そして、隊長らしき門兵が、にやにやと意地悪く笑いながらコノハに尋ねた。
「それで、嬢ちゃん。この前の火山で大豆を収穫するって話はどうなったんだ?無事に収穫は出来たかい?」
彼はコノハが次にどんな面白い冗談を返してくるのか、期待に満ちた目で待っていた。
門兵な問いに、コノハはきょとんとした顔で首を傾げた。そして、彼女は悪気も冗談のつもりも一切なく、ただありのままの真実をにこやかに答えた
「いえ、まだです!」
彼女は、元気よく首を横に振った
「その前段階で、これから火山の赤いドラゴンさんに『氷菓子』をお土産にお持ちするのです!」
しん……と城門の前は、一瞬だけ時が止まったかのように静まり返った。ドワーフの門兵たちは、全員ぽかんとした顔で固まっている。彼らの屈強な脳みそが、今コノハが言ったあまりにも支離滅裂な言葉を必死に処理しようとしていた。
(……ひ、氷菓子……?あの灼熱の火山に住むマグマの竜に……氷の菓子……?)
(……だ、大豆を収穫する前段階……?つまりまず竜にアイスをおごると……?)
(……なんだ、それは……?どんな新しい冗談なんだ……?)
やがて、一人の門兵がぷっと吹き出したのを皮切りに城門の前は、今日一番の腹の底からの大爆笑に包まれた
「わーーっはっはっはっは!!」
「だ、駄目だ!こりゃ一本取られた!」
「火山で大豆だけでも面白いのに、その前に、マグマドラゴンにアイスのお土産だと!?嬢ちゃん、お前さん最高だぜ!」
「くっ……は腹が……腹がよじれる……!」
彼らはコノハの突拍子もない一言を、これまでで最高にシュールでハイレベルな「ジョーク」だと完全に勘違いしてしまったのだ。
「いや、違うのです!これは冗談ではなく……!」
レオンが必死に弁明しようとする。
「ええ!極めて論理的で合理的な外交戦略でして……!」
クラウスも後に続くが、彼らの声はドワーフたちの豪快な笑い声にかき消されてしまう。
「……はぁ……はぁ……わかった、わかったよ、嬢ちゃん」
門兵は涙を拭いながら立ち上がった。
「……お前さんたちのその心意気やよし!通ってよし!」
彼は笑いすぎて、もう検問どころではなかったらしい。
「頑張れよ!ドラゴンへの氷菓子の配達!わしらは応援してるからな!」
一行はまたしても、コノハのあまりにも正直すぎる一言によってドワーフ王国の厚い門を何の抵抗もなく突破した。そろそろ顔パスで行けそうである。
船の上ではあれほど真剣に外交のシミュレーションをしていた、レオンとクラウスはもはや力が抜けてその場にへたり込んでいた
「……我々のあの数日間の苦労は一体……」
「……もう考えるのはやめにしよう。コノハさんの前ではどんな常識も通用しないのだ……」
彼らのその疲れ切った呟きは、誰の耳に届くこともなかった




