第七話:帝都からの風
ドラゴンから得た『海竜の涙』の情報。その甘美な響きに導かれ、「至高の一皿」の一行は、再び冒険者ギルド「ユニティ・ワークス」が拠点を置く中央大陸アークランドへと帰還した。
ギルドでの報告は、想像以上の騒ぎを巻き起こした。
「ドラゴンと遭遇し、戦闘を回避した上でその鱗を持ち帰ったパーティがいるらしい」
噂は瞬く間に広がり、コノハ、レオン、ガルムの三人は一躍注目の的となった。
特に、小柄な少女がパーティの中心にいるという事実は、多くの冒険者の好奇心を煽った。
「なんだか、すごく見られてますね……」
「はっはっは!有名になるってのは悪い気分じゃねえな!」
「私はあまり目立ちたくないのですが……」
人々の視線から隠れるように宿屋に戻ったコノハは、少しだけ肩を落とす。そんな彼女を、レオンが優しい眼差しで見守っていた。
「あなたが成し遂げたことは、賞賛されるべきことです。胸を張ってください、コノハさん」
その言葉に、コノハは少しだけ顔を上げた。
次の目的地は南の海。そのためには、アークランドの港から長距離を航海できる船を見つけなければならない。三人は準備を整え、活気と潮風が満ちる港へと向かった。
船乗りたちと交渉しようと歩いていると、ふと、レオンの足が止まった。彼の視線の先には、見慣れた純白の制服をまとった一団がいた。それは、レオンの祖国、聖アウレア帝国の騎士団の制服だった。
「……帝国の騎士団が、なぜここに」
レオンの表情に緊張が走る。彼にとって、その制服は過去の苦い記憶を呼び起こすものだった。ガルムもその空気を察し、いつでもハルバードを握れるよう身構える。
その騎士団の中から、一人の青年がこちらに気づき、目を大きく見開いた。銀色の髪を風になびかせ、涼やかな紫色の瞳がまっすぐにレオンを捉える。
「レオン!……レオン、なのか!?」
青年は、周囲の目も気にせず駆け寄ってきた。その声には、驚きと、そして隠しきれない喜びが滲んでいた。
「クラウス……どうして、君がここに……」
レオンは、目の前に立つ人物が、帝国で唯一心を許した友人であり、幼馴染でもあるクラウス・フォン・リンドバーグであることを認め、呆然と呟いた。
「君を探していたんだ!ずっと!」
クラウスはレオンの肩を掴み、その無事を確かめるように上下に視線を走らせた。
「任務という名の追放だと聞いて、黙っていられるものか。君の無実を証明するため、ずっと情報を集めていた。まさかこんな場所で会えるなんて……!」
友の変わらぬ信頼に、レオンの強張っていた表情がゆっくりと解けていく。祖国を追われて以来、常に張り詰めていた心の糸が、ふっと緩むのを感じた。
「クラウス……ありがとう。だが、もういいんだ。今の私には、信じてくれる仲間がいる」
レオンはそう言って、背後に立つコノハとガルムを振り返った。
クラウスはそこで初めて、二人の存在に気づいたように視線を移した。小柄で愛らしい黒髪の少女と、屈強な巨漢。あまりにも対照的な二人に一瞬戸惑いながらも、彼はすぐに騎士としての礼儀を取り戻し、胸に手を当てて深く頭を下げた。
「これは失礼した。私はクラウス・フォン・リンドバーグ。友人が、大変お世話になっているようだ」
「どうも!私はコノハです!料理人です!」
「ガルムだ。よろしくな!」
コノハとガルムも屈託なく挨拶を返す。その様子を見て、クラウスはレオンが本当に良い仲間と出会えたのだと理解し、安堵の笑みを浮かべた。
一行は場所を移し、港の酒場でこれまでの経緯を語り合った。コノハたちが次に『海竜の涙』を求めて南の海へ向かうことを知ると、クラウスは真剣な眼差しでレオンに告げた。
「レオン、もしよかったら、俺もその旅に付いていって良いか?」
「君が?しかし、君には帝国の任務があるだろう」
「表向きの任務は、周辺諸国の視察だ。多少の自由は利く。だが、本当の理由は違う。君の旅が、きっと君の潔白を証明する何かに繋がるはずだ。友人として、その旅路をこの目で見届けたい」
クラウスの瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。
レオンが返答に迷っていると、隣からコノハがひょっこり顔を出した。
「いいですよ!仲間は多い方が、旅はもっと楽しくなりますし、美味しいものもたくさん食べられますから!」
悪意のない、純粋な歓迎の言葉。そのあまりの快諾ぶりに、クラウスもレオンも少し拍子抜けする。
「いいのか?嬢ちゃんがリーダーなんだろ?」
ガルムが確認するように尋ねると、コノハはこくこくと頷いた。
「はい!それにクラウスさんは、とっても強そうですし!」
「……ありがとう。信頼に応えられるよう、全力を尽くす」
クラウスはコノハに向き直り、再び騎士の礼をとった。
こうして、パーティに四人目の仲間が加わった。そして、クラウスの加入は早速大きな力を発揮することになる。
南の海への航海は、未知の海域を長期間旅するため、ほとんどの船乗りが難色を示した。しかし、クラウスが聖アウレア帝国騎士の身分証を提示し、「帝国からの依頼」という体で交渉すると、事態は一変した。帝国の信用は絶大で、腕利きの船長がすぐに名乗りを上げてくれたのだ。
数日後、アークランドの港。
新たな仲間、クラウスを迎えた「至高の一皿」の一行は、チャーターした船の甲板に立っていた。
「すごい!海です!どんなお魚が釣れるんでしょうか!」
コノハは手すりから身を乗り出し、目を輝かせている。
「はっはっは!海の魔物と戦うのも面白そうだな!」
ガルムは潮風を浴びながら豪快に笑う。
「コノハさん、あまり乗り出すと危ないですよ」
「レオン、君は相変わらず真面目だな」
レオンとクラウスは、そんな二人を見ながら、懐かしむように微笑み合った。
「出航だ!錨を上げろ!」
船長の号令が響き渡る。帆が大きく風をはらみ、船はゆっくりと岸壁を離れていく。
目指すは、海の秘宝『海竜の涙』が眠るという南の海。
四人の冒険者を乗せた船は、広大な青い世界へと、新たな希望を胸に滑り出した。