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私、ただの料理人なんですけど、どうやら世界を救ってしまったらしいです  作者: 時雨
第二部:英雄達は創世のレシピを求める

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第三十三話:ドラゴンへの手土産と氷の女帝のため息

 

 ドラゴンは、どこか楽しそうな顔で語り始めた。

「奴の燃え盛る魂を鎮めることができる唯一の好物。それはな……」

彼はそこで一度溜めた。

「『この世界で最も冷たいもの』じゃ」

「「「冷たいもの!?」」」

 一行は声を揃えて驚いた。

 灼熱の火山に住む、マグマの竜の好物が氷だというのか。


「左様。奴は自らの燃え盛る魂とは正反対の絶対的な『静』と『冷』を渇望しておるのじゃ。特に奴が目がないのは、一つの伝説のデザートよ」

 ドラゴンはその名を告げた。

「――『氷の女帝のため息』。ウルク連邦の最も高く

険しい『永久凍土の頂』にのみ実るという幻の果実で作られた究極の氷菓ソルベじゃ」


 その言葉に、一行は再び絶句した。

「……ウルク連邦……ですって?」

 レオンが呆然と呟く。

「おいおい嘘だろ……。俺たち、ついこの間あそこから来たばっかりじゃねえか!」

 ガルムが頭を抱えた。


 せっかく大陸を横断してきたというのに、またしても正反対の極寒の地へと戻らなければならない。あまりにも遠回りだった。

「フン。我ら『深淵の福音団』の力を以てすればそのような距離一瞬に過ぎんがな」

 アイが得意げに言うが、今は誰もその言葉に突っ込む気力はなかった。こうして一行は黒いドラゴンに丁重に(たくさんのバウムクーヘンを追加で渡して)礼を言うと再び『ラ・キュイジーヌ・シュプリーム号』へと戻っていくのだった。


 船の上はため息とぼやきで満ちていた。

「まさか、またあの寒い国に戻る羽目になるとはな……」

「ですが、やるしかありません。それが最後の食材への唯一の道なのですから」

 一行は気を取り直すと、ウルク連邦の最も危険な山脈である『永久凍土の頂』への登山計画を練り始めた。


ガルムは厳しい顔で言う。

「その山については俺も名前くらいしか知らねぇ。自己責任でなら登っても良いと言われている聖域だ。吹雪は常に荒れ狂い、そこには氷の化身のような魔獣がうようよいると聞く。」


 それは、これまでのどの冒険よりも過酷な自然との戦いになることを予感させた。

 数週間後、再びウルク連邦の凍てつく大地に降り立った一行。彼らは万全の準備を整えると、天を突くかのようにそびえ立つ純白の頂を目指し、その第一歩を踏み出した。


 登山は想像を絶する困難の連続だった。剃刀のような冷たい風が、容赦なく体温を奪い、足元はいつ崩れてもおかしくない危険な氷のクレバスだらけ。だが、今の一行はかつての彼らではなかった。


 今回の登山では、福音団のメンバーが思っていた以上に役にたった。コノハが懐から取り出した『永遠の種火』のおかげで寒さそのものは凌げていたが、アイとシオリ、スミレはそれぞれの固有魔法を活かして雪山の行軍を劇的にしやすくしたのだ。

 まず、スミレがスケッチブックに雪山の岩石でできた屈強なゴーレムを描き実体化させる。すると、シオリがそのゴーレムを傀儡として動かし、一行の先導役として危険なクレバスや雪崩の危険性を事前に察知させた。

 そして、アイは闇魔法で、一行を覆う薄い闇のベールを作り出し、肌を切り裂くような吹雪の威力を見事に抑えたのだ。コノハは、仲間たちのために体の芯から温まる高カロリーの薬膳スープを作り続けた。


 数日間にわたる、死闘の末。一行はついに、その山頂へとたどり着いた。そこは、風さえもなく音もない絶対零度の静寂の世界だった。

 そして、その中央に一本だけまるで巨大なダイヤモンドのように輝く、氷の果樹が静かにたたずんでいた。その枝には、たった一つだけ青白い光を放つリンゴのような果実――『常冬とこふゆの林檎』が実っている。


 一行がその果実に近づこうとしたその時。どこからともなく透き通るような美しい声が響き渡った。

『待ちなさい人の子らよ』

 現れたのは、氷そのものでできたかのような美しいドレスをまとった女性の姿をした精霊だった。この山頂を守護する神話の存在『氷の女帝』。

『その果実は清らかな心を持つ者にしか触れることは許しません』


 精霊は試すように、一行を見つめる。

 その時一歩前に進み出たのはコノハだった。彼女は、戦うでもなく媚びるでもなく、ただ真っ直ぐに精霊の瞳を見つめ返すと深く深く頭を下げた。


「精霊様。わたくしたちは、この果実を私利私欲のために求めているのではありません。ただ、ある気難しくてひとりぼっちで、そしてとても熱い竜神様の心を少しだけ冷ましてお友達になるために必要なのです」


 純粋で嘘のない料理人の言葉。氷の女帝は、数千年ぶりにふわりと微笑んだ。

『……面白いことを言うのですね、人の子よ。……良いでしょう。その清らかなる食欲に免じて、あなたにこの林檎を授けます』

 精霊は自らの手で、その果実を摘むと、コノハに手渡した。そして彼女はコノハの耳元でそっと囁いた。

『ただし、この林檎はただ食べるだけではその真の力を発揮しません。これを究極の氷菓に変えるには古より伝わる特別な調理法が必要なのです……』


 精霊はコノハにだけ、その門外不出の究極のレシピを授けてくれた。


 山頂でコノハは教わったばかりのレシピで、早速調理を開始した。『常冬の林檎』を丁寧にすり潰し、そこに『氷河の岩塩』をほんの少しだけ加える。

 そして、氷の女帝から教わった特殊な魔力の込め方でその果汁をゆっくりと練り上げていく。それはまさしく氷の魔法だった。


 やがて、彼女の手の中で青白い光を放つ美しい究極の氷菓――『氷の女帝のため息』が完成した。それは、ただ冷たいだけではない。口に含んだ瞬間、魂そのものが浄化されるかのような、どこまでも清らかでそして優しい甘さに満ちていた。


「……できました!」

 究極の「手土産」を手に入れた一行。

 彼らは今度こそ、最後の目的地ドワーフ王国と活火山『龍の心臓』へと向かう。気難しいマグマドラゴンの心を溶かす(冷やす?)ための最高の武器を携えて。

 彼らの世界を救うための旅は、いよいよクライマックスへと差し掛かっていた。


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